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六月一日いこに

第1話 『世界』の崩落

ここは私公立栄冠学園。日本国京都府に位置する、古い歴史を持つ高校だ。私公立とは国が高校の規範を作り、個人が学校を管理すると言う仕組みを言う。ただ扱いは私立のものと変わらず、栄冠学園は私立高校としての扱いを受けている。この学園は、私立高校の中で唯一どの省庁にも属していない。更には私立学校法が制定されるはるか昔に建てられ、古くは平安時代から存在すると噂されている。この学園は国家の力が効かず、今はAZUMA財閥が単独で学園の運営をしている。ただそれらだけでは無く、他の高校とは違う点がいくつか存在する。まずこの高校は私立なのにも関わらず、生徒を数人しか受け入れず、生徒から授業料すら受け取らない。先生方が何かの分野に対して特化している。などなど…この学校は他の学校とは違う点が多すぎるのだ。正直怪しい学校ではあるが、志望者が多いのにはちゃんとした理由がある。進学率、就職率合計がほぼ100%なのだ。どんなに入学するのが難しい大学ですら、栄冠学園出身というだけで入学できるという夢のような特権がある。多くの大学受験者や、就活中の人々が喉から手が出るほど欲しい特権を持つ学校なのだ。また逆に「どんなに成績が悪かったとしても素行が悪かったとしても栄冠学園出身の生徒であるならばうちの会社、大学に入れたい」という人達もたくさんいるのだ。つまりこの学園は、日本国内だけでなく世界中の大学、企業から賄賂のような形で支援金を貰ってしまった為、このような怪しい臭いがプンプンと漂ってくるような学校になってしまったのだ。

さて、長くなってしまったが学園についての説明はこの辺りにして本題について話していくとしよう。よく晴れたある夏の日事件が起きた。その日は、昼であることを疑うような暗い午刻だった。事件はその暗闇の最中に起こった。その事件はテレビや新聞でよく語られている衆目を集める意味での前代未聞などでは決してなく、誰一人としてその事件を実現させられると考えることすら許されなかった。それほどまでにこの事件は人々の意表を突くものだった。事件の発端は栄冠学園の全校生徒16名の失踪という小さなものから始まり、文字通り、世界を揺るがす事件にまで発展した。この事件によって日本の内閣支持率は一桁にすら到達できず、解散に追い込まれた。この勢いは国内だけには留まらず、世界中の大統領、首相が辞任をするまで至った。更に、そのうち何名かは死刑若しくは暗殺される形でその短い生涯に幕を下ろすことになったと言う。19世期から20世期の社会主義の拡大を連想させるこの運動は、事件の加害者を一人残らず処罰するまでに至った。その運動により、約4000万人もの人々に処罰が下されることとなった。生徒達の失踪から始まったこの先数年間の時代は後の人々により風見鶏の毀棄、ドミノの再来などと呼ばれ語り継がれていくことになる。



こうしているとつい数分前、「俺の名前は尾黒樽真です。趣味はゲームです。3年間よろしくお願いします。」なんて言った自分がアホのように思えてくる。投稿初日の一番最初に自己紹介をしなくてはならないという極度の緊張により、面白みのないことしか言えなかった自分とは違い、他のクラスメイトたちは、淡々と自己紹介をこなしている。何故俺はここにいるのだろう。何故俺はあんなことしか言えなかったのか。頭の中を駆けるのはそんな後悔ばかり。ホントなんで俺はここにいるんだろう…そう思いながら、俺は何度も思い返していたあの日の出来事を、また思い浮かべていた。


中3の3月、受験を目の前に控え、寝る間も惜しみ、勉強に時間を費やしている時期だった。

「樽真、何か届いてるわよ〜」

母さんが俺に向かってそう言った。

「はぁ?俺に?」

「ええ。しかも速達で」

(私立の合格通知に誤りでもあったか?)

そう思いながら俺は封筒を開けた。俺は滑り止めである私立高校に落ちていたのでその時は少しだけわくわくしていた。しかし中に入っていたものは俺の受けた私立高校ではなく、国からの手紙であった。その紙面には、《おめでとうございます。尾黒樽真様。貴方は我が国の誇る栄冠学園に合格しましたことをここにお伝え致します。またこの紙面より入学、入寮の案内をご確認の上本校に〜》などと書かれていた。栄冠学園の評判は聞き及んではいたものの、流石に受験すらしていない学校に合格したなどうまい話あるはずないと俺と父親は奇妙に思ったが、母は違った。その知らせを聞いた途端、母は年甲斐も無くはしゃぎ、まるで我が事のように喜んでいた。父親が学校に問い合わせたところ、学校にも俺が合格したというデータがあるらしく、信じざるを得なかった。父は入寮式の前日まで俺を入学させることを反対していたが、興奮が冷め止まぬ母に押し切られてしまい、最終的に、入学を許可した。


何度思い出しても妙な話だと自分でも思ってしまう。栄冠学園は何故俺なんかに魅力を感じたんだろう。それ以前に目立つような行為を一度たりともしてこなかった俺のことを一体何処で知ったのか。そんなことを延々と考えても答えなど出るはずもなく、生徒たちの自己紹介の時間は終わり、担任挨拶へと時間は移行していた。

「俺は担任の楠木だ。中国とその近辺の歴史、世界地理を教えてる。我が校では入学から卒業までの3年間留年等をしない限り担任もクラスメイトも変わらない。俺に不満があっても、グッと堪えてくれよ〜。俺の豆腐メンタルが潰れてしまうからな。てことで、3年間よろしくな!」

教壇に立っていた楠木と名乗る男が生徒に向けて冗談を交え言葉を発した。

「さて、これから君たちにはこの学園で過ごしてもらうこととなるが、一つだけ忠告をしておこう。この学校で過ごすに際し、勝手な行動は謹んでもらう。授業放棄や意味のない欠席、授業中のトイレなど…当たり前のことかもしれないがこれだけは守ってもらう。留年はして欲しくないからな。今の二年生には5年間この学校に在学している奴がいるからな…そいつみたいになってほしくないんだよ…」

楠木の切実な訴えを冗談として聞き流す者、新しくできた友との会話を弾ませる者など受け取り方は様々であったが、楠木の話は終わり解散となった。すると

「尾黒、お前は少しだけ残ってくれ」

と楠木が帰ろうとしていた俺に声を掛けてきた。昨日も春休み気分が抜けず、夜遅くまでゲームをやっていた俺にとっては早く帰って眠りたかったが、渋々従うことにした。皆が教室から出て5分程経った頃、

「悪い悪い、尾黒待たせちまったか?」

と、楠木は軽く謝り用件を切り出し始める。

「実はお前は今年の入学者の中で唯一、特殊な方法で入ってきた生徒なんだ。学校としてはお前の成績や人柄を知っているかもなんだが、俺は知らなくてな…だから面談や試験を行ってお前の実力を知りたいんだが、協力してくれないか?」

「分かりました。今日眠いんで明日からでもいいですか?」

「ああ、勿論だ。お前の予定に合わせてもらって構わない」

教師と学校の連絡路に疑問を後々持つことになったが、早く帰って眠りたかったその時の俺は楠木との会話を手短に終え、帰路に着いた。

その帰路の途中、ふと視線を空へと向けると、そこには一筋の光が流れていた。

「そういや今日は『ワールド』が日本から観測できる日だったっけな…」

『ワールド』とは、この先50年以内に消滅するとされている地球から逃れるため、科学者たちが宇宙に放った合計27機のゲーム型擬似地球空間である。地球の代わりとなる星が見つかるまで、地球人たちは『ワールド』の中で暮らすこととなる………らしい。どうやって電脳空間に入るのかは知らないが。

****

時は変わり1年経った。なんの前触れもなくその日はやってきた。

****

7月。その日は快晴。今ではもう珍しさすら感じられない猛暑日であった。栄冠学園の先生方は、自らの研究分野に対しての無駄話が多いため、たまにこうした「一日自習して、(先生方のせいで)習うことのできなかったところを勉強する」という日が設けられる。その間は全ての先生が他校に出向いて講習・講義を行なっている。普段の生徒たちならば、先生がいるかどうかなど気にせず、勉学に励むがその日は…その日だけは違った。その日は地球から皆既日食を観測することのできる最後の日であった。観測できる時間は午後3時54分から7分間らしい。実際この時間帯だけは先生たちから外に出ることを許されていた。そのため生徒達は16人全員が校庭へと赴き、それぞれで観測を始めた。俺もこの時のために買ってきた日食メガネと携帯型望遠鏡を使い、観測を始めた。視認することはできるが、できるだけ大きくみたくて買ったのだ。観測を始めた頃には、既に4時をきっていたが、運良く観測することができた。その後観測を続けていたが、まるで地球の自転と月の公転が無くなったかのように、黒い太陽は見えなくなる気配を全く見せない。周囲を見渡すと何人かの生徒はいつまでも黒い太陽が見えなくならないことへの不信感を抱き始めていた。俺は不信感を抱きながらも観測を続けようと望遠鏡に目を近づけた。その時俺は黒い太陽に光が出始めていることに気がついた。端ではなく中心から…まるで小学校の頃の虫眼鏡を使った実験のように燃え盛る火の光が見えた。更に倍率を上げ至近距離でその光を観察する。その光は歪な形をしており、段々と大きくなっていく。俺がその光を『ワールド』だと気付いたのは光が発生してから1分と少し経った頃だった。

「お前ら早く逃げろ!『ワールド』がこっちに向かって落ちてくるぞ!早く逃げないと俺ら全員が骨すら残らず消えちまう!」

そう俺が言葉を発したことにより周囲はざわつきを生み出し始めた。

「で、でも…逃げるなんて一体何処に…何処に逃げれば助かるっていうんだよ‼︎」

その喧騒の中から俺に向かって一言投げかけられる。

「…そんなの俺に聞かれても知らねぇよ!知ってるんなら俺だってその場所に逃げ出したいさ!でもここにいたら必ず俺だけじゃなくでお前らだって死ぬんだ!こんな真っ平らな場所にいたら俺らは助かりはしない!できるだけ安全な場sy………っ!」

俺がその時出した高校生活で一番大きな声は最期まで発することを許されず途切れてしまった。

声は出ず、意識は段々と遠くなり、最後に振り絞って喘いだ声はだれにも届かず、発されることのなかった断末魔は俺の腹の中にくぐもり、数秒後にはこの世にいたはずの俺の身体と16人の人影と共に誰からも観測することができなくなり塵へと消えてしまった。



           

ーーーようこそ、ここはあなたがたの墓場ともなり得る土地『ファントムファンタジー』

精々この程度の遊戯などでは死なぬよう努力を…

それでは地獄を…おっと失敬、失言をお許しください。それではこの世界、存分にそしてどうか死なぬ程度にお楽しみください。満足していただけることを何より心待ちにしておりますゆえーーー

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