第3話 変化

「クソッ!なんであんな奴のために時間を取られなきゃならねぇんだ!私は翡翠を探さないといけないのに…なぁ、もうあんな奴構ってないで私たちだけで探しに行かないか?もしあいつの言った通りなんだとすると時間はねぇぞ」

そんな紅葉に対し、

「…そうだね……確かに樽真が何かしらの情報。持っているのは確定だけど、あそこまで僕たちに対して協力的じゃないとなると今じゃなくてもいいんじゃないかって思えてくるよね…」

と、一黄は同意を示す。当然のごとく、それに蒼葉も同意を示す。

「チャマ、起きて!君は彼について、どうした方がいいと思う?」

「ん…ふぁぁ……何がだ?」

「だから、樽真を今から説得するかって話で…」

「彼に意見を求めても仕方がありません。寝ていた彼が意見が出せる筈がありませんから」

と一黄の言葉を遮り、例の一件から茶間について態度が厳しくなったと定評のある舞がそう答える。さらに続けて、

「私は反対です。彼を説得すべきだと思います。先輩の言ったように確かに彼は私たち以上にこの世界の情報を知っている素振りを見せていました。さらに今から図書館で情報を集めるということは、さっき話していた内容の情報源は他にあったということだと思われます。なのでその情報の提供者ないし物からそれ以上の情報を得ることができさえすれば、私たちはそれ以上彼に関わる必要性が脱出時までなくなります。さらにこの世界の情報を得ることができれば、翡翠さんたちを探すことも楽になる筈です。」

「楽になる筈…といっても“多少は”だろ?なら協力するつもりがないあいつから情報を得ようと試行錯誤している時間を探す時間にまわした方がいいだろ」

と紅葉が反論する。

「しかし…いえ、分かりました。それなら手分けをしましょう。紅葉さんたちは、他の皆さんを探しに向かってください。私と菅谷先輩と田宮先輩は尾黒くんにもう一度交渉してみます」

「分かった…と言いたいところだが、交渉に3人もいるか?さっきだってあれだけいても主に話してたのは私と舞くらいじゃねぇか。多くても二人だけで良くないか?」

と、紅葉が至極真っ当な意見を述べる。それに対し舞は紅葉の耳元に口を近づけ紅葉に囁く。

「交渉の人数を二人以上に設定するとして、紅葉さんは捜索隊に参加ですよね?」

「まぁ…そりゃ勿論、翡翠を早く見つけてやりたいからな」

「はい、そして田宮先輩と菅谷先輩は離れることを確実に嫌がると思います。」

「それも確かにそう…だな」

紅葉は苦笑いでそれに答える。

「そして私はあの人と同じ空間には出来るだけ居たくないです。」

「な、なるほど…でもそれならお前がこっち来て雨木と別行動で探せば良くないか?」

「あのお二人だけで交渉がうまくいくなんて考えられますか?二人だけの空間を作って、尾黒くんを除け者にしていつの間にか尾黒くんがいなくなって終わると私は思います」

「お、おう。分かった。じゃあそれで行こう。」

紅葉は舞の話の謎の説得力に根負けし、その案を受け入れた。


場所は変わり、アンフェイの街の公共図書館。そこには図書館にどこか馴染みながらも異彩を放つ一人の少年、樽真の姿があった。

「この本もハズレか…」

そう言いながら樽真は山のように積まれた本の頂上に閉じた本を置く。ここに来てかれこれ1時間程ずっと本を読み続けている。

「…っ!あった…これだな……」

「貴方まさかたった1時間程度でその量の本を読んだっていうの?」

そう声をかけたのは先程追い返したはずの人間の姿だった。

「わかりきった事を聞くな。お前らはなんだ?また飽きずに説得に来たのか?俺はお前らに協力する気はないってさっき言っただろ?そろそろ諦めろよ。それに俺はさっき情報を渡したし、条件も出した。それで何か文句があるのか?」

声の主、東舞に言をかえす。

「私は貴方を説得しにきたのではなく、貴方の後ろについている情報源を教えてもらいにきたの。貴方がその情報源を教えてくらたら貴方は私たちと関わらないで済む。さらに私たちは情報を得ることができる。貴方の情報源が正しければ私達は脱出直前まで貴方に関わらないと約束するわ。どう?互いに利益のある話だとは思わないかしら」

そこまで言い終えるとその空間に短い沈黙の時が流れる。その静寂の時を破ったのは言わずもがな、樽真だった。

「確かにそれは俺にも利益があるな。でもまだ足りない。お前らのうちの一人でもその約束を破ったらどうなる。例えば雨木先輩なりあの姉妹の片割れなりが俺と接触したらどうする。お前らは絶対にあいつらが俺に関わらないと言い切れるのか?無理なのだとしたら俺に利益があるとはいえないな。」

「紅葉さんは大丈夫だと思います。ただ…」

言い淀む舞に樽真が追い討ちをかける。

「だろうな。自分の命を左右するかもしれない大事な話をしている最中に寝ているやつを説得するなんてことできないだろ?それにもし俺が、暁翡翠の居場所を知っていると言ったらあいつは俺に関わらないという約束を守れるのか?」

「貴方もしかして他の人の居場所を知っているの…?」

「例えば、の話だって言っただろ。それで?お前らはあの二人が約束を守るって断言できるのか?」

「チャマなら大丈夫だよ。あいつは馬鹿だけどアホではない。基本ダメなことは理解して動いてくれているから。まぁでも、たまに暴走しちゃうけどね」

樽真が話し終えたところでこの中では最も茶間と関わりの深い一黄が樽真に対してそう答える。

「それじゃあ暁紅葉はどうだ?あいつは妹のことになると他の何も目に入らなくなる。」

「…分かった。それなら君は他の行方不明の人たちの情報を僕らに回さないっていう条件ならどうかな?」

「先輩⁉︎何を言っているんですか?私たちは他の…」

「舞さん、私たちも妥協をしなくちゃ交渉にはならないよ。」

一黄に対して言葉を荒げる舞を抑えるかのように蒼葉が割り込む。

「蒼葉ありがとう。それと…ごめんね?……それで、樽真まだダメなのか?」

「ダメだな」

「…即答かぁ……もしよかったら理由を聞かせてもらっても良いかな?僕らのできる範囲でなら妥協したり、そっちの指示に従うつもりだけど…」

「取り敢えず、雨木先輩にしても、暁紅葉にしても不安が残る。そして、あいつは他人とできるだけ関わりを持ちたくない奴らしいからな。俺が1番最初にこの世界にきたときに助けてもらった奴だ。あいつの願いは出来るだけ聞くつもりでいる。だからお前らの話には乗らない。それと脱出方法を見つけるのは俺だ。もし見つけたら教えるが教えてもらうことはない。」

「ということは貴方は最初から私たちの交渉に応じる気がなかったっていうこと?」

「あなたは一黄に無駄な労力を払わせたの?」

女性陣の圧がだんだんと強まっていく中、樽真は

「いいや、そんなことはない。」

と矛盾する答えを示す。

「…意味がわからないわよ。どういうことかちゃんと説明して。」

「状況が今さっき変わったんだよ。お前らは通信専用の魔法というものを知っているか?それに通信が入ったんだ。お前らには聞かせることのできない情報がな。いや…正しく言うと違うがほぼあってるから詳細は割愛するがそれが理由で俺はお前らに協力できなくなったってわけだ。すまないが諦めてくれ。」

この言葉を聞いた舞と蒼葉は樽真への怒りをあらわにする。

「そんなので納得できるわけがないでしょう。ここまで話しておいて条件も達成した。なのにやっぱり無理だったなんて納得しろなんて言われても不可能に決まってるでしょう。」

「今になって協力出来ない言い訳でも考えたの…?聞かせることのできない理由?断るのならそれくらい話すべきだと思うんだけど?」

「はぁ……何を勘違いしているんだ?お前らは。俺が最初に出した条件を覚えているのか?お前ら全員揃えてどこが面倒臭くないのか説明しろという条件だった筈だ。それすらも達成できてないやつが私たちは達成した、なんて反吐が出る。それに、俺は帰れと言った筈だ。それを無視して話し続けたのはお前の方だ。協力出来ない言い訳…か。俺は最初から協力する気はないって言っていた筈なんだが、忘れたか?」

今の舞の一言か、それともこれまでの口論の積み重ねか。感情の昂りが頂点に達した樽真は未だ反論を続ける彼女らに言を放つ。

「お前ら一回黙ってろ」

そう言い終えた時、その空間には虚無が流れた。虚無としか言い表すことのできない空間が一瞬にして広がった。一黄も舞も蒼葉も。そして樽真とアンフェイの街そのものすらも…

  何一つとして存在を観測できなかったのだから


   まるであの日の、あの時の再現のように


その男は不意に気付いた。序章に過ぎないのだと。

その男は思い出した。記憶の奥底にある事実を。

その男は試した。考え得る全ての可能性を。

その男は絶望する。全ての可能性が潰えることを。

そして男は夢見るのだろう。

いつの日か成功することを願いその絶望に抗うことを

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