第3話 安倍家の男

「最悪だ…」


 机の上に顔を埋めて項垂うなだれていた。

 俺の四年間は孤独枠確定となった。急いで走ったが見事に遅刻したのだ。学生と言えど既に十八歳を迎えている時点で成人扱い。大人と見られている。社会人に近い立場からすれば、遅刻は評価を落とす。

 咄嗟の言い訳も嘘臭く、見苦しいものだった。

 

「あの冷たい視線は…確実に変人扱いされたよなぁ。はぁ…最悪だよ」


 昭仁あきひとは顔を上げて辺りをキョロキョロと見渡す。

 教室の右端にはまだ空席が一つだけあることに気付いた。昭仁あきひと以外にも遅刻者がいるようだ。


「唯一の望みはコイツと仲良くなるしかない。大学生活を孤独で乗り切りのは無謀、無知無策! 学習面では戦友は必須!」


 机の上で握り拳を作り希望を見つけた。


「いや入学式早々から来ないパターンもある。それに男である確信は俺にはない。万が一にも女だった場合は…」


 昭仁あきひとの脳内では、タイプの女性だったらという妄想を膨らませていた。

 同じ遅刻者という共通の話題が出来る。仲良くなれる材料は十分にある。


「待て待て、女性であってもタイプじゃない場合は…」


 昭仁あきひとの脳内は冷静になる。

 そうだった場合はもう覚悟を決めて、孤独四年間を貫くことを決めていた。


 ガラガラ…

 教室の扉が開く。


 昭仁あきひとは唾をゴクリと飲み込み、どんな奴が入って来るのかを期待した。

 この期待は可愛い女であってくれという願望が九割を占めていた。残りの一割は…男、もしくはまともなやつであってくれという願いだ。

 だがその期待も願望も全て打ち砕かれた。

 教室に現れたのは、鼻筋の通った色白のイケメンであった。服の上からでも体格の良さは伺える。

 

「安倍君…遅刻だぞ。初日から遅刻とは、いただけないぞ」


「すみません。登校中にあやかしが現れたので、祓ってました」


「何をワケのわからないこと言っているんだね? いいから席に着きなさい」


 クラスメイトはヒソヒソと話し始めた。イケメンなのにきっとヤバい奴だと思ったのだろう。この瞬間にある程度のグループに分かれたのは、一目瞭然だ。


(うわー。意味不明な言い訳して、完全に浮いちゃってるよ。普通に謝ればイケメンなのに、何してるんだよコイツ…。でもコイツ…あやかしって言葉を発していたな。今朝、助けてくれた人もそんなことを言ってたっけ? ん、あやかしって何なんだ?)


 疑問だけが昭仁あきひとの頭をグルグル駆け回る。


 十二時が過ぎ、学校は終了した。

 この後は十六時から履修登録の方法を先輩から教えてもらう。それと歓迎会も含まれている。だが、既にクラスで浮いてしまった俺にとっては孤独の時間が待っているだけだ。

 昭仁あきひとは大きな溜め息を吐いた。


「はぁー。憂鬱だよ、絶対参加だなんて…。まだ時間はあるし、ここに行ってみるか?」


 昭仁あきひとはポケットに手を入れて紙を取り出した。紙には住所が記載されていた。


『京都市上京区清明町000堀川通』


「ここから三十分ぐらいで行けそうだな」


 昭仁あきひとは指定された場所に向かった。その道中、昭仁あきひとは前を歩いてる青年が安倍だと気付いた。


(やはりコイツも俺と同じ孤独なんだな。しかし少し取っ付き難い雰囲気がある。話しかけるにもどうしたものか? 今日の天気についてか? いや、気軽に『お前も孤独なんだな?』って抱きつくか? ダメだ。その手の冗談が通じるようなキャラじゃないことは見てわかる。朝のことについて聞くか? しかし、聞いてどうする? 俺には全然わからないことじゃないか)


 俺は悶々としながら質問を考えていた。


「おい!」


「うおっ⁉︎」


 考え事に夢中になっていたせいか、安倍が目の前にいることに気付かなかった。

 というより安倍から話しかけて来たぞ。


「お前…俺のことを考えて何を企んでいる?」


「へっ? ど…ど…どうしてそれを? まさか…俺の心を読めるのか⁉︎」


「はぁ? お前の声が外に漏れているんだよ」


 昭仁あきひとは辺りをキョロキョロと見渡すと、通行人たちの視線が痛い。笑われている。

 昭仁あきひとは顔を真っ赤にして俯き顔を隠した。


「それで、俺に何の用だ?」


「いや、特に用事があるってわけじゃないんだけど…ずっと今日は一人でいたから、俺と一緒だなって」


「一人か…勘違いするな。俺は一人が好きなだけだ。お前とは違う。友達なんて作る気はない」


「はぁ? はぁー?」


 昭仁あきひとは大きな声を上げる。

 その瞬間、再び通行人たちの視線が昭仁あきひとに向けられた。


「うるさいやつだ。特に用事がないなら、俺の関わるな」


 安倍は颯爽と歩き出した。そのとき昭仁あきひとは身をもって感じた。

 

(無理だ。軽蔑された。終わった。あの手のタイプは戦友などいなくても、あらゆる壁を乗り切る秀才なんだ)


「仕方ない。孤独でやるしかない」


 安倍と親しくなることを諦め、昭仁あきひとは歩き始めた。歩いているうちに気付くことがあった。前には安倍がずっといる。

 何かの気配を感じたのか、ピタッと足を止めた。


「おい。どうして俺をつける? 用はないと言ったはずだぞ」


「別につけてないから! ここに用事があるんだよ」


 昭仁あきひとは紙を安倍に見せた。

 安倍は紙を見ると一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷静な表情を取り戻した。


「ついてこい」


 安倍の言われるがままに昭仁あきひとは後をついて行った。そして指定された場所に到着する。そこは決して大きくはない神社であった。

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