第352話 化け狐
「稲成さんの素顔を見ることはもう諦めるとして……虎徹さんのチームは一体どんな作品を作ったんですか?」
「うーん……口で説明すんのは面倒だから直接見ていくか?」
思っても見ない言葉が虎徹さんの口から出てきた。まさか、直接見せてくれるとは思わなかった。
「え? 良いんですか? 俺は一応敵ですし、チームメイトに相談とかは……」
「あー……まあ、なんだ。ウチのリーダー的存在のやつがな。間口は広くってのがモットーで、少しでも同志を増やすために積極的に作品を見せたいとか言ってるんだ」
部活動の勧誘並に歓迎されているな。。4月頃のアレ本当にしつこいんだよな。帰宅部の俺には関係ないけど。
「では、お言葉に甘えて」
折角、見ても良いと言われてるんだから、相手の気が変わらない内にさっさと見てしまおう。チャンスはいつまでもあるとは限らないし。
「よし、じゃあついて来てくれ」
昼休憩で現在は誰もいない虎徹さんのチームのテリトリーへとやってきた。作業場には動物のぬいぐるみが置いてある。象、ペンギン、ミーアキャット、カメレオン。生息地バラバラじゃねえか。何の統一感があるんだよ。
「このぬいぐるみはモデリングの参考のためにおいてあるんですか?」
「いや、ウチのリーダーのモチベを保つために置いてあるだけだ。作品には一切関与しない」
作業場に何を置こうとルール上は問題ない。撤収する時にきちんと持ち帰れば誰も何も咎めない。けれど、そんな回収の手間を増やしてまで置きたいものなのか。
「このぬいぐるみは、このハッカソに参加したくても実力が足りなくて参加できなかったメンバーの私物なんだ。リーダーは本当に仲間想いの良い奴でな。彼らの想いが詰まったぬいぐるみを現場に置くことで一体感を出そうとしているらしいんだ」
思ったよりもいい話だった。短期間での集中型のイベントは、実力が足りなければ足手まといになりがちである。きっと、実力不足で出られなかったメンバーも悔し想いをしたに違いない。そんな仲間を大切にできるリーダーは良い人なのかもしれない。
「さてと……これを見てくれ」
虎徹さんはディスプレイを俺に見せてきた。そこに映っていたのは、狐。どう見ても狐。デフォルメ寄りではあるものの、モデリング技術の高さが伺いしれる。
「これは稲成さんが作ったものですか?」
「ああ、そうだな」
なるほど。確かに最低限これについてこれるレベルじゃないと、戦力にすらならないということか。動物コンペの時よりも実力が上がっている。俺も短期間で実力を伸ばした方だと思ってはいたけれど、周りの実力もきっちりとインフレしてやがる。
稲成さんを主軸にした以上はある程度の実力が担保されている人でしかサポートすらできない。だから、部外者ながらも虎徹さんが助っ人として参加しているのか。
狐は神社に配置されていて、その背景もクオリティが高い。
「この背景は虎徹さんが作ったんですか?」
「ああ、そうだな。よくわかったな」
「ええ。虎徹さんの得意分野を考えたらそうじゃないかなって」
虎徹さんは和風の作品を作るのが得意だ。セフィプロのコンペの時は、武士の剣戟。動物コンペの時は、武将が乗っている馬と荒々しい和の世界観を表現していた。
今回は動よりも落ち着いた感じの静の作風だ。静と動を使いこなせる実力も当然ながら持っていた。流石は匠さんに認められたクリエイターなだけはある。
「ただ、それだけじゃねえぞ。ほら、これを見てくれ」
虎徹さんが見せたのはVtuberのキャラ設定の原画だ。巫女服を着た狐耳の女性がそこには描かれていた。
「稲成さんが考案したキャラだ。まだ制作中だけどな。俺はこの巫女服の装備を作っているんだ」
「え? この狐がVtuberじゃなかったんですか?」
「ああ、この狐は化け狐でな。この巫女に変身できる設定を持ってるんだ」
「え……ええ!?」
「お、おう? どうしたそんなに驚いて」
ま、まさかそんな手法があったなんて……!
「動物が人間に変身する! そういうのもあったんですね!」
「お、おう……?」
俺は人間をベースに動物の体の一部を付け加えることはあっても、動物そのものを人間にする発想はなかった。これは正に擬人化! 革命と言っても良い。これは流行る。
「あ、でもダメか……」
「何が?」
「いえ、人間に変身する設定。それは変身能力を持っている狐だからこそ成立する作戦じゃないですか。こっちの作品には、その手法が使えないかなって」
使えるとしたら、狐のライバルの狸か。それともお爺さんに助けられた鶴もギリ行けるか? どっちも海の生物ではない。終わった詰んだ。海の生物は変身できないんだ。こうなったら、頭を増やしたり、空を飛んだり、瞬間移動ができるサメの力を借りるか……? サメなら人間に変身しても、まあサメだからで済まされる雰囲気はあるだろ。
「まあ、なんだ。琥珀君の中では、何かを掴みかけたけれど、それが手の中でぬるりと落ちてしまったって感じか。その気持ちはよくわかる。何かを掴みかけて掴んでいない感覚。クリエイターなら何度も経験することだ。それをモノにできるのか、あるいは執着しないで別の道を探すのか。そこは本当に悩むよな?」
「ええ。わかります。俺も未だに自分のスタイルが安定していない。そういう気がします」
とりあえず一先ずはこの掴みかけたものを持ち帰ってみよう。ズミさんに相談すれば何かいいアイディアを閃いてくれるかもしれない。
「さて、他に何か質問とかあるかな?」
「いえ、助かりました虎徹さん。本当にありがとうございます」
「そうか、まだ昼の時間は残っているけど、他のところに偵察しにいくつもりか?」
「そうですね。時間が許す限りはダメ元で突撃したいと思います」
「なら、秀明のところに行くか? 知り合いの俺がいた方が話はスムーズに進むと思うし」
確かに、なぜか虎徹さんと秀明さんは仲が良さそうな雰囲気を出していた。俺1人で突撃するよりかは相手にされるかもしれない。
「ええ、秀明さんの動向も気になってました。お願いできますか?」
「ああ。任せておけ」
そんなこんなで虎徹さんと共に秀明さんのところに突撃することになった。虎徹さんの話では秀明さんはマッチョ以外にも得意なスタイルがあるという話だけど……それはなんだろうか。
◇
秀明さんのテリトリーまでやってきた。彼女の傍には、スーツを着た仕事が出来そうな感じのメガネの女性がいた。
「あのー……秀明さん? 昼食を食べないんですか?」
「今のウチを秀明と呼ばんといてね。今のウチは加野 睦美。マッチョ系クリエイターではなく、1人の女の子やで」
「加野さん。食べないと持ちませんよ?」
「今は親父殿に言われて断食修行中故に食べ物を口に出来ないのです。この飢えこそがマッチョへの渇望をコントロールする根源。食べたら、またウチの内なる欲望が沸きあがって来てしまうのです」
メガネの女性は頭を抱えている。
「困ったなあ。秀明さんに倒れられたら、その時点で終わりなのに」
俺は詳しいことは知らない。けれど、マッチョへの渇望を断つためには、断食をしなければならないらしい。マッチョ界隈も大変だな。
「おーす。加野。元気しているか?」
「虎徹か? これが元気に見えるんか? 空腹で死にそうや」
死にそうなら何か食べれば良いのに。ただでさえ秀明さんは痩せ体型で貯蔵しているエネルギー量が少ないのに。本当に初めて会った時から変人という印象が変わらない人だ。でも、クリエイターにはこれくらいの凄い
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