第353話 ステータスの振り方間違ってますよ(´・ω・`)

「彼らは知り合いですか?」


 メガネの女性が秀明さんに尋ねる。秀明さんは「せやなー」と適当に返事をする。


「申し遅れました。わたくしは、Dアーティファクト株式会社の第二開発部の長曽祢ながそね 和泉いずみと申します」


 長曽祢さんは、俺たちに名刺をくれた。虎徹さんが「頂戴します」と言って見た目に反して丁寧に名刺を受け取ったので俺もそれに倣った。こういうのは葬式の焼香と同じで、前の人の真似をすれば、なんとなくマナーとしては成立するものである。


「虎徹何しに来たん? マッチョ断ちしている今ならウチを落とせると思ってナンパしに来たんか?」


「アホか。こっちの琥珀君がお前の真の実力がどうしても見たいって言うもんでな。だから……」


「ああ、それなら無理」


 あっさり断られてしまった。やっぱり、手の内は明かしてくれないか。


「ウチの真の実力マッチョパワーは今封印されている。今のウチに出せるのはまがい物の力だけ」


「いえ、その暑苦しいマッチョパワーはもう十分すぎるほどに堪能したので、まがい物の方をお願いします」


「キレッキレだなおい……」


 隣の虎徹さんがボソっと呟いた。


「まあ、こんな頼りない力で良ければいくらでも見せてあげたいけどな。長曽祢さん。この子らに見せても大丈夫かな?」


「私の気持ちとしては、望ましくありませんが……加野様の意向ならば反対は致しません」


「おお、じゃあ見せてあげようじゃないか。ふっふっふ」


 若干渋っていながらも許可をもらったので、ここは図々しく好意に甘えるとしよう。


「琥珀君。今の内に腰を抜かす準備をしておいた方が良い」


「え?」


 虎徹さんが意味不明な忠告をする。


「ほら、これがウチがモデリングしたVtuberや」


 それを見た瞬間、虎徹さんの忠告の意味を理解した。そこに映っていたのは、マッチョな男性とは対極に位置する肉感が程よい女性だった。細すぎず太すぎずのラインを見極めていて、それでいて大多数の男性のフェチ心をくすぐるような造形をしている。


「琥珀君。加野の本当のスタイルは人体にとって理想のプロポーションを理解していることだ。その力はあの匠ですら才能に嫉妬しているほどだ」


「匠さんが!?」


 信じられない。匠さん程の実力なら同じようなものを作ってくれそうな気がするのに。


「ああ、加野はその理想のプロポーションを作る能力を全て自分の趣味。マッチョに振っていたんだ」


 なんともったいないことだ。クリエイターは自分の得意分野に集中した方が良いとは思うけれど、それでもその一点の範囲が狭すぎる。極端というか、この場合はもう少し範囲を広げた方が汎用性、専門性共に優れた化け物になっていたと思う。


「匠が人を評価する基準は知っているか? 現時点で匠と同等以上の実力を持つか、将来的に身に付ける可能性があるか。そのどちらかがなければ、あいつは他人に仕事を任せたりしない。加野は前者の方で評価されていたんだ」


 秀明さんの実力は匠さんよりも上だった……? 信じがたいというか、信じたくない気持ちがある。完全にマッチョのイロモノ枠だと思っていたのに……でも、考えてみればマッチョも描くのは難しい。それを美しく描写するようにずっと研究し続けていたってことは……元々の地力がかなり高いはずなんだ。その力を正しい方向に使った結果がこれか。


 俺はマッチョに感謝をしなければならない。もし、秀明さんがマッチョに恋焦がれていなかったら、俺はコンペでもコンテストでも秀明さんに大敗していたかもしれない。


「まあ、これが製作途中のやつや。まだまだここからブラッシュアップをしなければならないからなあ。だって、このプロポーションはまだ完璧に仕上がってない」


 なんだと……! 俺の目では完璧に仕上がっていると思っていたのに、まだ上があるだと……! この人の実力は底がないのか? これは完全なダークホースだ。今回のハッカソンで最も注意しなければならないのは、匠さんのチームかと思ったけど、その認識は間違っていた。


 俺は思った。今のままでは、秀明さんに負ける。ズミさんの力を信じていないわけじゃない。けれど、これを見せられた後で自信を喪失しないのはハッキリ言って無理だ。


「ところで……長曽祢さん」


「はい?」


 虎徹さんが秀明さんではなく、長曽祢さんに話しかけた。この2人は初対面のはずだけど、なにか特別に会話するようなことはあるのだろうか。


「この名刺に書かれている携帯電話の番号ですが、これは長曽祢さんのですか?」


「いえ、これは会社支給の携帯電話の番号です。プライベート用ではありません」


「そ、そうなんですか。ですよねー。ははは」


 虎徹さんは頭を掻きながら少し残念そうな顔をしている。なぜ、初対面の女性の電話番号が気になっているんだ?


「秀明さん、長曽祢さん。ありがとうございました」


「今のウチは秀明ではない。そのマッチョネームは捨てた」


 マッチョネームってなんだよ。


「虎徹さん、俺はこれから匠さんのところに行きますが、どうしますか?」


「んー。匠ならいいや。今はアイツと顔を会わせたくねー気分だ」


「そうなんですか?」


 普段から匠さんに突っかかっているから、顔を見たいのかなと思ったけれど……ライバル関係とは複雑なものだな。


「それよりも俺は話したい人がいるんだ」


 虎徹さんがチラリと長曽祢さんの方を見た。話す内容があるのかどうかは知らないけれど、俺には関係ないか。


「では、虎徹さんもありがとうございました。間に入ってくれたお陰でズムーズに話が進みました」


「おう、いいってことよ。俺は俺で収穫があったしな」


 虎徹さんの収穫ってなんだ……? あの人は秀明さんの実力は知っていたはずだし、既知の情報しかなかったと思うけど。



 匠さんのところに行く前にトイレに行きたくなった俺は廊下に出た。そうしたら、バイオリンの音色が聞こえてきた。この音はどこから聞こえるんだ? 外から聞こえているっぽいけど。


 バイオリンの音色の出所が気になった俺は、一旦施設からでることにした。こんなところでバイオリンを弾く人っておるん?


 外に出てみると駐車場で1人の男性がバイオリンを弾いていた。俺はそこまでクラシック音楽に詳しいわけではないけれど、この音色は良いものだと思う。けれど、なんだろう。今の俺の気持ちとリンクしているような感じがする。


「あ……すみません。煩かったですか?」


 男性は俺と視線が合うと手を止めた。そして、ケースを開けてバイオリンをしまおうとした。


「あ、いえ。大丈夫です。素敵な音色だなと思って聴きに来たんです」


「そうですか。そう言ってもらえると嬉しいです。俺の演奏はどうでしたか?」


「どうと言われても……」


 俺はそんな詳しい感想を言えないぞ。


「感じたままで良いんです。楽しそうな雰囲気だったとか」


「うーん……曲調は確かに楽し気ではあったんですけど、そのなんて言うか、ちょっとネガティブな雰囲気が混ざっていたというか」


 俺の言葉に男性は「ハッ」とした表情を見せ、唇を噛んだ。


「そうか。やはりそう聴こえますか」


 なんだろう。この選択肢を間違った感じは。俺は本当に感じたまま言っただけなのに。


「別に悪い意味で言ったわけじゃないんですよ。俺もちょっと落ち込んでいることがあって、その演奏に共感する部分もあったというか。まあ、気持ち的に救われた感じです」


 精一杯のフォローを入れる。男性はニコっと俺に笑いかけた。


「そうですか。それなら良かったです。悲劇しか弾けなくなった俺でも人の役に立てるんですね」


 その笑顔の裏には、悲しさを秘めている。そんな気がした。

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