第20話 呪血

 5月4日—午前6:30—

 ピピピッピピピッピピピッ——。


 和室で寝ていたひなたなみは鳴り響く目覚ましの音で起床する。ひなたなみも起きてすぐに体を大きく伸ばす。だが、身体は鉛のように重たく、妙な痛みもあちこちにある。


「ふぁぁぁ…。ん〜身体が重たいで。それにあちこち痛ーてしゃーないな」


ひなもあちこちが痛いわ」


 なみは呆れた顔でひなたを見た。


「何? なんかひなの顔についてるの?」


「いや、アンタの戦闘時の厨二病と普通の時のギャップには毎度違和感を覚えるだけ」


 そうひなたが戦闘時に厨二病っぽいキャラにを演じているのは、固有術式のある【妄想世界】だ。その妄想が強ければ強いほど霊力の質が高まる、変な術式なのだ。


「ところで変な人は?」


 ひなた昭仁あきひとがいない事に気が付いた。


「トイレにでも行きはったんやろ」


 昭仁あきひとの心配は微塵もなかった。廃人になった人の面倒を見てくれと春晶はるあきから頼まれていたが、何をどうしていいのかもわからないし、ほっておいても大丈夫だろうという甘い考えでいた。


 —午前7:00—

 ひなたは部活に向かうと行って、自宅へと戻ってしまった。なみは朝食を食べ、なぎの様子を見たあと、自分の部屋でゆっくり過ごしていた。


 —午前7:30—

「そういえば、あの人…昨夜から何も食べとらんかったな。朝食だけでも食べて貰わんと困る」


 なみは台所へ行って、昭仁あきひとの朝食を準備済ませると和室へと向かった。ふすまを開けると、昭仁あきひとの姿はそこにはなかった。


「あれ? どこ行きはってんな?」


 なみは朝食を部屋に置いて、風浪ふなみ昭仁あきひとを見てないかを尋ねた。


「お母さん? あの人知らへん」


「あの人? あーもう一人男の子。お母さん、知らへんで」


「えっ? 知らへんの。どこ行きはったんや?」


 なみは、家中を探し回ったが昭仁あきひとは見つからなかった。だが、玄関には確かに昭仁あきひとの履いていた靴はあった。

 

「嘘やろ。裸足で外へ? これはアカン。マズいことになってもた」

 

 なみは、昭仁あきひとがいないことを風浪ふなみに伝えると、急いで市内を探し回った。


「出てたとしたら、こんな広い中見つけるんわ、無理な話やで。近くにおってよ」


 祈るようになみは走り回った。


       ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎


 時は少し遡り。

 5月3日—午前2:10—

 草木も眠る丑三時。

 昨夜に、昭仁あきひとは何かに取り憑かれたかのように、ひっそりと九條くじょう家から出ていた。その意識は既に無くフラフラとどこかに向かっていた。


和真かずま佳純かすみ…」


 ずっと和真かずま佳純かすみの名前を呼びながら、自分たちが襲われた場所へと向かっていた。

 現場には、まだ大量の血が地面を真っ赤に染めていた。昭仁あきひとはその血の上に倒れ込み、狂ったかのように何かをかき集める仕草をしていた。


和真かずま佳純かすみ、俺だよ、昭仁あきひとだよ。返事してくれよぉ…」


「ほぉほぉほぉ。無様ですね」


 暗闇から現れたのは、何時ぞやのぬらりひょんであった。一人になった昭仁あきひとを狙ってやってきたのだろうか?

 

「あぁぁぁ…」


 昭仁あきひとは、ぬらりひょんに気付くことはなかった。周りなど見えていない。そこにはもういない、和真かずま佳純かすみの幻覚だけが見えていた。


「では、アナタの血と肉は私がいただきましょう。アナタの流れるその血は、我々と同じモノなのですよ」


 ぬらりひょんは、刀抜いて昭仁あきひとの左腕を斬り落とした。昭仁あきひとの斬り落とされた腕からは、大量の血が流れ出てくる。痛みによって、昭仁あきひとは一瞬だけ意識を取り戻した。


「あぁぁ…ぁぁぁああああ」


 痛がり転げ回る昭仁あきひとを横目で見ながら、ぬらりひょんは斬り落とした左腕から滴り落ちる血を舐め取り、人肉を頬張るように食べ始めた。


「これで、私の力も覚醒するのです! 怪異師共に恨みを晴らし、邪妖怪へとなり名を轟かせるのです! ヒョヒョヒョヒョ!!」


 ぬらりひょんは叫んだ。

 一端のあやかしではなく、恐れ慄かれるあやかしを夢見て、怪異師たちに恐怖と絶望を味合わせる最凶のあやかしになること。


「力を手に入れた際には、真の妖怪総大将として百鬼夜行を実現させてみせましょう!」


 妖怪の総大将を夢見るぬらりひょんの身体に異変が起きる。


「おぉ! これが真の呪いの力! 感じますよ。身体の内側から感じる…ってあれ?」


 ボタボタ——。

 ぬらりひょんの身体は、徐々に溶け始め、肉片が地面に落ちる。

 

「なんだ…身体が熱い…。溶ける…私の身体が溶けとる…」


 慌てふためいたぬらりひょんは、昭仁あきひとが立っているのに気付いていなかった。その身から流れ溢れ出るものは、ぬらりひょんの数百倍もの妖気であった。


「小物め。余の力を奪い取れるとでも思っておったのか? 舐められたものよ。この血は一族しか適応せぬ。貧弱な其方そちの身体では当然の結果よ。返して貰うぞ、余の力を!」


 昭仁あきひとの姿をしているが、声も性格も全くの別物。崩れゆくぬらりひょんを体を喰らい付くように食べ始めた。そして切り落とされた左腕を呪力で修復した。


「しかし、世も喧騒な時代になったものよ。この地が京の都などとは到底思えぬ。それに何の力も持たぬゴミどもが蛆虫のように湧いておる。余を陥れた怪異師や皇族どもは必ず根絶やしにしてくれる。じゃが、この男に怨み辛みの感情が足りておらん。余の復活のためにも、強い感情を持って貰わねばな。ぬっ? 意識を取り戻しよる。再びその時を待つとしよう」


 昭仁あきひとの中に宿る崇徳上皇が再び眠りに着くと昭仁あきひとの意識が戻る。

 

和真かずま佳純かすみ…どこだ。どこに行ったんだよ? 返事してくれよ」


 そして再び、昭仁あきひとはヨロヨロと歩き始めて、闇の中へと姿を消した。

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