第11話 修行

 俺は毎日、一尉いちじょう家から学校に通い、学校が終わると直ぐに一尉いちじょう家に帰宅し、みやびさんが帰宅するまでの時間を涼月りょうきと過ごしていた。いや、しごかれていた。という方が正しいだろう。



——修行を始めてから一週間が経過した頃。


バキッ——‼︎

 涼月りょうきの容赦と遠慮ない拳が、頬に触れると昭仁あきひとは盛大に床へ倒れ込んだ。


「立て。時間はまだまだある」


「もうやめてくれー!」


 俺は今、人生で初めて無様な姿を見せながら許しをおうとしている。

 しごかれるなんてレベルではない。

 いつの時代のしごき方だ。これだと昭和時代の教育方法だ。

 とにかく、根性論。倒れそうになったら、『倒れるな!』の一点張り。倒れたら倒れたで、胸ぐら掴んで強制的に立たされる。

 あまりにも理不尽な指導方法だ。

 

(俺が死んでもいいのかよ! クソッ! 視界が霞んできやがった)

 

 バタッ——!

 昭仁あきひと朦朧もうろうのする意識の中で、綺麗な女の人を見た。


昭仁あきひと君! 昭仁あきひと君! ちょっと涼月りょうき、やり過ぎよ。まだ修行始めてから一週間なのに無茶させすぎよ」


(この声はみやびさんか…。そうだ! もっと言ってやってください。コイツの指導方法はイカれてるんです)


みやび姉さん。怪異師の人手不足は知ってるはずですよね。コイツに余裕なんかないんですよ。それに力をつけてない状態で同伴でもされたら荷物になるだけです」


(に、荷物だと⁉︎ ふざけるなよ! クソー! 今すぐにでもバックれたい!)


「それでもやりすぎよ。この後は私の訓練もあるんだから…」


(えー⁉︎ そっちの心配ですか? でもみやびさんの訓練は、無理しなくて済むからまだいい。それに優しいし、綺麗だし、まさか、俺に取られてる時間への腹いせで、無茶苦茶な指導してんじゃないだろな⁉︎)


みやび姉さんは甘いんだよ」


「……そう…ね」


(甘い? それにみやびさんまで…何、流されてんですか! 涼月りょうきはクールな顔した悪魔ですよ! コイツこそあやかしですよ!)

 

 そして俺の意識は途絶えた。 

 目を覚ました頃には、外は真っ暗になっていた。時刻は九時を指していた。ベッドの横では、みやびさんが心配そうに顔を見つめて座っていた。

 俺をボコボコにした当の本人は、腕を組んで壁にもたれかかっている。


「今日は霊術の訓練はお休みにしようか。昭仁あきひと君、ずっと頑張ってるし」


(あーやっぱりみやびさんは優しい。それに俺の努力を認めてくれている)


「フンッ! 甘い男だ。そんなことでは怪異師が務まるかよ。地獄を見るぞ」


 涼月りょうきは俺に辛辣な言葉を放って、部屋から出て行った。


「ごめんね。あれでも涼月りょうき昭仁あきひと君のこと心配してるの」


(あれで…? 心配…? 重度のツンデレなのか?)


みやびさんが謝る必要は無いですよ」


「ううん。涼月りょうきが謝らないから、私が代わりにね」


「なんかすいません。明日からまた宜しくお願いします」


「そうね。そう言えば聞きたいことがあったのよ」


「聞きたいこと?」


昭仁あきひと君はぬらりひょんの妖気に喰われてなかったわね。何ともなかったの?」


「妖気に喰われる? 何ですかそれ?」


「説明してなかったわね」


 あやかしの中には、妖気と呼ばれるものを発してるモノも存在する。妖気には様々な効力があり、戦意を削いだり、恐怖心を芽生えさせたりすることもある。また妖気に喰われるとあやかしになってしまうこともある。

 

「何とも無かったってことは、やっぱり変なんですか?」


「えっ? いやいやそんなことないわ。私も疑問に思っただけ」


 この時のみやびの顔はいつも違っていた。昭仁あきひとが崇徳一族である可能性のことは聞いていた。本人には言えないが、妖気の耐性があるのは崇徳一族の血のせいなのではないかと考えていた。


       ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎


 それから更に日は流れ———

 4月27日。

 

 昭仁あきひとは霊壁が少し作れるようになっていた。霊壁が少しと言っても短期間でここまで出来るのは、ある意味才能だ。これも崇徳一族の血によるものなのだろうか。


「あー明後日からゴールデンウィークか…。学校が休みってことは地獄の修行が長いんだよな…。休みにならないのかな?」


「はい、お疲れ様でした」


 誰もいないと思い漏らした余計な一言を、涼月りょうきみやびに聞かれていた。昭仁あきひとは咄嗟に笑って誤魔化そうとした。


「いいのよ。休みも欲しくなるものよ。そんな昭仁あきひと君には朗報ね。明日から十日間まで修行はお休みよ」


 みやびから驚く情報を聞いて、昭仁あきひとは目を輝かせた。


「ほ、本当ですか⁉︎」


「私も涼月りょうきと一緒に東京に行くの。私は父と母の代理なんだけどね」


涼月りょうきと一緒に東京? それに父と母の代理? デートじゃなさそうだな)


「お前も知ってるだろ。今月で平成は終わる。翔仁かけひと様は上皇となって、次は真子まこ様が天皇となる。俺たち怪異師はある意味一番近しい間柄。だが御会釈ごえしゃくだけどな」


御会釈ごえしゃくか。非公式に会うってやつか)


「ただし、不要な行動はするな。お前はいずれあやかしに狙われる可能性がある。ぬらりひょんのこともある。細心の注意を払うんだ」


 だが俺は、この忠告を深く聞き入れてなどいなかった。涼月りょうきが最初に言っていた、一般人と深く関わるなという忠告も含めてだ。

 本当の地獄を見るのは、ここからだった。

 それが定めだとすれば、俺は、俺の人生を、運命を、呪われたものだと思うのだから。

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