24. マナポーター、オーガキングを討伐し、勇者リリアンからは「救世主」認定されてしまう!

「な、なにここ……?」


 時空の歪みを調べていたら、見知らぬ空間に転移していた。

 混乱する僕が最初に見つけたのは、見覚えのある小さな少女だ。


(この子とディアナさんと――向こうにいるのは、オーガキングの変異種?)

(それなら……この空間は、何らかの戦闘スキルかな?)


 時空のゆがみの原因が分かり、ひとまずホッとする。

 そうと分かれば、すぐにでも彼女たちのサポートしたいところだが……



 ふえ~ん


 泣き出してしまった少女を前に、僕は途方に暮れる。

 慌ててアリアに助けを求めたら、ひどく呆れたような目で見られてしまった。


(な、なんで~!?)


 結局、僕が選択したのは自分の役割を果たすことだった。



(異空間を生み出して転移させる術式か)

(悔しいな……。ちっとも読み取れないや)


 術式が理解できない以上、魔力の肩代わりは不可能。

 消費された魔力を、地道に補充していくほかなさそうだった。



『ハイ・チャージ!』

「ほえ? こ、こんなすぐ!?」


 許可を取ってから彼女にマナを注ぐ。



「オーガキングの変異種か。たっぷりと瘴気を吸ってるみたいだね」

「イシュアさん、巻き込んでしまって悪いね。クエストを受けたんだけど、見ての通りちょっと苦戦してるんだ」


 ディアナがモンスターを警戒しながら、僕にそう言った。

 どうやら彼女たちも、偶然この地方のクエストを受注していたらしい。

 ――まさかイシュアを追いかけるために来た、とは夢にも思わない本人であった



「ディアナさん、大丈夫ですか? だいぶ顔色が悪いです」

「情けないことに、だいぶ瘴気を吸い込んでしまってね。治癒手段もないから、リリアンの回復魔法で誤魔化してる状態だ。まだ動けないほどでは――」


「『ハイ・チャージ!』『クリーン!』……少しはマシになったと思うんだけど、どうかな?」

「し、信じられない。体がすごく軽くなったぞ!?」


 瘴気に侵されたマナを追い出すように、僕は彼女にもマナを補充する。

 瘴気とは、闇と呪詛の魔力の複合体だ。

 あくまで打ち消し合う魔力を注いでやれば、専門的な知識はなくとも症状を和らげることは出来るのだ。



「イシュアさん、あなたは改めて規格外だな。そんな方法で、瘴気に侵された体を治癒するなんて……」

「えっへん! 先輩は本当に凄いんですよ!」


 アリアが、えっへんと胸を張る。


 マナポーターには、魔法を使えない底辺ジョブという偏見が付きまとう。

 だからこそ少しでも役に立てるように、術式解析から魔力の属性配合など、様々なことを独学で勉強してきたのだ。

 こうして認められる日が来て、素直に嬉しい。



 僕はオーガキングに向き直った。


「イシュアさん、最期に会えて嬉しかったです」


 一方、リリアンも悲壮な顔でモンスターに向き直る。



「あれは――私たちでは倒せない難敵です。でも……勇者のプライドにかけて、時間稼ぎぐらいはしてみせます」

「リリアン、さん……?」


(同じ「勇者」でも、ここまで違うのか……)


 リリアンの覚悟を聞いて、僕は感動していた。

 かつてリーダーだった勇者は「俺様は勇者だ!」と高笑いしていた。

 敵わない敵と相対したなら、容赦なくメンバーを切り捨てることを選ぶだろう。



「確信しました。イシュアさんは、いずれ世界の救世主となるお方です。どうか無事に逃げて――」

「あの! リリアンさん!」


「ひゃ、ひゃい!?」


 ぴゃっ、と大げさに飛び上がるリリアン。

 

(僕なんかが救世主だって? あり得ないよ)

(もしも本当にどうしようもない状態なら、どう考えても生き残るべきは勇者だよ)


 それに――



「たしかに強敵だと思う。だけど倒せない相手ではないよ」

「なに! それは本当か!?」


「アリア、いつものを頼みます!」

「はい、先輩! 『エンハンスド・シャープネス!』『パーティ・リカバー』『プロテクション!』」


「な、このバフの効果量は何!?」

「あ、有り得ないの。全体回復魔法の消費魔力を補っているの!?」


 アリアの魔法には、独自のアレンジも加わっている。

 彼女の努力を知っているだけに、驚きの反応を見て僕まで嬉しくなった。



「ありがとう、魔力は全部僕が負担する。何かあったら、すぐに回復魔法を撃てる準備を――相手の様子次第では、常にかけ続けても良いよ」

「分かりました!」


 パーティ全体に回復魔法とバフをばら撒き続ける。

 即死しない限り、態勢はいくらでも立て直せるはずだ。



「リリアンさん」

「ひゃ、ひゃいっ!?」


「高濃度のマナに耐性はありますか?」

「訓練したことがあります。大丈夫だと思います」


「分かった。苦しくなったら遠慮なく言ってね?  『マナリンク・フィールド!』」


 この戦闘は、彼女の張る固有結界がかなめだろう。

 魔力消費を肩代わりできないなら、せめて魔力の回復量を上げるべきだと僕は判断した。

 範囲を狭めて、リリアンの周囲に集中的にフィールドを展開する。



(さ、さすがリリアンさん。この密度のマナも平気なんだ)

(アランは「気持ち悪くなるから使うな!」と怒ってたからなあ……)


「す、すごいです! 魔力の回復速度が考えられないぐらい上がってます。これなら『幻想世界』を30分はキープできます!」

「良かった。でも残量が不安になってきたら言ってね。すぐにチャージする」


「はいっ!」


 リリアンはこくこくと何度も頷いた。



 そうして反撃の態勢は整った。


(それにしても昇格した変異種は別格だね)

 

 僕は改めてオーガキングを観察する。

 瘴気を取り込む前から、考えられないほどの進化を遂げていたのだろう。



(この状況で僕が出来ることは――これだね!)


 僕は意識を集中してマナをコントロールする。

 オーガキングを見据えて、ありったけの聖属性のマナを流し込んだ。



 瘴気を吸い込んで「昇格」したモンスターを倒すためには、どうすればよいか?

 答えはシンプルだ。

 ――取り込んだ瘴気を中和すれば良い。



 オーガキングは、苦しそうにうめき声を上げた。

 初めてこちらを警戒した目で見てくるが、


(今さら気が付いても、もう遅いんだけどね)

(アリアの回復魔法に、リリアンの固有結界。どこにも逃げられないよ?)


「あいつの瘴気は、僕が中和していきます。アリアの回復魔法がいれば、絶対に負けない戦いです。焦らず――」



「いいえ。ここまでお膳立てしてもらったんだ。耐久戦なんて必要ない」

「ええ、勇者の名にかけて。今度こそ一撃で終わらせる!」


 リリアンとディアナが頷き合った。


 勇者は剣聖に剣を贈る。

 幻想の剣に込めるのは、魔王を討伐して平和な世界を作りたいという願い。

 それとイシュアに巡り会えたことへの感謝の祈り。


 目の前で見た奇跡のような光景――イシュアの前で情けないところなんて見せられない。

 リリアンの祈りが生み出すのは、神の祝福を浴びた七色の幻想の剣。



(これが勇者の力か……!)


 幻想的な輝きは、見ているものに勇気を与えてくれた。



「ドリャア!!」


 アリアのありったけのバフの効果もある。

 ディアナは瞬く間にオーガキングに肉薄し――今度こそ一撃のもとに切り伏せるのだった。




◆◇◆◇◆


 オーガキングとの激戦を終えて。

 リリアンが『幻想世界』を解除し、僕たちは改めて自己紹介をしていた。



「さすが勇者様と剣聖ですね。あれほどの敵を一撃で倒せるなんて――すごく格好良かったです!」

「い、い、イシュアさん。イシュアさんも! すっごく格好良かったです!!」


「ありがとうございます、リリアンさん」

「ひゃ。ひゃ~!?」


 どうしたのだろう?

 顔を真っ赤にして、彼女はディアナさんの後ろに隠れてしまった。



「ごめんな、イシュアさん。この子、憧れのイシュアさんに会えたのが嬉しくて。照れて――」

「う~! ディアナ~!?」


 まさか勇者様が、僕のような新人に憧れてるなんてことはないだろう。

 ディアナも面白い冗談を言う人だ。



「イシュアさん! あなたこそが、人類の救世主だと思います! ほんとうに尊敬してますっ!」

「ありがとうございます。勇者様にそう言ってもらえると自信になるよ」


 リリアンは、空気も読めるとても良い子だった。


「うう……本気で言ってるのに――」


 う~、と頬をふくらませるリリアン。

 そんな様子を見て、ディアナはよしよしとリリアンの髪を撫でる。




「先輩、先輩! 私の魔法はどうでしたか!?」

「アリア、完璧だったよ!」


 そうこうしていると、アリアも会話に飛び込んできた。


「やっぱり『パーティヒール』は安心感があったね! いつでも展開できる『プロテクション』が4つも浮いてると――」


「はいはい、振り返りは後にしよう!」


 パンパン、とディアナさんが手を叩く。


「あのあの! イシュアさん。もう一度だけエルフの里に戻りませんか? 世界樹があれば、ここまでの瘴気は有り得ない。調査が必要だと思うの」

「でも――普通に拒否されたし……」


 世界樹に何らかの異常があることは、ほぼ確実だろう。

 そう思っていても、強引にエルフの里に押し入る訳には行かないのだ。


「勇者のライセンスを使うの。昇格したモンスターが辺りを跋扈ばっこしている。否とは言わせないの」



 リリアンは、自信満々にそう言い切った。

 そうして僕たちは、再びエルフの里に向かうことになる。

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