第26話 それぞれの戦い

—池の近く—


 水に流されたひなたは荒ぶっていた。体と自慢の服が水浸し。それに加えて涼月りょうきの離ればなれになったこと。


「あーもう! 最悪なんですけど! いきなり何なの⁉︎ なんでお兄ちゃんと離ればなれにならなきゃダメなわけ! 一緒に流してくれたらいいじゃない。それに服も汚れてるし…。最悪!」


 自分に何があってこうなったより、涼月りょうきのことや、大事にしている服が汚れた方が気になるのだ。そんなひなたの前に池の中から、勢いよく飛び出してきたあやかし。青い身体に二本の角。顔立ちはどう見ても鬼なのだが、半魚人にも見える。水掻きが付いた手と足、腕や背中にはヒレもある。


「随分と余裕なお嬢ちゃんなのね」


 ひなたは水鬼を見て表情が変わる。脳内でスイッチがパチっと入る。


「なになに? 黙りしちゃって。恐怖のあまり口も聞けなくなったわけ?」


「フッフッフッ。アハハハハ! 何たる所業! 勇者と離れ離れになることは神による悪戯だったというわけね」


「はぁ? 何この女?」


「そして今、目の前にいるのがリヴァイアサン。神との一騎討ちなんて痺れるわね! 最終決戦ラグナログってことね。全力を持って挑まねば私の命も危ないわね」


「何をペラペラと意味不明なことを口にしてるの! 教えてあげる。私は藤原千方ふじはらのちかた様に従える四天王が一人、水鬼様よ」


「鬼? そんな小物ではないはずよ! 貴様の力を見せてみろ! リヴァイアサン!」


 厨二病のひなたと水鬼の会話が噛み合わない。流石に怒りを感じたのか、水鬼の身体からはピキピキと血管が浮き出ていた。


「このクソ女! 私を無視すんなー!」


 全身から水の波動が迸る。水しぶきが木々を薙ぎ倒してゆく。


「クッ…なんという破壊力。それでこそ最終決戦ラグナログに相応しい。私も全力で行かせてもらうわ!」


 ひなた水鬼すいきが始まる。


        ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎


 風鬼ふうきと戦うことになった涼月りょうきは、少し劣勢に立たされていた。風鬼ふうきは風を操るだけあって、遠距離攻撃を得意としていた。次々に飛んで来るかまいたちを霊壁で防ぐことで手一杯だった。霊壁にかまいたちが当たるたびに、火花のようなものが散る。


「式神さえ召喚出来れば…攻撃できるかもしれないが、このあやかし、俺たちに隙を与えないつもりか」


(式神…さえ。俺も涼月りょうきために、役に立たなくちゃダメだ。一瞬でいいなら、俺の霊壁で時間を稼ぐことぐらいは…出来るかも知れない)


 昭仁あきひとは、覚悟を決めて自分が盾になることを買って出た。


「俺が盾になる! その間に式神を召喚することは出来るのか?」


「五秒だ。五秒あれば召喚は出来る。だが、お前の霊壁で五秒も防げるか?」


「わからない。いや正直言って無理だとは思う。でもやるって覚悟を決めたんだ。最悪、俺自身が盾になるしかないだろ」

(実際、俺はあの時死んでいたようなもの。そう思えば怖くないはずだ)


 と思いたいはずだが、昭仁あきひとの声は震え、脚にも力が入らないぐらい恐怖に怯えていた。


「恐怖で足が震えてるぞ。だがお前の覚悟は受け止めてやるよ。悪いが踏ん張ってくれよ!」


 あの涼月りょうきから頼られるとは思っていなかった昭仁あきひとは、少し嬉しそうだった。震える足を何度も叩いて鼓舞する。そして深呼吸して表情を変えた。


「やってやるよ!」


 昭仁あきひと涼月りょうきの前に出て、霊壁を張る。覚えたばかりの霊壁は薄く、強度の高い物ではない。

 すぐさま、涼月りょうきは後退して準備に取り掛かった。

 鎌鼬が次から次へと飛んでくる。霊壁に当たる度にヒビが入ってゆく。昭仁あきひとの体感時間では五秒どころではない。もう十秒は経っているに違いない。しかし実際はまだ一秒程度。涼月りょうきはようやく一枚の紙を手にしたところだった。


(ダメだ! 霊壁が破壊される。早すぎるだろ。俺の霊壁が壊れるの!)


 涼月りょうきが式紙に霊力を込めようとした瞬間。


 バキッーーン。

 昭仁あきひとの霊壁が限界を迎え破壊されてしまった。たったの二秒ほどであった。

 破壊された霊壁の向こうからは、鎌鼬が昭仁あきひとの肩や腹、脚の肉を切り裂き、血が飛び出てくる。

 

(クソ…。こりゃあ死んだな。鎌鼬がゆっくりに見える。脳内処理の方が早いってことは、走馬灯が見えるってことか。あれ?  この場合、和真かずま佳純かすみなんかが見えるはず…。マジか…それすら無しかよ!)


 昭仁あきひとが死を覚悟した瞬間——


「どけぇぇ!」


 ドカッ!


「なっ⁉︎」


 涼月りょうき天将将来てんしょうしょうらいを諦めて、昭仁あきひとに体当たりして吹き飛ばした。その代償として涼月りょうきの胸に鎌鼬が当たる。

 昭仁あきひとの目には、胸から大量の血が噴き出すのが見えていた。そのまま地面に倒れると、涼月りょうきは動かなくなった。

 不気味な笑みを浮かべながら、風鬼ふうきが近付いてくる。


「怪異師も大したことなかったな。そろそろ、仲間も帰って来る頃だろ」


 そして各方面から、金鬼きんき水鬼すいき、が姿を現す。その手には、ボロボロになったひなた九條くじょう兄妹の姿があった。

 賢人けんとはまだ戦っているのだろうか?


(嘘だろ…。やられたのか? だってお前らは俺より強い怪異師なんじゃないのかよ⁉︎)


「さて…お楽しみはここからだな。コイツらをどうしてくれようか?」

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