第391話 作者も主人公も忘れてた設定(※17話参照)
適材適所。餅は餅屋。ケモノ系のことならば、そっちの趣味を持っている人に訊けばいい。
そんなわけで俺は久々に“例のサークル”と連絡を取ることにした。ショコラ名義で接触できる動物に詳しいクリエイターと言えば彼らしかいない。
『お久しぶりです。お伺いしたいことがあるのですが、お時間はよろしいでしょうか?』
ショコラがメッセージを送ってしばらく待つと返信が来た。
『ええ。もちろんいいですよ。もしかして、セサミの新モデルのことですか?』
鋭い。なんだこの嗅覚は。動物的な、野性の勘が働いたとでも言うのか。流石動物と色んな意味で戯れている大人は違う。
『はい。正にその通りです。ご存知頂けたようで幸いです』
『配信を見ていますからね。このタイミングでメッセージが来るということはそういうことだと思ったわけ次第です』
俺はこのサークルの仕事の依頼を断ったのにも関わらずに配信を見てくれているのは本当にありがたい。こうして相談に乗ってくれるのも本当にこのサークルの人が良い人なんだろうってことが伝わってくる。
『それで相談したいことと言うのは、やはりSNSで情報を集めてみるとセサミを立たせることに対して否定的な意見が多いように思います。そのことについての意見をお伺いできればと思います』
『そうですね。まず、セサミを擬人化するのは、今までの犬のセサミを推していた人たちに対する背信行為です。特にセサミは我々と同じ業界に属する人たちの支持が熱いです。今までのイメージの積み重ねが逆に足枷になっている感じですね』
なるほど。セサミを擬人化するんだったら、そうしたファン層が形成される前にさっさとやっておくべきだったと言うことか。つまり、今更擬人化したら怒られそうだ。
『続いて、もう一つ懸念されているのはマッチョ化ですね。可愛らしいモンスターが進化するとゴリゴリのマッチョになってイメージと違うってことは、往々にしてあることです。ケモノ好きと一言で言っても、可愛らしいケモノが好きな層もいれば、ガタイが良い方が好きな人もいます。セサミを支持しているのは前者です。特にセサミは女の子なので、メスのケモノ系キャラのマッチョ化は更に層が狭まると思います』
なるほど……確かに推していた女の子がマッチョになったらと思うと嫌がる気持ちもわからないでもない……ん? ちょっと待てよ。
『セサミって女の子だったんですか?』
『なに言っているんですか? セサミの名前が決定した時に自分で女の子ですって言ったじゃないですか』
全く身に覚えがない。多分、その場のノリで言った発言だろう。そのことをすっかり忘れていたので、つい最近までセサミは性別不明の犬だと思ってた。
ってことは、ショコラが何気なく発言した女の子発言を真に受けたファンがいて、そのファン層がマッチョ化を嫌っているってことか。我ながら、どうしてセサミをメスにしたのか思い出せない。思い出せないってことは、きっと大した理由ではないのか、ロクでもない理由のどっちかだろう。
過去の自分の発言のせいで、創作の幅が狭まったと考えると中々にやらかしたなと思う。マッチョ化の選択肢は消えたか。
『そうしたそれぞれの意見を統合した結果、流行ったのが#セサミ立つなというネタですね。やはり、ここはセサミを立たせない方向に進化させた方が無難かと思います』
やはり、その道のプロからしてもセサミは立たせるべきではない。そう結論づけている。どうする。ここで、ショコラがセサミを立たせようとしていることを暴露するか? ここでそのカードを切れば、親切なこの人は立たせる方向で良いアイディアをくれると思う。
しかし、それでは1人のファンの楽しみを奪うことに通じてしまう。言ってしまえば、この人は部外者だ。同じ箱の仲間でもなければ、ビジネス関係もない。完全にセサミの新モデルを楽しみにしてくれているリスナーの1人なのだ。
彼に意見を求めるということは、その意見を採用した時、彼はセサミの姿を知ってしまうことになる。言わばネタバレだ。特に今回は進化のギミックが重要になってくる。
ダメだ。俺にはできない。セサミがどういった形で進化を遂げるのか。それは公開するまで誰にも悟らせてはいけない。だから……俺1人でこの問題に決着をつけるしかない!
『わかりました。立つなと言われた理由がわかってスッキリしました。お陰で良いアイディアが浮かびそうです。相談に乗ってくれてありがとうございました』
『いえいえ。またなにかあればいつでも連絡をどうぞ』
良いアイディアか。ハッタリかましてみたけれど、全く思い浮かばない。何かあるのか? セサミを立たせた上で、セサミ立つなと言っている人を納得させる。そんな奇跡のアイディアが。
一先ずはまたSNSで情報収集だ。今はとにかく、アイディアのとっかかりになる情報が欲しい。何気ない情報から奇跡のアイディアが生まれるかもしれない。
そう思って再びセサミの話題を集めてみた。やはり、多くの声はセサミが立つことを望んでない。立つなと言われれば言われるほどに立たせたくなってしまう。その逆張り精神がいけないのかと思ってしまう。けれど、俺は自分の気持ちに素直になりたい。セサミを立たせてやりたいんだ!
しかし、それにしても……最初はセサミ立つな派がほぼほぼ一強状態だったけれど、時間が経つにつれて擬人化も有り派がでてきたな。まあ、当然と言えば当然か。ショコラの配信を見ているのは、なにもセサミを目当てに見ている層だけではない。きちんとしたショコラみたいなセクシーな美少女系キャラが好きな層もいる。
特に最近の界隈ではセサミがメスであることが拡散されていて、それを知った新規のファンが擬人化を求めている。という流れが出ている。
うーん、これはまずいぞ。だって、擬人化を望む層とそうでない層が対立して混ざっている。本来、違う界隈にいる人種が集まっているのがショコラの配信だ。なんか変な形で融合しているんだよなあ。どっちかを満足させればどっちが不満を持つ。正に二兎を追う者は一兎も得ずと言ったところか。
融合かー……融合ねえ。融合するのはいいけど、このままだと……あっ! そうか! その手があったか! 思いついたぞ。二兎を手に入れる方法が。
セサミは立つ。確実に。それでいて、ほとんどの人が納得してくれるかもしれない奇跡のアイディア!
いや、待てよ……もしかして、アレが使えるんじゃないのか? うん、行ける。新モデルが完成した後もそれをアピールする動画も作れる。なんか色々と出来すぎて怖くなってきた。
とりあえず、今のところのアイディアを一旦まとめておこう。新モデルの制作には時間がかかる。その間にアイディアがすっぽり抜けて忘れてしまうことだってあるからな。とにかく思いついたアイディアはメモして残しておく。これは重要なことだ。
こうして、俺は思いついたアイディアを基軸にセサミの新モデルの制作にとりかかった。アイディアを思いついたはいいが、やはり最も時間がかかるのは制作する時間だ。いくら頭の中でセサミの新モデルの造型が浮かんでいたところでそれを形にしなければ意味がない。
完成したセサミの新モデルを俺は眺めた。うーん……アイディアを思いついた当初はこれはいける! って確信していたのに、いざモデルが完成して見てみると本当にこれでリスナー全員が満足してくれるのか不安になってきたな。
でも、完成してしまった以上はやるしかない。ここまで来てこのモデルはお蔵入りですってなったら、それはそれで精神が削られる。腹を括ろう。行くぞセサミ。お前の新しい姿を見せつけてやろうぜ!
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