第5話 病原菌
逃れたまま、タンゲラン市で朝を迎ることになった。ここジャワ島でインドネシア民族主義武装組織が一斉蜂起したので殺されかねない大都市を逃れて皮肉にも正解だった。
親独寄りの中立でいたオランダだが、裏に連合国がいるとなればいつ我が同盟国になるかは分からない。参戦の確約など、独ソ戦を知っている異世界人の俺からすれば破るためにあるようなものさ。
さて、オランダ人憲兵は苛立ちを隠さずジャワ人を弾圧しているようで、これでは史実のインドネシア独立戦争が勃発し、移動の規制とイギリス植民地への渡航禁止が早まってしまうだろう。そう気づくと俺は踵を返して来た道を戻り始めた。
そして主に船で東へ向かいジャワ島の北岸を移動していたのだが、ある光景が目に入った。
オランダ植民地軍の兵士が軍病院へ次々と運ばれていくのである。
始めは民族主義派の弾圧で被害が大きかったのだろうと思っていたのだが、
「ああ、そういえば東海岸の大隊で寒いせいか体調不良の兵士が多くなっているそうだ。」と上官が言っていたのを思い出した。
Spanish Flu,後の人々によりスペイン風邪とよばれる感染病である。
史実ではアメリカ陸軍の兵士が感染したのを皮切りに、ヨーロッパに出兵したアメリカ軍の兵士によりヨーロッパ中へ、そして世界中へ広まり多くの死者を出した。
中立国だったスペインが初めてこれを報じたことから世界に知られるようになったが、この世界では我が軍はヨーロッパはおろか日本へも出兵していないはずだ。
思い当たる節は北から日本、南からイギリスが侵攻してきたのに伴う我が軍のフィリピン攻防戦だが、近接戦は存在しなかった。
成程、この世界では感染力がより強いんだろうか?
それにしてもこの感染症のせいで史実では第一次世界大戦が終結したと言われるほどなので急がねばなるまい。一生この世界に閉じ込められたままになるかもしれないからな。
2日かけてジャワ島中部のスマランという都市に到着した。
ここからジャワ海を横断し、英蘭当局の監視が緩いボルネオ島経由でイギリス海軍の一大拠点へ向かっていく。
この時代はまだ熱帯雨林の中を横断する道路網は存在せず、船に頼るしかない。沿岸地帯の港を寄港しながら少しずつ前進する。マゼランのように殺されたらかなわんからな。
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