第333話 メスガキわからせ配信

「続いての種目は、立位体前屈ニャー。今回は15センチメートル以上ならクリアニャー」


 立ったままの姿勢でどこまで前屈みになれるかってやつか。女性の方が男性よりも体が柔らかいと言うし、これはさっきみたいな散々な結果にならないのかもしれない。


「この台の上に立って、脚を曲げずにどこまで体を曲げられるかを測定するニャ。台の上、つまり足元の地点が0センチメートル。それを超えたが測定結果になるニャ。まさか、いないとは思うけれど、足元まで届かなかったら記録はマイナスになってしまうニャ」


 一般的な立位体前屈の測定方法となんら変わらないな。


「さっき、好成績を収めたビナー先輩とティファレト先輩は後回しにして……さっき、最もひどかったゲブラー先輩から行くニャー」


「あ、あたし!? えっと……大丈夫かな?」


 散々メスガキムーブをかましたのに、先程の開脚前転がボロボロだったためにすっかり弱気になってしまった。なるほど。これがメスガキわからせというやつか。このギャップが世の異常性癖紳士たちの心を掴んで放さないのか。クリエイターとしても活動してくためには、こうしたキャラクターの流行を抑えるのも必須か。


「すー……はー……行きます! てい!」


 メスガキゲブラーが台の上に立つ。そして、前屈みになってどんどんと手を下へ下へと下げていく。しかし、その手の先はつま先にすら届かずに体がぷるぷると震えはじめた。


「ん……い……ぐ……あ、いやー!」


 情けない声をあげてしまうメスガキ。その結果は……


「マイナス2センチメートル。マイナス取る人なんて初めて見たニャー」


「うう……せめてマイナスは避けたかったのに」


「あらあらゲブラーちゃん。これは、モブおじさんにストレッチでわからせ展開に持ち込まれる叡智えいちな本が出ちゃうかもね」


「や、やめなさいよティファレト! アンタがそういうこと言ったら、本当に書く人が出ちゃうでしょ!」


 ストレッチか。俺も中学の頃からずっと帰宅部だったし、運動なんて体育の授業でしかしないから、体力の落ち込みが半端ないかもしれない。ストレッチの教本でも買って体力づくりをした方が良いかもしれないな。俺もこのメスガキを笑える状況にないのかもしれないし。


「はい、今回の名前呼ぶ価値がない人が決定したところで、次はマルクト先輩お願いしますニャー」


「へへ、今回は結構自信あるんだ」


 マルクトさんが台の上に立つ。そして、手を下へと伸ばす。先程とは違い、なんと手がつま先を通り越した! ……まあ、実のところそれはできて当たり前のことではある。


「あ……あん、ダメ。これ以上はムリ~できない」


「結果は……9センチ。はい、お疲れ様でしたニャー。もう帰っていいニャー」


「急に辛辣!? え、合格ラインに達しないとここまで厳しい扱い受けるの?」


 ダアトさんの厳しい対応にコメント欄もなぜか盛り上がっている。紳士たちが愉悦に浸っている最中でも、放送は進行していく。


「次は私ですね。行きます」


 ケテルさんが台の上に立ち、体を曲げる。メスガキとなんか知らない人の記録を明らかに上回っていることが見ただけでわかる。


「く、もうちょっと……ん、もうダメ……」


「おー……これは期待できそうだニャ。測定結果は……14センチ。はい、お疲れ様でしたニャ。荷物まとめてきてニャ」


「ちょ、たった1センチじゃないですか。それくらいまけて下さいよ」


「ダメです。大阪のおばちゃんじゃないんだから、そうした図々しい要望は通らないニャ」


 仮にケテルさんが大阪のおばちゃんだったら、要望を通してたのか。まあ、おばちゃんなら仕方ない。


「次はビナー先輩とティファレト先輩ですニャ。この運動音痴共にわからせてやってくださいニャ」


 立位体前屈に限って言えば、メスガキを覗けばそこまでひどくはないと思うけど……今日のダアトさんは荒れてるな。言葉のナイフを振り回しまくってるし。やっぱり、賽の河原の罰ゲームで前頭葉が破壊されたのだろうか。


「どっちが先にやりますか?」


「私からやってもいいかな?」


「ええ、どうぞ」


 ティファレトさんが台の上に立ち、特に変な喘ぎ声をあげることなく綺麗な姿勢のまま立位体前屈をした。


「結果は……28センチ、あ、違った。2ケテルですニャ」


「わざわざ言い直さないで下さい! ってか、私を単位にしないでもらえますか!?」


「やったー。ケテルちゃんにダブルスコアで勝った」


「ぐぬぬ」


 2ケテルは凄いな。コメント欄もティファレトさんの柔らかい体を見て、なぜか「ふう」と落ち着いて一息をついている。


「最後は私ですね……行きます! せいや!」


 妙な喘ぎ声も出さずに、かといってティファレトさんみたいに静かにやるわけでもない。気合いを入れた掛け声をしながらやるのが、なんともビナーらしいと言うか。


「結果は……36センチ。あ、違った。4マルクトですニャ」


「おい、言い直すんじゃない」


 ケテルさんと同様にマルクトさんも単位にされたことに反応する。でも、1番悲惨なのは単位にすらさせてもらえなかったゲブラーさんだと思う。


 その後も体力測定は続き、ビナーとティファレトさんが好成績を残し、ケテルさんとマルクトさんはお互いにっている状態。メスガキゲブラーが最悪の結果を出し続けると言う残念な結果に終わった。


「本日の体力測定はこれにて終了ですニャ。お疲れ様でしたニャー」


「ふー。楽しかった。ダアトさんも司会お疲れ様です」


 本当に楽しかったのか笑顔を向けるビナー。スポーツが好きだと公言していただけに、やっぱり好成績を残していた。


「またやりたいねー」


 ティファレトさんもスポーツのイメージはなかったけれど、そつなくこなすその様は大人の女性の余裕というものを感じた。


「アタシはもうやらなくてもいいですか?」


 完全に意気消沈しているメスガキ。なぜこの配信に出たのかわからないレベルで酷かった。


「それじゃあ、今回最も成績が悪かったゲブラー先輩に罰ゲームを言い渡すニャー」


「え? ば、罰ゲームって何? うそ、アタシそんなの聞いてない」


「本日より1週間、メスガキキャラ改めて、媚びっ媚びの妹キャラに転身して頂きますニャ」


「ふぇ!?」


「ちなみにその1週間に男子メンバーの体力測定もあるので、そっちの司会もするようにとのことですニャ」


「え、ちょ、本当に勘弁して」


「これはもう決定事項ですので、逆らえませんニャ」


「そ、そんな」


 こうしてメスガキゲブラー改めて、媚び妹ゲブラーが期間限定で爆誕した。この事実はすぐに拡散されて、辱めを受けるハメになったのだ。


 媚び妹ゲブラーに注目が集まり、その初配信を見ようと多くの人が男子の体力測定配信を開いたのだ。


「画面の前のお兄ちゃんたち。こんにちゅは……えへへ、噛んじゃった。もうゲブちゃんのドジっ子。てへ」


『草』

『媚びすぎて逆に笑える』

『普段生意気なメスガキが罰ゲームでやらされると考えると興奮する』


 女子に比べて男子の注目はないに等しかった体力測定配信は、1匹のメスガキの犠牲によって一気にトレンド化し企画は大成功に終わった。


 この賽の河原から始まり、女子の体力測定で人を釣ってから、需要がなさそうだった男子の体力測定を媚び妹の抱き合わせで注目を集める策略をファンの間では【里瀬 匠の計】として語り継ごうと言う流れになった。


 ちなみにこの一件に匠さんは一切かかわっておらず、他の優秀なスタッフの策略であったことが後で判明したというオチがついてしまったのだけれど……それでも、未だに匠さんの手柄だと思っている人も多い。匠さんならやりかねないというその思い込みもあるのだろう。日頃の行いは重要だなと思い知らされた一件だった。

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