第377話 ご愛読ありがとうございました
『社長に直談判してみよう』
そんな1通のメッセージから、この物語は始まった。実際に匠さんに直談判する日が来てしまったのだ。
ここに至るまでの経緯というものは複雑なようで意外と単純な話だ。八倉先輩、ズミさん、そして俺の3人。例のVtuberハッカソンで同じチームだったから、その連携を保つためにグループチャットを開設していたのだ。ハッカソンも終わり、そのチャットも役目を終えたかと思っていたが、なぜか動きがあった。
八倉『Vtuberを使って3DCGの映画作ったら面白そうじゃないかな?』
この人は何を言っているんだと一蹴したくなる気持ちを抑えて、一応は話を聞いてみることにした。
琥珀『どんな内容の映画なんですか?』
八倉『それはもうゾンビパニックもの一択! ゾンビパニックはいいぞ。キャラを途中退場させられるから、集客力とギャラが高い演者を早めにゾンビにガブガブさせることでコスパ最強になる』
琥珀『なるほど。同じ理屈でサメ映画も良さそうですね』
八倉『そこに気づくなんて、やはり賀藤君。キミは僕が見込んだ通りの男だ』
まあ、十中八九返ってくるであろうキャッチボールが返ってきたわけだ。そういう意味では八倉先輩は安心感がある。身内に会話のドッジボールしかできないのがいるから余計にそう思う。
八倉『キャスティングも考えてあって、それを実現させるためには里瀬社長の協力が必要不可欠なんだ』
また匠さんが頼られている。あの人、いつか過労でぶっ倒れるんじゃないんだろうか。社長というのも中々にブラックな労働環境だなと思う。
ズミ『協力を得るってどうすればいいんですかね?』
八倉『社長に直談判してみよう』
と言う訳で、八倉先輩に巻き込まれる形で一緒に頭数に入れられた俺とズミさん。確かに他人を説得するには人数が多い方が効果的だ。日本は民主主義の国であるから、多数派の意見は通りやすい。実に理に適っている。
八倉先輩が社長室の扉をノックして、いざ入る。
「失礼致します」
「八倉さん、ズミさん、琥珀君。話は聞かせてもらっています。本日は、企画を持ち込んでくれるそうで……」
「ええ。こちらの資料をご確認下さい」
八倉先輩が鞄から資料を取り出してそれを匠さんに見せる。匠さんはそれをパラパラと目に通して「ふむふむ」と言っている。この、ざっと目に通す感じがいかにも効率を重視している人間。つまり、忙しい社長って感じを醸し出していて強キャラのオーラが見える。
「まあ、確かに。ウチには演技に明るい演者が何人かいるからねえ。その演者を貸すということは出来なくもないかな。まあ、本人の意思次第ではあるけれど」
「本当ですか?」
匠さんのまさかの協力的な姿勢に八倉先輩の顔が明るくなった。これで八倉先輩の野望が叶う日が来るのかと思いきや、匠さんはなにやら渋い顔をしている。
「ただ、それ以上の技術班の提供はできないかな」
その一言に八倉先輩の表情が一気に沈んだ。わかりやすく肩を落としていかにも落ち込んでいる。
「まあ、なんというか。ウチも結構今期はギリギリのところを攻めていてね。セフィプロの3期生を発足するのにも予算を割いたし、今現在も新しいプロジェクトが進行中なんだ。そのプロジェクトを動かすためにも人員はそこにある程度割くし、通常の業務で確実に利益を出さないと会社が傾いてしまう」
おおよそ、高校生が実生活で聞くことがない会話が聞こえてくる。新しいプロジェクトって、あのVtuberハッカソンでやっていた楽器とVtuberの連動となにか関係あるのだろうかと邪推してしまう。
「一言で言えばこちらも会社を動かすための予算も人員が足りない。特に技術班は絶対に貸せない」
「そうなんですか。それは仕方ありませんね」
予算がない。その覆しようがない一言でこの物語は終わりを告げた。会社というのは常に利益を追求しなければならないもの。八倉先輩の映画も当たれば大きな利益が見込めるものの、外れたら利益が回収できずに終わってしまう。危険な橋は渡らないということか。
会社を後にした俺たちは、そのまま道を歩きながら今後のことについて話し合うことにした。
「八倉先輩。これからどうします? 映画は諦めるんですか?」
「うーん。社長なら乗ってくれると思ったのにね。他に協力してくれそうな伝手もないし、ここで終わりかな」
1本の映画を完成させるために、大勢の人間が動く。いくら八倉先輩が、あらゆる技術力が高い汎用性があるタイプのクリエイターだとしても、個人の力には限度がある。
「そういえば、八倉さんは就職してませんでしたっけ? その会社に相談してみるというのは……」
「うーん。真っ先に上司に相談したんですけど、『新人が何言ってるんだ』と取りつく島もない感じでしたね」
ズミさんの言ったことも八倉先輩はとっくの昔に実行してダメだったのか。まあ、普通に考えれば自社の人間に相談するのは真っ先にやることだからな。
「でも、八倉先輩。個人で映画を作って大丈夫なんですか? 副業禁止規定とかに引っかかりませんか? 特に同業の仕事だとそういうのにうるさいイメージがあるんですけど」
「そうだね。琥珀君の言う通り、同業他社に副業しに行くと守秘義務に引っかかる恐れがあることもあってか、会社側が禁止することは法律的には問題ないらしい。でも、上司に確認を取ってみたところ、ウチは映画に使われるCGを作る会社。だから、他社が制作する映画に関わるのが禁止されてはいる。けれど、自分が勝手に映画を作る分には問題ないらしい。もちろん、職務で知り得た非公開のアイディアや技術を盗用するのはいけないけどね」
「あー……そういう感じですか。その抜け道がある感じ……ウチの高校とそっくりですね。バイトは禁止だけど、個人で事業することは禁止されてないみたいな」
「その辺はやっぱり、会社側もできるだけ問題を起こしたくないんだよ。例えば、僕が他の会社の映画の制作に関わっていたとして、その会社の映画のアイディアと僕が勤めている会社のアイディアが偶然にも酷似していた場合、僕がアイディアを盗用したって疑いをかけられる可能性があるからね。自主制作なら、少なくとも弊社側がパクリの加害者になることはないし、僕も自主制作した映画は上に確認を通すことになっているから、弊社の機密が漏れる心配もないってことさ」
まあ、それだけ聞くと理屈的には禁止にする理由はないのかなと思ってしまう。一律で副業全部禁止というのに比べたら、かなり配慮されているというか、親切だなと感じる。
「まあ、とにかく。切り替えていくしかないか。僕がもっと実力を付けて、僕についてきてくれる人が増えれば、いずれは叶う夢だ。そう焦る必要はない」
なんだかんだ言いつつも八倉先輩のこういう夢に真っすぐで前向きなところは共感できるし、素敵な人だなと思う。
「賀藤君、魚住さん。折角付き合ってもらったのに、無駄足になってごめんなさい」
「いえ。八倉さん。こんな僕を頼ってくれて、それだけで嬉しかったです。もし、映画の制作が始まったら、僕も1枚噛ませてくれると嬉しいです」
「俺もその時にスケジュールに空きがあったら、いくらでも協力しますよ」
「2人共ありがとう。よし、落ち込んでなんかいられない。僕は今の僕にできることをするだけだ」
こうして、八倉先輩の夢は一旦は頓挫した。けれど、彼の闘志はまだ燃え尽きていない。俺たちはようやく登り始めたばかりだからな。この果てしなく遠い坂を。八倉先輩の夢が世界を救うと信じて――
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