第6話 ジョンの本名

シンカワン市という場所にたどり着き上陸を開始した。

ここからは警備が厳しいので沿岸地帯には進めない。検問の設けられている海側の道は通れないため、川を遡り山へ向かう。1人しかいないのだから落ち武者狩りよろしく殺されればここで終わりだ。


「ジャワの連中は通すな!」などと叫び声が聞こえるが知ったこっちゃない。親オランダ派がいたことぐらい未来人の俺は知っているさ。

川に飛び込んで矢をかわし山へ向かった。


「フッ、こいつともお別れか。」

長い付き合いだったが、船も米兵である証拠も幅の狭くなった川に捨てた。

ここを越えれば白人王が君臨する王国、英領サラワクが待っている。

国境には何もなく現地住民の掘っ立て小屋があるだけだった。


山を越えて1日でようやく人間の姿が見えたが、パトロール中のイギリス植民軍の兵士だった。

「おい!止まれ。」

「身分証を見せてもらうか。」


「“Jean Forgeron”…。ケッ、カエル野郎か。」

「サッサと通れ。」


かつて七年戦争でケベックはイギリスに占領され、その後もカナダ政府による抑圧に耐えかねてニューオーリンズへ亡命した。ケベック独立を確約した合衆国につき参戦したのはごく自然なことだった。こっちの世界のジョン・スミスは通称のようなもので、そこに噓は無かった。

最近高校生の自分と軍人ジョンの記憶が次第に混ざってきて、彼の過去を知ることになったが急がなければ先が無いな…。

奴らに殴り掛かりそうになったが必死に抑えた。



次の日にはサラワクの州都、クチン市に到着。

ここで日本に帰ることに決めた。

最後までヨーロッパを選択肢から外せずにいたが、元々いた国の日本を探してからでも問題ないだろう。俺はこの世界に飲み込まれる前に脱出しなければいけないんだ。賭けに出るしかない。


本当は戦場のフィリピンを避けてベトナム経由で向かうのが安全だが、時間が無いのでやむを得ない。できる限り最短ルートで台湾へ向かう。既に英軍がフィリピンのパラワン島まで確保しているのでそこへ上陸すれば良いだろう。


軍事作戦である我が軍の潜伏計画の一環として、ボルネオ島最北端のサバ州で英軍へ潜入するというものがあった。まずはそこを突破口にするしかなさそうだ。


ボルネオ島の北端、バンジ島という場所で英軍が消耗した状態で駐屯していた。

死体の山が築かれておりそこに我が軍による仕掛けがあった。

死んだはずの兵士に成りすますというものである。

かつてのイギリス情報機関がやった手口だが、まあこの状態ならば問題ないだろう。


しばらくして、どうやら“上官”が近づいてきたようだ。

「君、所属は?」

「海兵隊所属、ジョン・スミス二等兵であります。」と答える。

「無事なら結構。」と言いこう続ける。


「次の攻勢はミンドロ島を予定している。そこを攻略すれば首都マニラは間近だ。日本より先に攻略しておかねばならないだろう?」


セブ島など東に未攻略の島が多く残っているのにさらに北へ進んでは突出部を我が軍に攻略されて大損害を被るだけだろうに、この”上官”は何もわかっちゃいないなと内心で笑うしかなかった。ただこの程度なら希望が持てるかもしれないと淡い期待を抱く。そしてその夜、「ジョン上等兵」としては久しぶりに軍本部と連絡を取るのであった。

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