第378話 アレに頭を下げたくない
ショコラが作った箱“ダークネスイーツ”。裏方のスタッフはいない分、自分たちで考えて行動しなければならない。大変ではあるけれど、やりがいのようなものを感じている。
今日はダークネスイーツの定例会。通話アプリを繋いで、ナツハさんことモンブラン。カスタードとホイップこと暁さんとこれまでの成果と今後のことを語らう場である。
「それでは今回の定例会を始めます」
「「よろしくお願いします」」
ショコラの合図と共に定例会がスタートした。
「まずは、モンブラン様。お願いします」
「はい。オレのメインの配信はやはり、FPSの配信ですね。大きな跳ねはないですけど、地道にコツコツと伸びてはいます」
「ふむ……そうですね」
確かにモンブランのチャンネル登録者数、視聴回数・時間は緩やかではあるが右肩上がりである。
「やはり、伸びを重視するならFPSだけでなくて他のジャンルに手を出すべきなのでしょうかね」
「そうですね。モンブラン様の今の視聴者層はFPSを期待して見に来ている層です。FPSを期待して見ている人がほとんどなので、急に違うことをやったところで継続して見ない人も中にはいるでしょう。やるとしたら、メインのFPSの回数を減らすことなく、そのプラスアルファでまた別のなにかを企画するというのはどうでしょうか」
視聴者というものは案外ワガママなもので、チャンネル毎に期待しているものが別ということがある。例えば、普段からRPGの配信を見ている癖に、FPSの配信を主にしているチャンネルがRPGの動画を上げたところで見向きもしない現象がある。これはある意味仕方のないことだ。八百屋かと思って通っていた店が野菜を売らずに魚を売り始めたら、その魚を買うのかと言われたら……まあ、2度といかないだろう。そういう心理と同じだと考えれば納得はできる。
「なるほど。今の状況を継続しつつ、また何か少しずつ手を広げていこうかと思います」
「その調子でがんばってください」
モンブランの方はなんだかんだ言いつつも庭師の配信も人気があるし、まあまあ手広くやると思えばできる素養はあると思う。
「次はホイップさん。お願いします」
「はーい。私は、歌の動画をメインにしているんですけど、最近はちょっと伸び悩んでいますね。下がってはいないんですが、横ばいです」
「なるほど……確かに数値的には前回とあまり変わってませんね」
下がっていないのならば及第点と言いたいところではあるが、トップ層ですら常に右肩上がりであるこの業界。現状維持、停滞は衰退と同じである。自分たちよりも上の配信者も伸びていて差は開く一方で、かつ自分たちの下も伸びてきて追い抜かれる危険性もあるのだ。
「何か新しいテコ入れをしないとまずいですかね」
「そうですね。ホイップ様のメインは歌動画ですから、やはりそこを崩さずに人気を出したいところですね」
さっきと同じ理論で、ホイップの歌を聞きに来ているのに変なことを始められたら、視聴者離れに繋がる。歌動画の本数はモンブラン同様に減らせないだろう。
「テコ入れとして何かいいアイディアはありますかね?」
ホイップがショコラに助けを求めている。ここは箱のリーダーとして、なにかズバっとアドバイスをしたいところだ。ショコラとホイップのデュエットはこの前やったし、また同じことをするのは芸がないな。ということで何か別の画期的なアイディアをぶつけるしかない。
「えーと……そうですね。やはり、何事も先駆者が最も注目されて儲かるのが世の常です。例えば、ホイップ様が歌っている楽曲も1番注目されているのは、最初に曲を作って歌った人でしょう」
「確かにそうですね。カバーの方が有名になるケースもありますが、そこから原曲に行きつく人もいますから、やはり総合的に見たら原曲が1番強いですね」
適当にそれっぽいことを言ったら納得されてしまった。よし、このまま勢いで押し切ろう。
「だから、ホイップ様とカスタード様で何か新しい楽曲を作り、オリジナル曲を打ち出すんです。その曲を周囲のVtuberがカバーしてくれれば、オリジナルのホイップ様が自動的に有名になるという寸法です」
通るか……このアイディア……!
「おお、確かにそれなら歌の配信という形を崩すことなくテコ入れできますね。流石ショコラさん!」
可決! 勝ち申した。リーダーとしての面目は保たれましたわ。
「ふむ。オリジナル楽曲を作るとして……どこから手を付ければいいのでしょうか」
ホイップの呟きに俺は頭を回転させた。
「とりあえず、必要なのは作曲と作詞と編曲ですかね。作曲と作詞をどちらを先にするかという選択肢はありますが……最初にこれらができる人を探すのが良いのではないでしょうか」
「うーん……ショコラさんは何か心当たりありますか?」
「ないです」
きっぱりと嘘を言う。正直に言えば、心当たりしかない。けれど、頭に思い浮かぶのは奴の腹立たしい顔。アレに頭を下げるくらいなら、人脈を発揮してショコラSUGEEEにならない方がマシである。
「ホイップ様の人脈で心当たりはありますか?」
「いやー……別名義ならなんとか人脈はあるんですが、そっちの名義でホイップとカスタードやっていることは言ってないんですよね。自分から正体明かす気にもなれないので、そっちの人脈はあんまり……」
「そうですか。なら、新規で開拓するしかありませんね」
新しい課題が見つかったところで本日の定例会は終了した。ここから先どうするべきか。箱の運営としての腕の見せ所というか、師匠に相談してみるか? 師匠なら音楽系の人脈もあるし、アレ以外に作曲できる知り合いはいるかもしれない。
◇
業務連絡用のメーラーを開くとダアト(赤岩 照午)からメールが来ていた。
『里瀬 社長
お疲れ様です。ダアトです。
我が社の予算が限られている話を聞きました。
多分、私のせいですよね?
少しでも、資金繰りに協力できるように
活動の幅を広げるように尽力したいです。
やはり、私の特技と言えばゲームと音楽。
ゲームでは配信でしか稼ぐことができないので、
作曲でなんとか資金を得たいと思います。』
うーん……演者にまで予算がカツカツだってことを知られてしまったか。しかも、よりによって気を遣わせたくない相手である赤岩君にか。
まあ、でも協力してくれると言うのであればそれは素直に求めよう。経営者というのは案外無力なもので、従業員の協力なしでは成り立たないものである。折角、協力してくれるというのであれば、それに頼らないわけにはいかない。
かと言って、作曲のアテがあるわけではない。新規にVtuberの誰かに新曲を与えるなんて予算もないし、作曲の仕事を取ってくることもできないだろう。
こういう時は、やはり優秀な身内にも頼るしかないか。
「もしもし、操。元気か?」
「兄貴。まあ、元気だな」
「そうか。それは良かった。ところで、操。うちで雇っているVtuberに作曲をしたいって言っているのがいるんだ。何かそういう仕事のアテはあるか?」
「うーん。残念ながら、ウチのバンドには既にアホでバカで間抜けでクズでどうしようもないけど無駄に優秀な作曲家がいるからな。他の作曲家に頼んだら面倒なことになりそうだし、私からは仕事をあげられることはできない」
「そうか。やはり、厳しいか」
「力になれなくてすまなかった兄貴」
「いや、いい。元からダメで元々のつもりだったからな。忙しいところを邪魔したな。それじゃあ、また」
「あいよ。また」
ふう……さて、どうしたもんかね。都合よく作曲家が欲しいと思ってくれている人がどこかにいないものか。
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