第27話 八戸黒龍の使い手

 風鬼、水鬼、金鬼にやられた昭仁あきひとたち。この後に待っているのは地獄のような光景であった。


「男はなぶり殺しでいいだろ。俺にやらせてくれよ! なっ! なっ! いいだろ!」


「女はどうするのよ? 私はコイツら嫌いだから私にやらせてよ。いい体してるし食べるのもアリなんじゃない」


 水鬼すいきはそう言って、ひなたの服を引き裂いた。


「や…やめて。助けて…お兄ちゃん」


 ひなたの声は、強気ではなく涙目になり慈悲を求めるような弱々しい声であった。

 だが涼月りょうきに反応はない。


「こっちの女もよ!」


 そしてなみの服も引き裂いた。なみは顔を真っ赤にして目を瞑り、顔を背けた。

 なぎの怒りは臨界点を超えていた。


「てめぇ、このクソ野郎! なみに触れとん違うぞ! ぶっ殺してまうぞ!」


「ガハハハ。ぶっ殺す? この俺様に負けたお前がか? 言葉と実力が伴ってない負け犬の分際で調子に乗るんじゃねよ。おい、女。コイツがここで死ぬのを黙って見てろ!」


 金鬼きんきは、既にボロボロになっているなぎを殴り続けた。


(確かに俺の実力では、倒すことは出来へん。もっと強ーないとアカンのに。このままでは…)


 徐々になぎの意識が遠のいていく。顔は腫れ上がり血だらけの姿に、なみは泣きながら懇願した。

 

なぎ! もーやめて! 私何でもしたるから! だからこれ以上はなぎを…。なぎが死んでまうやんか…」


「はいはい、黙って見てろって言われたわよね」


 水鬼すいきなみの首を両手を当ててゆっくりと締め、呼吸が出来ないようにした。泣きながら暴れていたなみが徐々に大人しくなってゆく。


「こっちの男も死んだのか? もう動かなくなったか。この程度で根性のないやつめ」


 金鬼きんき涼月りょうきの横になぎを投げ捨てた。


「こっちの女も駄目ね。完全にイっちゃってる。さて次はこの女もね」


「ヒッ! やめて! 誰か助けて…まだ死にたくないよ! 誰でもいいから助けてよ…」


(地獄だ…。また俺の目の前で地獄絵図が描かれている。もう…やめてくれ)


「おい、それより隠形鬼おんぎょうきはまだ帰っていないのか?」


「確かに遅いな。俺様が見てこようか?」


「別に良いんじゃない? どうせそのうち戻ってくるわよ」


 かまいたちで裂かれた体は、服と地面を赤く染め上げてきた。昭仁あきひとの意識も既に飛んでいてもおかしくない。だが、アドレナリンのお陰で今は興奮状態にあり、気づけば立ち上がっていた。

 ——痛みも何もかも忘れて。


「俺は…逃げない! もう逃げたりはしない!」


「なんだお前? 死に損ないが。今すぐ死にたいのか? いいだろう。俺様がぶっ殺してやる」


 しかし、昭仁あきひとの軟弱な霊力では、この四体のあやかしを祓うのは到底無理な話である。

 地面に寝転がった涼月りょうきなぎを担いで逃げることも不可能。また水鬼すいきに掴まれたひなた金鬼きんきに掴まれたなみを救う手段も思いつきはしない。

 そのとき昭仁あきひとの強い意志に呼応するようになぎの胸元が強く光始めた。

 倒れていた涼月りょうきは強い光に反応し、どうしてなぎの胸元が光始めたのか観察し、そこに見える何かに目を奪われた。


(まさか…八尺瓊勾玉やさかにのまがたまか⁉︎ これが何か反応している。それが何か大体の検討はつく。アイツは…昭仁あきひとは天皇の血を継ぐ物。そしてそれが意味するのは…崇徳一族の末裔!)


 涼月りょうきは苦悩していた。ここでそれがバレていいのか。だがここにいる全員が助かる唯一の方法は、昭仁あきひとにかけるしかないということ。


「おい、コイツやべぇんじゃないか?」


 金鬼きんきが危機を感じたのは、昭仁あきひとから放たれる異質な力にあった。それは八尺瓊勾玉やさかにのまがたまの力でもあった。

 強気の四鬼も少し怖気ついているのか、足が固まっている。


「ここは逃げた方がいい! おい土産を持って逃げるぞ!」


隠形鬼おんぎょうきはどうするわけ?」


「アイツなら問題ない! ここで死ぬわけにはいかない」


 風鬼ふうきは巨大な雲を出し逃げようとした。


「睦式・八重黒龍ヤエコクリュウ


 辺りに藤の花が舞い始める。

 

「これは…みやびさんと同じ技。藤花爛漫とうからんまん⁉︎ でも今は東京に行ってるはずじゃ」


 巨大な龍が姿を現す。それは以前みたものとは圧倒的に違った。その龍には生命を感じられる。本物の龍を見ている気分になるほどの威圧感があるのだ。

 そして龍の下に立っているのは、スーツ姿の一人の男性と賢人けんとの姿もあった。

 

「あの男。まさか隠形鬼おんぎょうきを倒したのか?」


「あいつも強者なのか⁉︎ なら俺様に殺らせてくれよ!」


「そんなことより、あの龍はなんのよ。もう一人の男、嫌な感じがビリビリ伝わってくるわよ」


賢人けんと君、先ずはひなたちゃんとなみちゃんから助けます。二人を安全な場所へ移動させてください」


「わかりました。お願いします」


「さて、あなた方に軽量の余地はもはや皆無ですね。残念ですがここで散るしかないようです。裁きを大人しく受けてください」


 男性はひなたなみを掴んでいた水鬼すいきに指を向けると、八重黒龍ヤエコクリュウは物凄い勢いで、水鬼すいきを喰らい尽くした。


「次です」


 その指の先にいるのは風鬼ふうきだ。そして風鬼ふうきも最も簡単に八戸黒龍ヤエコクリュウに食いちぎられた。


「お前強いな! 俺様は強い奴は大歓迎だ! 俺様と戦え!」


 金鬼きんきに逃げる選択肢など無かった。同僚が死んでも尚、戦うことに目がなかった。

 

「残念ですが、あなた達のようさ穢れた存在と同じ空気を日々吸っているのです。せめて外の世界では新鮮な空気を吸いたいものです」

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