第22話 思わぬ来訪者

 5月4日—午前11:00—

 東京出張していた涼月りょうきだったが、春晶はるあきの指示でおよそ二時間かけて京都に戻って来ていた。

 さっそく九條くじょう家に向かい、出迎えてくれたのはなみであった。


涼月りょうきさん!」


「無事で何よりだな。なぎは大丈夫か?」


「そうやね。なんとか無事」


 なみに労いの言葉をかけたあと、涼月りょうきは低いトーンで質問をした。


「悪いがアイツはどこにいる?」


(アイツ? 誰のこと言うてはるんやろ? 廃人さんのことを聞いとるんやろか)


 残念ではあるが、なみの中での昭仁あきひとは廃人という格付けがされていた。


「えっと、あっちの部屋で寝とーけど」


 なみの『寝てる』という言葉を聞いて、すぐに怒りが込み上がってくる。それはもう瞬間湯沸かし器の如く、一瞬にして頭に血が上り顔を真っ赤にした。

 無言で靴を脱ぎ捨て、部屋へ向かう涼月りょうきの一歩一歩が家を揺らしているように感じた。


涼月りょうきさん! 床が抜けてまう! 九條くじょう家は古いんやさかい」


 なみに注意され、涼月りょうきは後ろを振り返った。その顔は鬼の形相であった。鬼神である大嶽丸おおたけまると一度対峙したことのあるなみは一瞬で大嶽丸おおたけまるの顔が脳裏に蘇った。


「ひゃぁぁぁぁ!」


 バタバタと廊下を駆けるように、涼月りょうきの下を去った。


「お前の逃げる足音も大概じゃないか。人の顔見て悲鳴上げるか普通。それよりアイツだ」


 涼月りょうき昭仁あきひとのいる部屋の襖を開けた。そこには項垂れるように眠っている姿があった。顔をぶん殴ってやるつもりでいたが、その苦しそうな顔を見て殴ることをやめた。


(だから言ったんだ。一般人と関わらない方がいいと。忠告を無視するからだ。とりあえず起こして状況は聞きたい)


 涼月りょうきは、昭仁あきひとを揺さ振り起こした。


「おい、起きろ」


 昭仁あきひとはゆっくりと目を開ける。視界がボヤけて見えていない。瞬きを何度もしているうちに目の前に誰かいるのがわかる。

 だが誰なのか認識する前に、脳裏を駆け巡った情報は和真かずま佳純かすみである。


和真かずま! 和真かずまなのか!」


 昭仁あきひとは、目の前にいるのが涼月りょうきであることをわかってはいない。


「まだ寝ぼけているのか? 俺は涼月りょうきだ」


涼月りょうき…?」


 徐々に視界がハッキリしてくる。確かに目の前にいるのは、涼月りょうきである。


「何で? 何が? それにここは? もしかして悪い夢を見ていたのか?」


「悪い夢か。確かにな。悪い夢であって欲しいと思う。だがなお前が経験したのは紛れもなく現実だ」


 涼月りょうきの言葉を聞いて、昭仁あきひとの目の前が一気に暗くなる。何も聞こえない。何も見えない。一連の出来事だけが脳に強い刺激を与えてくる。和真かずま佳純かすみが死ぬ瞬間が…。

 昭仁あきひとはガタガタと震え始め、幻覚が見え、幻聴が聴こえ始める。

 血まみれになった和真かずま佳純かすみが見え、『どうして助けてくれなかったの?』、『恨んでやる。殺してやる』と呟きながら近づいてくる。


「ち、違う! 俺は…俺は悪くない!」


 再び精神が崩壊し始める。昭仁あきひとの叫び声を聞いて、賢人けんと風浪ふなみなみが集まってくる。


「何さ、何さ⁉︎ 大きな声上げて」


「極度の精神不安のせいで、彼は幻覚と幻聴の症状を引き起こしているね。僕の術式で解いてみるよ」


 賢人けんと昭仁あきひとの顔を両手で押さえて、瞳を色を変えて催眠術を使った。相手の脳内に安心状態を与え、眠りつかせることも可能。これは賢人けんとの固有術式の一つである。

 昭仁あきひとの視界から和真かずま佳純かすみは消え、また幻聴も聞こえなくなっていた。落ち着きを取り戻した昭仁あきひとは放心状態に陥った。


 ピンポーン——。

 九條くじょう家に再び来客が現れる。


「今日は来客が多いね。なみさ、代わりに出てくれへんやろか?」


 風浪ふなみにお願いされたなみ玄関へと向かった。玄関を引くと、知らない二組の夫婦が立っていた。


「急にすみませんね。ここは九條くじょうさんのお宅でしょうか?」


「はい、そうですけど…何か?」


「私たちは東京から来たのですが、吉田よしだと申します。こちらはいずみ夫妻です。ここに昭仁あきひと君がいると警察の方にお聞きして、尋ねたのです」


 亡くなった和真かずま佳純かすみの夫婦であった。帰りがないことを心配し、東京から訪ねてきたのだ。その際に警察から情報を聞き、昭仁あきひとの居場所を掴んだのだ。

 

和真かずま佳純かすみちゃんが帰って来ないですし、連絡しても昭仁あきひと君にも連絡が繋がらないので、何かあったんじゃないかと思って…」


「えっと…」


「とりあえず、上がらせてもらうよ。ここにいるのはわかってるんだからね!」


 そういうとなみを押し退けて、九條くじょう家の仕切りを跨いだ。

 泥棒のように次々にふすまを開き始めた。


「ちょっと、何してはるんですか⁉︎ 人の家やのに!」


 なみの忠告を無視して、遂に昭仁あきひとのいる部屋へと辿り着いた。落ち着きを取り戻した昭仁あきひとであったが、吉田よしだ夫妻といずみ夫妻の顔を見て、再び取り乱した。


「違います! 逃げたつもりはないんです! 俺は殺してない。俺じゃない。だってあんな化物と戦えるはずない。あれは運悪く…事故、事故だったんです!」


 両手で頭を抱えて、畳に額をつけて見ないようにしながら、自分に非がないことと、殺してないことを伝えていた。昭仁あきひとの言葉を聞いて、吉田よしだ夫妻もいずみ《いずみ》夫妻も何のことかはわからなかった。


昭仁あきひと君、一体何を言っているのかさっぱりだよ。それより佳純かすみはどこに?」


 風浪ふなみは、言いにくそうな顔をして事情を説明したが、一般人の吉田よしだいずみの両家からすれば、風浪ふなみの言っていることが理解できなかった。あやかしだと怪異師だと意味不明なことばかり言う目の前にいる人を。何度も聞いても死んだことしか言わない。周りの人間も慣れたような顔して聞いている。


「何なんだ。君たちは一体何なんだ! キチガイなのか⁉︎ 頭がイカれている! 早く佳純かすみ和真かずま君を返すんだ!」


 だが、誰もその言葉には応じない。不可思議なことだが面々からすれば、当たり前のことになっている。

 佳純かすみの母は、その場に泣き崩れた。受け入れるしかなかった。吉田よしだ夫妻は、昭仁あきひとの顔を睨んで一言放った。


「やっぱりは君は呪われているんだ。過去の事件も君が元凶なのは間違いない! この恨みは必ず晴らす! 殺してやる!」


 危険を感じた風浪ふなみ賢人けんとは四人を九條くじょう家から追い出した。

 昭仁あきひとは最後に放たれた一言について何か覚えていた。そう初めて霊力を使ったときに感じた何か。それは和真かずま佳純かすみを危険な目に合わせたときのものだった。


 九條くじょう家から出て行った荒木、秋頼夫妻は悲しみと憎しみ、怒りの渦中にいた。周りなど見えていない。行き交う人にぶつかり怒鳴られようと耳には入ってこない。

 そんな中、強く肩がぶつかりおかしなことを言う人がいた。


「これは酷いですね。良くない感情が溢れ出てますよ。悲しみ、後悔、恨み、怒り。いや既にその感情は殺意へと変化していますね。どうです? 私と一緒に怪異師を殺してみませんか?」

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