第一章【一部 怪異師への道】

第2話 怪異出現

 ここは京都府京都市上京区。

 日本の中でも世界遺産登録数は群を抜いている歴史あり古風ありの素晴らしい街である。

 そして季節は春——


(桜と世界遺産との相性は抜群だ。誰もが見惚れるほどの美しい風景である。これこそが真の日本の情景。ずっと見ていたい…と思いたいが…)

 

 「はぁ…はぁ…はぁ…。何なんだよ! あれは!」


(俺は今、夢を見ているのか? 小鬼か? あれは小鬼なのか? だが何故、俺を追いかけてくる? 追いかけられる理由がわからない)


「クソッ、こっちに来る! 誰か助けてくれー!」


 荒々しい息づかいをしながら、血相を変えて全力疾走で逃げ回っているのは、【藤原ふじわら昭仁あきひと】という上洛じょうらく大学に通う、どこにでもいるである。

 通行人の誰もが、昭仁あきひとの奇怪な行動を不思議そうに見ていた。


「どうして、俺を襲ってくる。本当に鬼なのか? でもどうして誰も見えてないんだよ!」


 東京から京都に引っ越してから早々に事件に巻き込まれていた。

 小鬼との出会いは、平安神宮前を通りかかってからだ。突如と前に現れ、襲いかかってきたのだ。


「ここなら見つからないだろ!」


 昭仁あきひとは細い路地に入り、小鬼から姿を眩ませた。

 全力疾走したあとは身体に酸素をとにかく取り込む必要がある。自然と呼吸が荒くなってしまうのは、生理現象のようなものだ。

 だが今はそんな事をしている場合ではない。声も息も漏らすことは出来ない。そうなると酸素供給は間に合わない。別の意味で死を感じてしまう。


(窒息死する!)


 それでも昭仁あきひとは我慢し、小鬼が通り過ぎるのを待った。

 しばらくして何も追って来ないことを確信して、深呼吸をして心を落ち着かせた。


「一体…今のは何なんだ? 本当に小鬼…なのか? 待て待て…妖怪や幽霊は伝承だけの存在で実在するはずがない! 今のは幻覚だ」


(とにかくこんなところでずっと隠れるわけにはいかない。忘れよう。今日は入学式だ。初日早々から遅刻などは許されない! 遅刻したときの教室に入る前の緊張感、入った後の皆の視線は耐えれない。それに遅刻した理由を話してみろ。誰が信じるんだ。余計地獄を見る羽目になる。そうなれば、変人扱いされこの四年間は孤独の日々は確定だ! 今は急ぐ必要がある。何としても変人扱いを阻止せねば!)


 昭仁あきひとは膝に手をついて腰をグッと起こして立ち上がった。 

 目を瞑り、もう一度深呼吸をして冷静さを取り戻す。

 

 そしてゆっくりと目を開けた先には…

 さっきの小鬼が口を開けて歓迎しているではないか⁉︎

 

 昭仁あきひとはその瞬間、頭が真っ白になった。

 人は恐怖を目の前にすると言葉が喉に詰まる。ハッキリ声を上げることは出来ない。小さく漏れ出るだけで助けを呼ぶことはできない。


(走って逃げるか?)


 いやそんなことを考える余裕がある時点で走ることはできない。本能が逃げろと訴えていれば、身体が勝手に動いてくれているはずだからだ。


(やっぱり現実なのか⁉︎ 鬼に喰われて死ぬなんて今のご時世あり得るのかよ!)


 小鬼は昭仁あきひとに襲いかかってくる。昭仁あきひとは目を瞑って死を受け入れるしか出来なかった。

 もう襲われていい頃合いだが、身体に痛みはない。ゆっくりと片目を開けるとそこには、黒い服を着た誰かが立っていた。


「大丈夫かい、君? 遅くなってすまないね。すぐに終わらせるから」


 そう言ってその男は小鬼を妖祓ようふつした。


「怪我はしてないかい?」


 見知らぬ男が手を差し伸べてきた。

 昭仁あきひとはその手を掴んで立ちあがろうとした時、男は目をガッと見開いて昭仁あきひとの手を払った。


「へっ?」


「あーいやごめんね。ちょっと静電気みたいなものに驚いただけだよ」


 そして昭仁あきひとを手をしっかり握って起こしてあげた。


「あ、ありがとう…ございます。助かりました。それであのー…今のは…?」


「あー今のかい。これはあやかしと呼ばれる、害のある妖怪や幽霊のことだよ」


「妖怪…幽霊…? どういう事ですか?」


「それについて…話したい気持ちはあるけど、君…学校に遅刻するんじゃないの?」


 そう言われて携帯電話で時刻を確認する。携帯電話の画面に映る時刻は八時五十三分。式が開始されるのは九時三十分からだ。


(ま、まずい! 教室に集合するのは九時。知りたい案件だが、変人扱いと四年間の孤独の日々は耐えられん!)


「すいません! 急ぐんで失礼します」


「あー待って、待って。学校が終わってからここに来れば、説明してあげるから」


 昭仁あきひとは紙を受け取って、急ぎ学校への向かっていった。

 この時、男は昭仁あきひとに興味を持っていた。それは長年探し求めていた人物であるからだ。男はニッと笑ってその場を去った。

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