第390話 #セサミ立つな

 現在はショコラの雑談配信をしている最中だ。Vtuberを始める前は雑談配信なんて当然のごとくやったことがない。しかし、いざやってみるとリスナーを楽しませる会話内容を展開するのは中々に大変なことに気づかされる。特に1人で雑談していると会話内容のデッキを自分1人で構築しなければならない。話し相手がいないのに延々と話を続けるのも大変なことである。そんな、会話デッキの枚数も尽きてきた頃にドローした1枚……


「そろそろ、ショコラの別モデルを作りたいって思ってるんですよね」


 新モデル。資金力があるタイプの企業勢Vtuberがテコ入れでやるもの。個人勢には中々に縁がないことではあるが、ショコラみたいに自分でモデルを作っているタイプだと制作費を抑えることができる。まあ、その分、労力と言う名の莫大な代償コストを支払うわけではある。


『セサミの新モデルはありますか?』

『ショコラモデルは別衣装があってもセサミがないのはなんで?』

『ショコラちゃんの新モデルは楽しみです。でも、セサミはもっと楽しみです』


 示し合わせたかのような熱いセサミ推し。最早、誰かがショコラブ民をこっそり訓練しているんじゃないかと疑う程の団結力である。しかし、ここでめげてはいけない。この空気に飲まれてセサミの新モデルを作るなんて流れにでもなったりしたら、またショコラの売上増から遠のいてしまう。


「なんですか。なんでみんなそんなセサミが好きなんですか! もっとショコラのガワを推して下さいよ! じゃないと終いにはいじけますよ!」


『いじけてもいいからセサミはよ! バンバン』


「そんなに畜生が好きなら、動物のガワを使ってるVtuberの配信見ればいいじゃないですか。Vtuberはパイの食い合いをして飢餓状態になっている程にいるんですから、探せばいますよね?」


 俺はそんなことを軽いつもりで発言した。しかし、すぐにその発言がとんでもなく重いものだと思い知らされてしまった。


『実は推していた獣系Vtuberがガワを一新して擬人化しやがった。俺は泣いた。5時間くらい泣いた。でも、またいつか獣の姿での配信をしてくれると信じていた。信じて8ヶ月。俺は裏切られたままだった。俺の指はチャンネル登録解除ボタンを押していた。もう2度とチャンネル登録ボタンを押すことはないだろう。俺はもうこの指で誰かのチャンネル登録を解除したくない』


 ええ……とんでもなく重い長文が来てしまった。Vtuberの新モデルは大抵盛り上がるけれど、前のモデルの方が良かったという意見も中には見受けられる。けれど、大多数が新モデルを支持しているんだったら、中々旧モデルには戻れないのはわかる。折角、作った新モデルが不評だったら……俺なら泣く。


「なんか壮絶な過去があったんですね」


『正直、セサミを推せる理由はショコラちゃんのお陰でもある。獣単独だと安易に擬人化に走るパターンがあるけど、美少女客寄せパンダがいればそのリスクは減らせる』


「誰が客寄せパンダですか! もう、わかりました。セサミの新モデルを作ればいいんでしょ。作れば」


 というわけで、言質を取られてしまったショコラはセサミの新モデルを作ることとなった。その部分の発言が切り取られて、それがSNSや動画サイトのトレンドに上がるという大事になったことを知ったのは配信の翌日のことだった。


「ええ……なんだよこの #セサミ立つな って」


 SNSで付けられているこのハッシュタグ。それがトレンドとして浮上している。誰が何の目的で付けたのかわからないタグ。俺はタグ検索をしてこの情報の出所を調べることにした。


『セサミの新モデルって擬人化したりしないよね? #セサミ立つな』

『安易に擬人化しなくてもマッチョ化するかもしれない。ショコラちゃんは乙女ゲームの主人公をマッチョにした前科があるし #セサミ立つな』

『割とマッチョ化がないとは言い切れないのが怖い #セサミ立つな』

『擬人化するのは構わないけど、それで今までセサミに見向きもしなかった層が手の平クルーして押し寄せるのは嫌だな #セサミ立つな』

『頼む。四足歩行の正統進化をしてくれ #セサミ立つな』

『自分は擬人化セサミあり派だけど、このタグなんなん? #セサミ立つな』

『立っているセサミのコラ画像を作りました #セサミ立つな』


 コラ画像とやらを開いてみると、ムキムキマッチョな獣系のキャラクターの頭部をセサミの頭に変えている無駄に完成度の高い画像が出てきた。正直笑った。


 しかし、ここまでセサミ立つなって言われたら、立たせたくなる。そう、俺は逆張りがしたいお年頃なのだ。順張りも確かに重要なことだ。しかし、クリエイターは時には黒い羊にならなければならない時がある。今がその時だ!


 とはいえ、安易に立たせる方向性で良いのだろうか。クリエイターの逆張り精神は確かにクリティカルヒットをすることがある。しかし、外した時の代償はとてつもない。それはもう界隈が荒れる。笑えない方の炎上が巻き起こる可能性が高い。


 ここは1つ頭を働かせよう。俺が目標としていることを整理すると2つの条件を満たせば良いことになる。1つ目は、セサミを立たせること。2つ目は、それで顧客を満足させること。それさえ満たせればどんな手段を用いても構わない。


 とはいえ、闇雲に何でもありにしてしまうと、悪手を打ってしまうことがある。最初にやるべきことは、悪手の洗い出しだ。それこそ、情報を集めれば分析できる。


 悪手の1つ目は安易な擬人化だ。セサミを推している層は、なぜか擬人化に嫌な思い出を持っている人が多い。確かに動物の擬人化は人気キャラの造型に欠かせないテクニックの1つだ。タグ検索でも、擬人化は有りな人はいた。だから、擬人化をすれば新規の顧客を取り込めると予想される。つまり、一件これは良い手段に見える。しかし、既存の顧客を切り捨ててまでやるべきことかと言われたらそうではない。


 そして、2つ目はマッチョ化? マッチョ化ってダメなのか? その理屈がよくわからない。俺もケモノの愛好家、通称ケモナーの趣味嗜好を興味本位で調べたことがある。そこには、二足歩行でマッチョなケモノの画像があって、それが一定の人気を得ていた。


 しかし、今回のセサミではそれがダメだと言われている。なんだろう。このモヤモヤ感は。マッチョをNGにするのは簡単だ。しかし、それは理由を知らずにやって良いことではない。何事も物事には理由がある。その理由の確認を怠るとクリエイターに限らず、人間の成長には繋がらない。知識だけを詰め込むのではなく、理由まで考えられるようにならないと勉強の意味がないのだ。


 ただ、残念なことに俺がいくら頭を捻っても答えは出ない。セサミのマッチョ化がNGな理由。その答えを知っている人に訊いた方が早そうだ。


 その答えを知っている人物で真っ先に思いついたのは、稲成さんだ。ケモノ系のクリエイターである彼ならばこの疑問の答えを知っているはず。いや、それどころかセサミを立たせつつ、顧客を満足させる解答も持っていると思われる。だけど、困ったことがある。稲成さんは、なぜかショコラをライバル視というか敵視をしている。全く創作の方向性が被ってないのに不思議なこともあるもんだ。


 ショコラではなく、俺。賀藤 琥珀の方ならば敵視はされていない。むしろ、色々と役立つ情報を教えてもらったこともあった。けれど、今回はその手が使えないだろうなあ。セサミの創作に関することだから、どうしてもショコラの影がチラつく。最悪、稲成さんに俺がショコラであることを感づかれるかもしれない。


 色々なリスクを考えた時に稲成さんを頼るのはダメだなあ。別の方法を探すか。

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