第25話 それぞれの戦い

—林の中—


 賢人けんとは、気配を消せる鬼である隠形鬼おんぎょうきの襲撃に遭い、林の中へと引きずり込まれていた。

 気配を消せるという能力だけですら、反則級チートなのに、視界の悪い暗闇、そして姿を捉え難い林の中と、自分が優勢に立てる方法を知っている知恵の効く鬼である。


 バシッ! バシッ!

 バキッ! ドカッ!

 ズザー……。


 見えない打撃が次々に賢人けんとを襲うが、華麗に捌きながらバク転をしながら後退する。姿は見えないが声だけは、はっきりと耳に入ってくる。


「あの一撃を喰らっただけで、他は全て上手く捌いている。さすがは怪異師か」


「ハハッ。これでも精一杯だよ。それより変わったあやかしだね? 何者なの?」


「私は藤原道千方ふじわらのちかた様に従える鬼の四天王が一人、隠形鬼おんぎょうきである」


藤原千方ふじわらのちかた? それはおかしいね。その人物は存在しないはずだよ」


「ほぉ。私の主人を存在しない者扱いをするのか。なんとも失礼極まりないやつだ」


(この反応だと本当に存在している。何故だ? 本当なら平安時代の人間なはず。怨霊としてなんか聞いたこともない。聞き出せるだけ聞いてみるか」

藤原千方ふじわらのちかたとは、何者なんだ?」


「はぁ? 答えるとでも? 私はお前たち怪異師を殺せとしか命令されていない。命令以外のことは動かぬし答えぬ」


(馬鹿なあやかしじゃない。呪妖怪にしては知略が高すぎる)


「なら、私の質問にも答えて貰おうか? 何故、私の攻撃を捌ける? 見えているのか?」


「その質問にはこの答えがお似合いだよ。答えとでも?」


「貴様…! 馬鹿にしよって」


「生憎、あやかしが心底嫌いなんでね」


 賢人けんとは冷静に答えた。 服に付着した泥や砂をパッパッと払いながら立ち上がる。そして隠形鬼おんぎょうきのいる方を見つめる。

 これは先見之明せんけんのめいの特徴である。先見之明せんけんのめいはどんな些細な呪力でも見ることが出来る。サーモグラフィーのようなものである。


「面白い男だ」


「それはお互い様だよ」


 だが、小野江このえ家が持つ相伝術式である先月之明せんけいのめいには、一つ弱点がある。術式を発動している際は、全ての霊力が目に持っていかれてしまう。

術式を発動してないと、隠形鬼おんぎょうきの姿は捉えられない。故に霊力を打ち込むことをすれば、隠形鬼おんぎょうきの姿が見えなくなってしまう。祓うのは困難を極めている。


《せめて、もう一人いれば祓える可能性があったんだけど。時間を稼いで増援が来るのを待つしかないね)


「さて、続きを始めようか!」


 隠形鬼おんぎょうきは再び賢人けんとに攻撃を仕掛けた。どんなに攻撃をしても綺麗に躱し、攻撃を防いでくる。だが隠形鬼おんぎょうきにも自然と疑問が沸いてくる。何故、攻撃してこないのかと。


「お前、攻撃出来ないのか?」


「さぁね? 君が攻撃パターンを研究して機会を伺ってるのかもしれないよ」

(気付き始めたか…。だが弱点は既に把握している)


 そう賢人けんとは、攻撃を躱しながら隠形鬼おんぎょうきの弱点を見つけていたのだ。固有術式・弱点検索ウィークネスサーチを発動させていた。


「お前の冷静さは、嘘か実かわからなくなるな。戦いに慣れた性格をしている」


「褒めてくれてるのかな? 有り難く受け取っておくよ!」


 次の瞬間、賢人けんとは拳に霊力を込めて隠形鬼おんぎょうきに向かって攻撃を仕掛けた。咄嗟に攻撃に隠形鬼おんぎょうきも驚いたのか躱す方が出来ず、吹き飛んでしまう。


(おー当たったか。これで術式がバレなくて済むな)

「いきなりで申し訳ないね。君は油断する癖があるのは戦ってわかったよ。祓われるのも時間の問題だね」


 隠形鬼おんぎょうきはムクっと起き上がって縦横無尽に走り回った。


「無駄口が多いということか。ならここからはただお前を殺すために集中する!」


 戦いを行方は…。


       ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎


-少し開けた場所-


 ザザザァァァァァ——


 砂埃が舞い、金鬼きんきに引きずられて開けた場所へと連れて来られた九條くじょう兄妹。金鬼きんきは脚を止めて、九條くじょう兄妹を放り投げる。


 ドサッ。


「さぁ戦え!」


 金鬼きんきはいきり立っていた。早く戦いたくてウズウズしてる。

 

「なんやの、このあやかしわ?」


「大層な送迎の仕方をしてくれたで」


「俺様は藤原千方ふじわらのちかた様に従える四天王が一人、金鬼きんきである」


 金鬼きんきの身体は、自慢の筋肉に力を入れてサイドチェストのポージングをする。銅色の光沢ある筋肉、引き締まった筋肉からは威圧感を感じる。


なぎ、あの身体…」


「あぁ。ありゃ相当堅いと見えるで。なみの矢も弾いたったしな。俺の一太刀が通用するんか試してみよか」


 なぎは鞘から刀を抜いて、構えを取った。地面に勢いよく蹴り、金鬼きんきの喉仏に向かって突きを放つが刺さらない。なんなら、握る刀からは振動が伝わってくる堅さ。


「またかいな。最近は体の堅いあやかしばかりと戦うと気しかせん。なみ!」


「任せて! もう準備は出来とるから! 貫通術式・退魔の矢!」


 なみの放った矢は、霊力を帯びて金鬼きんきに向かって飛んでいく。あの大嶽丸おおたけまるの呪力の鎧を一部破壊することが出来た技だ。だがその技ですら金鬼きんきには通用していない。


「嘘やろ⁉︎ 私の一撃を弾くなんて!」


「今ので終わりか? なら今度は俺様の番だな!」


 自分の身体を強く叩き始めた。それはまるでゴリラのドラミングのように威嚇しているのか。それとも筋肉に刺激を与えているのだろうか? 


「さぁいくぞ!」


 近くいたなぎの腹に向かって重い拳をぶつけてくる。呪力と元々の硬さが相まってか、その一撃はかなり効く。更に怪我を負っているなぎには痛恨の一撃であった。


「ごはぁ…」

(なんや今の一撃。想像より10倍を重たい一撃やないか)


 吹き飛ばされたあと地面を転がり、微動だに動かなくなったなぎを見て、なみは怒りの感情をぶつけるように何度も弓を引いて矢を放った。

 だがその攻撃も虚しく、金鬼きんきは矢を弾いてしまう。


「さて、次はお前が俺様の筋肉の前にひれ伏すがいい」


 九條くじょう双子の命はいかに…。

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