10.【勇者SIDE】聖剣が使えずボロボロになってダンジョンから逃げ帰る

「アラン、前方からリザードマンが3体来るッス」


 魔導剣士の少女・ミーティアが、索敵スキルを駆使してモンスターの来訪を知らせる。

 いつも通りの風景だ。



「任せておけ。一撃でエクスカリバーの錆にしてくれる!」


 俺は不敵に笑い、腰に手を当てた。



『聖剣よ、我が求めに従って顕現せよ!』


 普段のように祝詞を呟く。

 それだけでユニークスキル『聖剣』が発動して、敵を殲滅するはずだったが――



「……あれえ?」


 不調は突然おとずれた。

 聖剣は呼びかけに答えず――



 急激にやってくる全身の倦怠感。

 万力で締め付けられているような激しい頭痛。


「ぐああああ……」


 目の前にモンスターがいるにも関わらず、俺は思わず膝をつく。


「アラン! ――だから言ったッス!」


 ミーティアが、俺を庇うように前衛に立つ。


「魔力切れッスよ。そんなに大技を連発してたら、最後まで魔力が持つ筈が無いッス!」

「馬鹿を言うな! こんなにレベルが上がったのに、魔力切れなど起こる筈がないだろう!?」


 リザードマンと戦う彼女が構えるのは、何の変哲もない短剣。


 ミーティアの得意戦術は、魔剣による魔法と剣術の組み合わせである。

 魔力の籠らない短剣は、彼女に相応しくない武器だった。


「おい、貴様! 魔剣はどうした?」

「あんなもの普段使いできる筈が――キャッ!」


 相手は狂暴なAランクのモンスターだ。

 会話している隙を見逃さず、リザードマンが剣で斬りかかった。

 パワー負けしてあっさりと吹き飛ばされるミーティア。



「おい、たるんでるぞ! さっきまでは楽勝だったではないか」

「魔力さえあれば、こんな奴ら遅れは取らないッスよ。だからイシュア様抜きで攻略なんて無謀だって言ったッス」


 俺の方をじーっと覗き込むリザードマン。

 もはやこちらを大した脅威として見ていない。

 目の前の獲物を淡々と狩る目だった。



「うわあああああああ」


 生まれて初めての挫折だった。


 俺は一目散に逃げ出した。

 パーティメンバーを置き去りにして。



「リディル、付いて来い! 俺を守れ!!」

「ええ!? ま、待って! ミーティアがまだ戦ってる!」


「このままだと全滅だ。勇者の生存が何よりも大切だろう!!」


 賢者や魔導剣士では代わりにならない。

 必死に言い募るが、リディルはその場を動かない。


「戦ってる仲間を見捨てられる筈がない! そんな判断をするあなたに勇者たる権利はない」


 いつもは眠たそうに、感情を表に出さないリディル。

 しかし今は、普段とは打って変わって、燃えるような目でこちらを睨みつけてきた。



「私は最後まで諦めない。皆で、帰る!」

「おい、ふざけるな! 戻ってこい! 無防備な勇者がここにいるんだぞ――!」


 恐怖から必死に呼びかける。

 リディルはこちらを一顧だにせず、リザードマン相手に押されているミーティアのもとに飛び出していった。

 


「イシュア様の言いつけ。最終手段は――杖で、殴る?」


 リディルは杖を構えたまま、リザードマンへと向かっていく。

 詠唱することもなく何をするのかと思えば――



「はああああ――!?」


 リディルは、巧みな杖捌きでリザードマンの斬撃を受け止めたではないか。



『スマッシュ・ブロー!』


 さらには杖を両手持ちに切り替え、勢いよくフルスイング。

 リザードマンを吹き飛ばした。



(う、うそおおおお……?)


 小柄の少女のどこに、そんなパワーがあったというのか。

 おおよそ「賢者」らしくない戦い方である。


「賢者にいつまでも前衛張らせる訳には行かないからね」

「ミーティア。怪我は……?」


「ポーション飲み干して無理やり治した。こんな志半ばで死ねないもん」

「うん。同感」


 2人の少女は頷き合う。


「イシュア様のチートが無いと、ウチたちはこんなもの。嫌になるッスね……」

「でも……どうにか生き残れた。いざという時に備えろってアドバイスをくれたイシュア様には感謝しないと」


 ボロボロになりながら、少女たちは元・パーティメンバーの名を口にした。

 彼女たちの心を支えているのは勇者の俺ではない、あいつなのだ。



「アラン、撤退ッス。文句はないッスよね?」

「ミーティア。こんなやつに許可取る必要なんてない」


 俺の返事を待つことすらせず、リディルはスタスタと歩き始めてしまう。


「ま、待て! 勇者である俺を置いていくなんて許さんぞ!!」

「置いてはいかないッスよ。――誰かさんとの違いッスね」


 ミーティアはチクリと刺す。

 逃げ出そうとしたのは事実だ。


 俺は何も言い返すことは出来なかった。

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