第15話 地獄

 昭仁あきひとたちの前に現れたのは、八尺瓊勾玉やさかにのまがたまに封印されていたはずの大嶽丸おおたけまるであった。

 先日、ここ京都の平安神宮に保管と監視されるために運ばれたばかりであった。


「何なんだよ…この鬼は⁉︎」

(それに少し息苦しいさがある。そのせいなのかはわからないが鼓動が早くなってきた)


 昭仁あきひとはまだ鬼の正体が大嶽丸おおたけまるであることに気付いていなかった。隣にいる和真かずま佳純かすみを見ると2人にもこの鬼が見えているようだ。


「おい、まさかこの鬼が見えてるのか?」


「その…まさかだよ。昭仁あきひと、これは何なんだよ!」


 まさかとは思いたくないが、昭仁あきひとの脳内にはこの鬼の正体が大嶽丸おおたけまるなのではないかと推測出来ていた。


大嶽丸おおたけまる…なのか?」


「我の名を知るか。それに貴様は我々と同じ臭いがする。何者だ?」

 

(はぁ? 俺と同じ臭いだと? どういうことだ? いやそれよりだ。逃げないとダメだ。でも春昌はるあきさんは東京に行ってる。誰がこのバケモノを…)


 頭の中で大量の情報と思考が駆け巡る。後ろにいる、佳純かすみは恐怖のあまり何も口にせず、ただそこに立ち尽くしていた。昭仁あきひとは大きな声をあげた。


和真かずま! 佳純かすみ! 逃げるぞ!」


 昭仁あきひとの大きな声で和真かずま佳純かすみはハッと我をを取り戻して走り出したが、力が思うように入らず上手く走れない。

 怪異師としての力は確かにあるが、こんな化物と戦って勝てるわけがない。死ぬに決まっている。昭仁あきひとは逃げるように走りだした。和真かずま佳純かすみを守ることなど頭になかった。


「キャァ!」


 震える脚を無理に動かしたところで、走れるわけもなく佳純かすみは転んだ。昭仁あきひと和真かずまは転んだ佳純かすみに目を向けた。後ろから大嶽丸おおたけまるが近づいてくるのが見えていた。だが昭仁あきひとは、恐怖の余りに佳純かすみの元に駆け寄れなかった。

 

佳純かすみ!」


 昭仁あきひとより先に動いたのが和真かずまだった。


「おい! 和真かずま、危険だ!」


佳純かすみは俺が守る! 佳純かすみは俺の大切の人なんだ!」


 怪異師でもない和真かずまの行動は死を選んだも同然だ。それでも昭仁あきひとの脚が動くことはなかった。


佳純かすみ! 大丈夫か? 俺の手に捕まって走れ!」


「ありがとう、和真かずま!」


 佳純かずまがギュッと和真かずまの手を握ったとき、大嶽丸おおたけまるの妖気が和真かずまを喰らおうとしているのが昭仁あきひとに見えていた。


和真かずま! 避けろ!」


 だがその声が和真かずまの耳に届く前に、禍々しい妖気が和真かずまを喰らい始めた。


「な…なんだこれは?」


 和真かずまは危機を感じて、握っていた佳純かすみの手を離して『走れ!』の一言を残して妖気に喰われてしまった。


 和真かずまの悲痛の叫びだけが聞こえる。走って逃げろと言われたはずの、佳純かすみはその場に座り込み、目からは大量の涙を流していた。


和真かずま! 和真かずま! どうして…何がどうなってるの⁉︎」


 和真かずまの悲痛の叫びが聞こえなくなると、妖気の中から現れたのは小鬼だった。小鬼を見て佳純かすみはポツリと一言を放った。


和真かずま…なの?」


 佳純かすみの声を聞いても小鬼は反応を見せることはなかった。

 

佳純かすみ! いいから逃げろ! 逃げるぞ! もうそいつは和真かずまじゃない!」


「そんなこと…ないわ…だって、ほら和真かずまの面影があるじゃない…」


 もう何を言っているのか、昭仁あきひとにはサッパリわからなかった。人間は窮地に立たされると、正しい区別も判断も出来なくなるのかと思い知った。


「それに…和真かずまを置いて逃げるなんて…出来ないわ。だって私は…和真かずまの彼女だもん」


 小鬼は誰を襲うことなく、何かに耐えるように、もがき苦しんでいた。和真かずまの自我がまだ残っているのか?

 結局、何もしない小鬼は大嶽丸おおたけまるに踏み潰されてしまった。

 小鬼の飛び散る血と肉が佳純かすみの顔と服を赤く染め上げる。


「あ…あ…和真かずま…あぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 顔に付着した血を指で拭い取り、佳純かすみは狂気した。佳純かすみは振り返って昭仁あきひとの顔を見つめた。

 その顔は死を選んだ表情をしていた。

 佳純かすみの元まで大嶽丸おおたけまるが近づいてくると、佳純かすみの腕を指で掴んで持ち上げた。抵抗することなく、涙を流し笑っていた佳純かすみの精神は既に崩壊していた。

 佳純かすみを口元まで運び、大きな口を開きしょくそうとした。


「では、この女はいただくとしよう」


和真かずま…今…私も行くからね」


 そして昭仁あきひとの目の前で佳純かすみ大嶽丸おおたけまるに食べられた。口に中からは一瞬だけ佳純かすみの声が聞こえた。その後は骨を砕く音と、人肉をすり潰す音が聞こえるだけだった。


(俺が見ているものは本当に現実なのか…。なら…どうしてこんなことに…?)


 道路に座り込みガタガタと震えながら、今目の前にしている光景が夢であってくれと、何度も自分の頬をつねってみたり、顔を殴ってみたりしても、痛みはあるし、血だって流れてくる。

 それを感じて初めて、現実を突きつけられていることを理解した。この時、涼月りょうきのとある言葉が脳裏に蘇る。

 『一般人とは深く関わりを持つな』

 この意味が、今起きていることを言ってるとしたら既に後悔はしている。親友を守ろうとせず、逃げ出した自分の行為が非人道的であったことを。

 動けなくなった昭仁あきひとのポケットからヒラリと一枚の御神籤おみくじが落ちた。清水寺で引いた凶の文字が書かれた御神籤おみくじだ。そして昭仁あきひとは、ある項目に目を奪われた。


【失物】…早くに来る。大切なもの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る