第2話 相対
さて、一度整理しよう。数分前、俺は黴臭い苔むした石レンガの上で目覚めた。体には怪我一つすら見当たらなかった。しかし記憶の障害と、認知能力に欠陥があるようだ。もし障害や欠陥がないのだとしたら、現実がイカれてる。そう思う程に目の前の光景は異様だった。人の背丈ほどはあるであろう大きな鎌を背中に携えた男。その周りには、赤黒い塵が降っている。また地面と男の服には返り血が…
「お前は誰だ」
その男は俺に近づくとそう言葉を発した。
「お…お前こそ誰なんだよ?ここはどこだ?」
言葉が通じるということに驚く前に、俺は思わず疑問に思っていることを聞いた。
「…我は死神。ここは…どこだ?」
「は?えっと……それ…俺が聞いてるんだけど…?」
「仕方がないであろう!なにせ我は初めて人の街に来たのだからな」
「へぇ…この世界にも人は存在するのか…」
「む?お主人間ではないのか?」
俺が呟いたことを死神は聞き取り反応してきた。
「いや、人間だけど…何故かここに来るまでの記憶がなくてな、取り敢えず…行くあてもねぇし、お前についてくことにするか」
「なにを言っておるのだ…我はこれから城に帰るのだ。お主に着いてきてもらっては困るのだ。」
「城って魔王城か⁉︎」
「そうだ」
「てことはお前魔王なのか⁉︎」
「いや…我は魔王という立場の者ではない。魔王様は今おらぬのだ…」
「何でだ?普通はいるもんじゃねぇのか?」
「魔王様は勇者を名乗るパーティに殺されてしまった…まだお子様も作られぬうちにお亡くなりになられたのだ…」
「そうか…それは聞いちゃ悪いことだったな…すまん…」
「いや、よいのだ。お主は本当になにも知らぬようだからな」
「そうか…」
「いや…本当に悪いと思っておるのなら一つ頼みを聞いてはくれぬか?」
「分かった。やらせてもらうよ。で、なんだ?頼みって」
「うむ。お主に魔王様の代役となってもらいたい。というか、やれ」
「任せろ!……って…は?今なんつった?魔王の代役…?やっぱ無理だわ。すまん。他を当たってくれ。」
「助かった…!本当に感謝する!」
「いや、だから…」
「お主承諾したよなぁ?」
「……ああクソッ!お前性格悪いだろ!」
「所謂魔族というものだからな、種族の特性という奴よ」
「あぁもう!分かったよ…やればいいんだろ⁉︎」
「ありがとう!いや、ありがとうございます魔王様。そういえばまだお名前を伺っていませんでしたね。」
「え?あ、そうかお前しか言ってなかったもんな。じゃあ改めて、俺は尾黒樽真。よろしくな、死神。」
❇︎❇︎❇︎❇︎
その時理解したのは、自分自身は死んでいるということだけだった。だからその事実だけは疑わずに考え、思い出すのみだった。如何して自分には意識があるのだろう…と。最初に思い出すのはあの惨状だ。落下物が近づくにつれて周りの人たちがどんどんと倒れていく。意識を失って動かなくなる…そんな惨状だ。地を這い、意識が朦朧とする中、自分は見ていた。不思議と痛みを感じることはなかった。その代わり、強烈な睡魔が自分を襲ってきた。その睡魔は痛みすら感じない麻痺した体の反動か…それとも、脳がそれ以上その光景を見たくないと、拒否反応を起こした結果なのか…自分はその睡魔に抗うことすら許されず、理解が追いつかぬまま意識を手放した。
❇︎❇︎❇︎❇︎
何で生きているのか…
初めて浮かんだ疑問はそんな単純な、そしてあまりにも哲学的すぎるものであった。自分は死んだわけではなかったのか。あの睡魔はなんだったのか。そんな自問を繰り返していると、私は私に向けられている一つの視線に気がついた。
「えっと…おはよう。菅谷一黄って言うんだけど…分かる?」
「えっと…3年生の先輩…ですよね?」
「うん。敬語はいいよ。えっと…舞さん…だったよね」
「はい。えっと…ここは?」
「ここはアンフェイの街って呼ばれてる街みたいだけど…少なくとも僕らの知る日本には存在しない街だね。何か気になることとか、わかることがあったら教えてくれないかな?」
「先輩はあの時外に出てましたか?」
「うん、もちろんだよ。あの『ワールド』だよ?見れるのなら見たいに決まっているじゃないか」
「はい。私も外に出て見てました。でもそのあと誰かが逃げろと言ったときにはもうみんな倒れて動かなくて…私が眠る直前まで意識があったのは一人だったと思います。確か尾黒君って人だったと思います…」
「樽真か…」
「知っているんですか?」
「うん。学年は違うけど、実は昔保育園、小学校と同じだったんだ。俺は中学受験して兵庫の中学に行ったから中学は違ったんだけどね」
「そうなんですか…彼ならもしかしたら何か知っているかもしれませんね…」
「そうだね…それじゃあ仲間が帰ってきたら出発しようか。樽真を探しに」
「仲間…ですか」
「うん。そろそろ帰ってくると思うんから少し待とうか。紹介はそのときに」
「はい」
「舞さん。今回のことについて君の考えを聞かせてほしい。」
「分かりました。」
「まずこの世界を異世界と仮定する。まぁこの時点で結構変なんだけど…僕たちはこの異世界に転生した。君はこの世界から出るために、どんな方法があると考える?」
「……そうですね…非科学的な考えを取り除くのだとしたら、不可能だと思います。実際私たち地球人は、転生などできませんから。でも…ここに私たち自身が存在していることからして十中八九非科学的なことなんです。なので方法はないことはないと思います。必ずあるとは思いますが…内容まではちょっと分かりません…」
「そうか…ありがとう。僕たちはすぐに帰れないと思って諦めてたからさ。希望を持てたよ。」
「たっだいまぁ〜」
その時、女の人の元気な声が部屋に響いた。声がした方向を見ると、そこには青い髪をした少女とガタイの良い男がこちらを見ていた。
「あ…あんた誰よ!私の一黄に一体何してるの⁉︎」
「…誰ですか?あの人は」
「僕の彼女だよ。可愛いでしょ?」
「はぅ…一黄が可愛いって…私のこと可愛いって言った…」
「どうしたの蒼葉?事実を行っただけでそんなに顔赤くしちゃってさ。ねぇ舞さん、君も蒼葉のこと可愛いと思うよね?」
「私に振らないで下さい。それで先輩。その方はどなたですか?」
「あぁ。この子は田宮蒼葉、僕の可愛い彼女だよ。」
「もうやめて……一黄もうわかったから…」
「何言ってんのさ蒼葉。まだ蒼葉の可愛さを語ってすらいないじゃないか。5時間は語れるよ?」
「先輩…それ本当ですか?」
「あ、ごめんね。ちょっと間違えた。」
「ですよね…流石に5時間は…」
「ごめんね蒼葉。君の魅力を語るには5時間程度じゃ足らなかったよ…僕もまだまだだね…」
「はぅ…もう一黄やめて…」
「よろしくお願いします。それで…あなたは確か…」
「俺は雨木茶間。気軽にチャマって呼んでくれ!あ、敬語とかいらないからな」
「よろしくお願いします。有名ですよね。今年は進級できたんですか。おめでとうございます。」
「ありがとな!そうなんだよ…今までどれだけ頑張ってもできなかったのに、やっとできたんだよ!お前って1年の時、全てのテストで1位だったんだよな?教えてくれ!どうやったら1年で進級できるんだ?」
「内申点とかじゃないですか?」
「いや、それはないよ、東さん。チャマはこう見えて、学年1位の成績だ。忘れ物もしてないらしいし…遅刻、欠席、早退は幼稚園からしてないそうだ。」
「……じゃあ人格の問題です」
「そ…そんな馬鹿な…俺の唯一の美点だぞ⁉︎そこ否定されたら俺と言う人間がウザさの塊になって終わりだろ⁉︎なぁどうにかならないのかよ…!」
「あ…一応ウザいっていう自覚はあったんですね…離してください」
東の視線は縋り付くように掴まれている自分の右脚に向かっていた
「離して欲しいのなら、俺の人格矯正に協力しろ!」
東はゴミを見るかのような視線で雨木を数秒見つめその後、菅谷、田宮の順に視線を流した。
菅谷、田宮は何かを諦めたかのような顔をして申し訳なさそうに東を見ていた。
そしてもう一度雨木に向き直り
「死んでください」
と声を発し、雨木を振りほどき歩き去って行った…
「さぁ、行きますよ。尾黒君を探しに」
と、一度だけ振り返って…
どうしてこうなった…
俺こと尾黒樽真は今までの人生の中で最も面倒な事に巻き込まれていた。学園内の有名人が集結し、俺と対峙しているのだ。学校一の鬼才東舞。学校一の奇才雨木茶間。学校唯一の双子の姉であり、超絶なまでのシスコンである暁紅葉。校内外問わず、名が知れ渡っているバカップルの2人。どれだけ年を重ねようとも学校以外ではこんな事は起こらないであろうとも思えてしまう事象であったのだ。なぜこのような事態に陥ったのか…それは数時間前に遡る…
「死神、この城で本がたくさん置いてある所って何処だ?」
「それなら蔵書室です。でも…」
「?でも…なんだ」
「蔵書室にあった本のほとんどは前魔王様の魔力で保存状態を維持していたものばかりだったので、魔王様がお亡くなりになられた瞬間、全ての本が腐敗してしまって…」
「マジか…ちなみにそれ何冊くらいあったんだ?」
「三百万冊くらいだったと…」
「マジかよ…」
「はい…でも一応読もうと思えば読むことはできます。あれらの本のほとんどは、ここから一番近い人の町にある図書館の本を前魔王様の魔力で模倣したものなのです。」
「いやでもさ、一番近い町とか言っておきながら走り続けても15日くらいかかるだろ?」
「はい、でも大丈夫です。魔王様なら頑張れます!」
「お前俺を15日も歩かせる気か⁉馬車とか牛車とかないのか?ここ一応城だろ?」
「それらも前魔王様の魔力で練り上げられていたので…」
「ウソだろ⁉生き物まで腐ったのかよ⁉︎」
とかいうやりとりがあってやっとの事でこの町に来たというのに…なんでこんな面倒なことに巻き込まれなくてはいけないのか…
そんなことを考えていると
「尾黒くん、単刀直入に言うね」
と、いきなり菅谷が切り出してきた。
「僕らの手伝いをして欲しいんだ」
「面倒臭い」
俺がそう答えると一黄は顔を顰めた。
「…理由を聞いてもいいかな?どうして内容も聞かず断ったのか」
「理由はさっき言った通り。あえて踏み込んで言うとするのならメンバーが面倒臭そうだから。頭いいのにアホな行動しまくる奴と、相方いるとうざくなる奴ら、妹ファーストでそれ以外を人として見れているのかも怪しい奴に、無駄にプライドが高すぎるお嬢様、こいつら揃えて連れてきて、どこが面倒臭くないのか教えてくれよ。」
そう言うと一黄は一瞬こちらを睨み、しかし自覚はあったのか押し黙る。これでようやく図書館に行ける。そう思い席を立塔としたその時、
「おい」
そう声が掛かり一瞥し、
「なんだ。お前妹以外の奴に声かけることできたんだな。」
そう声の主を煽るように言葉を返す。
「お前本気で言っているのか?」
「どっちに対してだ?俺が協力しないことに対してのことなのか、それともお前を煽った内容についてのことなのか。因みに両方とも本気で言っている」
「…お前は元の世界に戻りたくはないのか?」
「愚問だね。戻りたいに決まってるじゃないか」
「それなら…どうして協力しないんだ。人数が多い方が手掛かりは早く見つかる筈だ。それはお前もわかってるだろう。翡翠たちだって探さなきゃいけない。それも人数が多い方が…」
「人数なんて関係ないだろ。互いが互いを探しているんだろ?それならすぐに見つかるだろ。」
「それでも探し手は多いにこしたことはないだろう」
「確かにな」
「分かっているのならなんで私たちを手伝ってくれないんだよ!」
「お前さ…さっきからこの世界の話をずっとしているようだけどさ、お前、向こうの世界に帰った時のことを少しでも考えたのか?」
「は?お前何言ってんだ」
「こいつだけじゃない。お前ら5人もいたのに考えられなかったのか?お前らに協力しないとは言ったがこれだけは知っておいた方がいいと思うからひとつだけ忠告しておいてやる。
時間帯は暗闇、校内外問わずその誰もが空を見上げている時。暗闇だから『ワールド』が燃えながら落ちてきているのなんて丸分かりだ。
状況はどうだ?学校の中には俺ら生徒16人しかいない。教師をはじめとする大人たちは誰一人としていなかった。
あの時間帯、地球上にワールドが少しでも落ちる確率があった場所は地球の表面の約半分、その中で俺らのいた学園に堕ちるなんて、余程の悪運かそれともか。
これらを考慮した上で考えつく結論はただ一つしかないと俺は思うけどな。」
「…一つ……」
「ああ、たったひとつだ。俺らの公開処刑、若しくは俺らの中の誰かの公開処刑それしか考えられない。」
その時、息を飲む音が聞こえた。しかしその一方で納得するかのようにこちらをじっと見る人もいた。俺は反応を確認するとそのまま言を進めた。
「俺らがこの世界に閉じ込められたのは事故か、それとも故意なのか…まぁ恐らく後者だろうな。『ワールド』が人間を電脳空間に閉じ込めることを可能にしているということを考慮しないはずがない。俺らがこの世界で死んだらどうなるかは知らないが、まあ恐らくは俺らの脳になんらかの不利益をもたらすものには違いないだろう。」
「でも…だとしても警察に行ったり…」
「教師が学校に一人もいない時を狙ったということは学校が犯人ということで間違い無い。そして、学校のバックには国がついている。」
「それなら領事館とかに逃げ込んで他の国に助けを求めたりとかは…?」
それまで黙っていた一黄が提案を出すが、
「忘れたのか?学校には他国の国立大学、代表的な企業から金が回ってきている。お前は金を渡していない国の領事館が何処にあるのか今すぐ言えるか?」
「…っ」
「それよりもまず気にすべきことが俺らの身体についての問題だ。」
「身体…?」
「ああ、そうだ。俺らの身体は今どこにあるのか」
「ここにあるんじゃないの…?」
「それも含めて可能性は2つある。
一つは向こうの俺たちの身体が消えて、今の俺らの身体になっている。国は電脳空間に閉じ込める方法はあるとは言っていたけど、俺らの元の身体がどうなるかまでは公表していなかった。もし本当に公開処刑を目的として動いていたならこちらは完全に事故だ。この結果がもし成功だというなら目的は処刑から実験に変わる。俺らの身体を利用した人体実験だ。
もう一つの可能性としては俺らはもう既に死んでいることだ。この可能性はとても高い。『ワールド』の直撃で生きているなんてありえないからな…
他の可能性はあるかもしれないが、俺に考えられるのはこの二つだけだ。」
言い終えた時長い沈黙が走った。
「それで?貴方はどうするつもりなのかしら」
沈黙を破ったのはそれまで一言も喋らなかった東だった。
「最初に言っただろ。俺はお前らには協力をしないってさ」
「それは分かってるわ。協力をするかしないかの質問じゃないの。貴方はどうやってこの世界から脱出するのかってことを聞いているの」
「さぁ?それが分からないからこの町の図書館目当てできた。お前らがここで俺を足止めしていなければ、俺は今頃、本を見つけ出せていたと思うんだけどね」
「脱出する方法を見つけたところで、貴方自身がさっき言ったように元の世界には敵しかいない。もしかしたら自身が死んでいる可能性すらある。貴方は元の世界に戻ってからそれらをどうにかする算段を持っているの?」
「すまないが、俺はお前の誘導尋問になんかのってられないんでね。図書館に行かせてもらうよ。安心しろよ、もし脱出する方法が見つかったら、全員に教えてやるから。脱出する方法も一緒にさ」
こうして俺はこの町の図書館に向かった。
……雑音が、耳障りな音が流れていた。その音は不定のリズムで声に重なる。声を聞き取ることは不可能ではない。が、誠に鬱陶しい。声はさらに言を進める。
…日4…頃、国………学…に『ワー…ド』が………ました。学…の……たち…現…、行…が分……ず、…察が捜査を……てい…す。当……園に…生…たちし………ず、こ…で速……す!一…発………ま…た。名……尾…樽…く…。16………校……生です。彼…発……初、何…を伝えようと……かのよ……ずっ…呟い…………のこ…です。彼……識が回………第、警…は…情を…くと………で…。
そう声が伝える。それを聞いた男は今までの煩わしさを忘れたかのように笑い口もとを緩ませる。
「成功だ」
そう言葉を放ち彼は音源を断った。
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