第334話 33-4
ナツハさん演じるモンブランがショコラのホームランダービーに挑戦するという面白い状況が舞い込んできた。今のところサルの癖に猫を被っているモンブランだけれど、あの理不尽難易度のゲームにどこまで本性を隠していられるか見ものである。
「こんにわしー。庭師のモンブランだ。よろしく頼む。最近、球界も盛り上がっているよな? アタシもそれにあやかって野球のゲームをやろうと思ってさ。そしたら丁度面白そうなゲームがあったんだよ」
『まさか』
『ハランデイイ』
「ショコラのホームランダービー。今日はこれをプレイしていきたいと思う。まあ、クリアまで行けたらいいなくらいの気持ちでやっていこうかなって」
『クリアまで……?』
『大きく出たな』
『発狂せずに終われたら御の字だろ』
モンブランはまだこのゲームの理不尽難易度を体感していない。だからこそ、こんな舐めた発言ができるんだろう。今は余裕に満ち溢れている表情だけれど、それが崩れる時が楽しみだ。早く愉悦を味わいたい。
「言うて、アタシもFPSを結構やっている方だし、照準を合わせるのは得意な方だ。後はタイミング良く打つだけでしょ? なら余裕余裕」
『それが彼女の最後の言葉でした』
『早くこの庭師をわからせてやってくださいよ。セサミの兄貴』
『セサミは女の子やぞ』
そういえば、セサミは棒状の物体を作ってないって理由でメスにしたんだっけ。そんな俺ですら忘れている設定をなぜ覚えている人がいるのか。セサミファン恐るべし。
「では初めようか。うん、良いBGMだ。穏やかでとても心が安らぐ。どう見てもこんなの子供向けの癒し要素たっぷりのゲームだね」
世の中には悪い意味でBGMと釣りあいが取れてないゲームがある。それがこの作品だ。
「なんか同僚のショコラを操作するのも変な気分だな。そして、相手はセサミ。犬に負ける気はしないな」
って思うじゃん? セサミがボールを投げる。ボールが通り過ぎた後にモンブランがバットを振った。見事なまでのストライクである。
「むー……まあ、今のは初めての操作だからちょっとタイミングがつかめなかっただけだ。今ので操作方法は覚えた」
操作方法を覚えただけでクリアできるほどこのゲームは甘くない。セサミが再びボールを投げる。モンブランがショコラのバットの照準を合わせてボールを打った。
「お、打った。これ行けたんじゃないか!?」
ボールは天高く飛び……あと一歩のところでホームランという位置で落ちた。残念ヒットでした。
「ホームランじゃないのか。あー、ちょっと照準がズレていたか? それともタイミングの問題か? うーん。見た目以上に難しいな」
モンブランはまだ知らない。このセサミはまだ本気を出していないことを。この状態で難しいと言っているようでは到底クリアは無理だ。俺も実際セサミすら突破できていない。それ程までにこのゲームは厄介なものだ。
セサミがボールを投げる。またしてもヒット。ボールに当てること自体はできているが、ホームランまでが遠い。
「う……きいぃい! 何なんだよこの犬は! 絶対許さない!」
サルが苛ついてきたところで、セサミが投げたボールが天を突き抜けるほどに伸びていく。その結果、本日最初のホームランとなった。
『おお!』
『ホームランおめでとう』
「へへ、大体コツは掴んだっぽい。セサミはもう攻略したも同然」
『フラグ』
『勝ったん風呂入ってくる』
「さあ、セサミちゃん、ゆっくりと始末してあげるからね」
セサミのモーションが変化した。3つの首がそれぞれボールを持っている。
「へ? え? なんでボールが3つも?」
いきなりのことで戸惑うモンブラン。セサミがボールを投げる動作をする。右側の首からボールが飛んできた……が、モンブランが照準を合わせていたのは真ん中で投げられたらホームランだったという狙いだ。当然、投げられたボールの位置はズレていたためにホームランなんて夢のまた夢である。
「あぁああ! てめえ! こんな卑怯な手を使いやがって! 許さん! 許さんうっきー!」
モンブランがサルのように喚き始めた。ついに野性が解放されてサルの本性が露わになった。これが見たかった。こういうので良いんだよ。
『急にキレ散らかして草』
『モンブランのキレ芸面白いな』
『サル女だけにキレ方もサルに寄せるとは恐れ入った』
どうやらリスナーはモンブランの設定がサルだからサルみたなリアクションを取っていると思っているようである。ところが、実際は逆で、サルみたいなリアクションを取るからサルという設定になったのだ。流石にそこまで気づける名探偵はおらんか。
『このキレ方、なんか既視感あるんだよな』
なんか若干名、真実に到達しようとしている者がいる。もしかして、ナツハさんのところのリスナーだった人か? でも、既視感の正体まで気づいてはない様子だ。
「舐めやがって、絶対に許さんぞ!」
セサミはボールを投げる。容赦なく分身魔球の亜種を放つ。流石にこれは、ストライクになるだろうと思ったその時だった。バットがボールに直撃してホームランのコースに入った。なん……だと……
「きゃっきゃ、うきゃっきゃ。舐めんなオラァ! こちとら、FPSで鍛えた反射神経があるんじゃい! どの首からボールが飛んでくるか、そんなもの、投げた後に反応すれば問題はない。残念だったな犬っころ」
確かに理屈の上では、ボールを投げた瞬間にどのコースで投げられるかは決まってしまう。それを見てから、冷静に照準を合わせてバットを振るえたのは流石、熟練のFPSプレイヤーだ。常人とは経験値が圧倒的に違いすぎる。
その後もセサミのボールを何度か打ち返すのに成功はした。しかし、ノルマに届かずにゲームオーバーになってしまったモンブラン。敗北が確定した瞬間のなんとも言えない表情は確実に切り抜きコースになるだろう。
「えー……まあ、結果は惨敗でしたが、もう1回やれば多分アタシが勝つでしょう。ただ、問題が1つあります。アタシはもうこのゲームを封印したいです」
わかる。エアプはそんなにこのゲームが難しいのかと指摘してくるけれども、実際にプレイした身としては、初級のセサミですら理不尽難易度で震えてしまう。そのセサミより強いキャラも控えているであろう状態で、楽しくゲームができるかと言われたら……ワクワクできるのは一部の戦闘民族くらいなものである。
『ホームランダービーから逃げるな』
『セサミがモンブランを待ってるよ』
『セサミから逃げるな』
「ええ……ただ、まあ、今回のホームランダービーでわかったことがあるかな。アタシはあの犬とはどうも相性が悪いみたい。庭園が燃やされるきっかけを作ったのもあの犬だし、ホームランダービーでもボコボコにされちゃったし」
『正に犬猿の仲ってやつか』
『サルだからお犬様と相性が悪いのはしょうがないね』
セサミが急にショコラに飛びついてきたのは、俺の完全なる設定ミスのせいで、セサミに一切の非はないけれど……なんか、面白そうだしこのままセサミが全部悪いってことにしておくか。ショコラ悪くない。
「まあ、今後なにかの罰ゲームでやらされるって感じだったら、またプレイするかもしれないね。制作者には申し訳ないけれどこれ以上自発的にプレイしたいとは思わないかな」
『制作者だけど、意図的に嫌がらせ目的で作ったからそう思われるのは最高の誉め言葉です』
制作者のブリリアントさんが突如出現してなんとも言えない気分になった。同じ箱の配信もチェックしてくれているなんて流石だなあ。それとも自分が作ったゲームだから見に来たのだろうか。いずれにしても、この人の筋金入りのファンっぷりに支えられているから本当にありがたい。ファンに恵まれたなと改めて思う。
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