第351話 ギリギリアウト

 俺はもうひたすらにモデリングをする作業に集中した。クオリティは二の次、三の次。思いつく限りの水生生物をモデリングしていく。ヒトデ、イルカ、イソギンチャク、サメ……は海にいたっけ?


 でも、なんか物足りないんだよな、こう、意外性がないというかありきたりというか、身も蓋もない言い方をすればつまらない。もっとユニークな生物をモデリングしたい。


 こんな時こそ、インターネットの出番である。今は検索すれば大抵の情報は手に入る時代。なぜか検索トップに情報皆無の「いかがでしたか?」が出てくることはあるけれど、きちんとした学術的価値があるサイトを見極めれば問題はない。


 そんなユニークな生物を調べていく内にカラーリングが気に入った生物を発見した。俺はこの生物にターゲットを絞り、モデリングすることにした。


「ふー……集中集中!」


 切れかかった集中力を深呼吸ドーピングをすることでなんとか維持する。これで最後にするつもりだ。これが終わったら、一旦ズミさんに途中報告をしよう。リーダーに定期的な報告をすることは重要な能力だと兄さんが言っていた。プロジェクトリーダーになった時に、「定期的に報告しない阿呆はクビにしたい。そんなやつに限ってやべえ爆弾抱えていてプロジェクトを炎上させるんだ」と家庭内で愚痴をこぼしていたっけ。爆弾を抱えたり、炎上したり社会人も大変だなあ。


 歌集中モードに入っていて時間がすっかり目に入ってなかったけれど、もうすぐ12時前だ。もうすぐ昼休憩の時間だし、キリが良いので一旦作業はここまでにしよう。モデリングも大体終わったし、細かい修正とかも午後から再開する形でいいか。


「お、琥珀。作業は順調か?」


「兄さん。まあね。一応、言われたことは出来ていると思う」


「うん。感心だ。新人は最初は本当にそれで良い。言われたこと以外しない方が双方のためだ。よく、新人を言われたことしかしないと言う輩もいるがそいつは放っておいて良い。俺から言わせてみたら言われたことだけをキッチリやってくれる優秀な新人がいたら、こっちにくれとしか言いようがない。それで仕事が回らないなら新人という点を考慮せずに指示を出す側の不足だ」


 なぜか俺は新人扱いされているけれど、これ会社組織じゃないんだよな。兄さんが死んだ魚のような目で語っていることからも、下の人間の教育って苦労するんだなと察してしまう。


「ところで今このモデリングしている奴は……ウミウシか? 大丈夫なのか?」


「え? 大丈夫って何が?」


「著作権的にだよ。このカラーリングはやべえところの法務部が飛んできそうだけど」


 兄さんは俺がモデリングした【ウデフリツノザヤウミウシ】を見て、青い顔をしている。ハッカソンイベントで著作権違反でしょっ引かれるのは流石に洒落にならないから気持ちはわかる。


「ハハッ大丈夫だよ兄さん。これ明らかにどこぞの電気鼠を意識しているように見えるけれど、歴とした実在する生物だよ」


「そうか。なら良いんだ。ただ、琥珀。ネズミの話題になった時に2度とその笑い方をするな。もっとやべえ奴が飛んでくるぞ」


「うん。ごめん。気を付ける」


 これ以上踏み込んだらアウト判定を食らうかもしれない。いや、もう判決は下されて泳がされているだけかもしれない。


「まあ、作業はそれくらいにしておいて、昼飯でも食いながら今後のことを話そうか」


「そうだね」


 チームのみんなで集まって昼食を取ることとなった。昼食は主催者がお弁当を用意してくれたのでそれを食べる。


「さて、魚住さんと賀藤君。午前中にどこまで進んだかな?」


 八倉先輩からそう訊かれてズミさんが姿勢を正す。


「えーと……僕はとりあえず素体を元にVtuberの受肉作業を行いました。はい。午後になったらすぐにそれを見せられると思います」


「俺はとりあえず、背景となる海の生物のサンプル? 的なのを作ってますね。1つでも多く正式に採用されることを祈ってますね」


「なるほど。僕たちの方は倫音の動きの同期の調整は大体終わった。けれど、関節を柔らかめに動かす動作をするとちょっとした不具合が起きる。倫音の体のやわらかさ、しなやかさがソフトかハードかどちらかの想定を上回ったみたいなんだよ。午後になったらその調整かな。ソフトの方の不調ならこちら側でなんとか調整できなくもないけれど、ハードの方だったら新しい機材を調達しないといけないから手間なんだよね」


「俺としては、そこまで柔らかい動きのダンスをしなくても、もっと関節の可動がが少ないダンスに切り替えたらいいんじゃないかって提案したけど却下されたよ」


「大亜さんの言い分もわかるんだけれど、やっぱり倫音の強みは体の柔らかさなんだ。その強みを捨てても勝ちたいとは僕は思わない。だから、ギリギリまで妥協はしないつもりなんだ」


 八倉先輩と兄さんの妥協点は違う。八倉先輩は恋人である倫音さんの魅力を最大限引き出そうと一切の妥協をするつもりはないらしい。でも、兄さんとしては早めにそこに区切りをつけて次の作業に移りたい……と言ったところだろうか。1つの作品を完成させるにはどこかしらの妥協点を探る必要も時にはある。けれど妥協をしなかったからこその名作もあるのもまた事実。その辺の折り合いに正解はないのが難しいところだな。


「他のチームの人たちもみんな休憩してますね。ちょっと偵察しに行きたいですね」


 俺はふと他のチームの動向が気になった。みんながどんな作品を作るのか。それは終了時にはわかることだけれど、現状も知っておきたい気持ちがある。


「そうだね。賀藤君なら勉強として見学させてくださいって言えばすんなり許されるかもね」


「そういうものなんですかね?」


「そういうものだよ。意外と社会は若い子には寛容だからね。歳をとってから、あの時だからこそ許されたことがあるって気づくもんだよ。ハハハ」


 八倉先輩は、外見は若い美青年だけれど、これでも三十路をとっくに超えている。倫音さんが何歳かは知らないけど多分この中じゃ最年長だろう。その八倉先輩が言うとなんか妙に説得力があるな。


「じゃあ、ちょっと行ってきます」


 昼食を食べ終わった俺は敵情視察とやらに行くことにした。最初はハードルが低いところがいいな。だとすると虎徹さんと稲成さんがいるところかな? あの2人とは面識があるし、アドバイスももらったことがある。多少厚かましいお願いしをしても許してくれる雰囲気はありそうだ。


 そう思って乗り込んでみたものの虎徹さんはいるけど、稲成さんの姿が見当たらない。虎徹さんはこちらに気づいたのか近づいてくる。


「おー。琥珀君じゃねーか? どうした? スパイか? ははは」


「まあ、そんなところです」


「正直だなオイ。まあいいか。ミサちゃんの弟子なら邪険に扱うわけにはいかないしな。何か質問があんなら答えるぞ」


 スパイだとわかっている相手にも情報を渡そうとする虎徹さんのセキュリティのガバガバさに思いを馳せながら最初の質問をしてみるか。


「稲成さんはどこに行ったんですか?」


「ん? ああ。彼は俺たちにも素顔を見られたくないみたいでな。弁当を食うために外の駐車場まで行って車内で弁当食ってる」


「え? それじゃあ、今その車を覗けば稲成さんの素顔が見れるってことですか?」


「おいおい、そんな怪しい行動すんのは車上荒らしくらいなもんだろ。まあ、あの人の車はスモークガラス仕様で中は覗けないようになってる。フロントの透過率ならギリ見えるかもしれないけれど……まあ、角度的に見えないような位置取りをしているだろうな」


 どれだけ用意周到なんだ。それだけ顔を見られたくない理由ってなんだ? やっぱり指名手配犯か? 通報すれば懸賞金もらえるかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る