第332話 女子だらけの体力測定

 セフィプロの女子だらけの体力測定の配信時間がやってきた。個人的には他人の体力測定を見て面白いのか? という疑問があるけれど、我が娘のビナーが出演している以上は見ないわけにはいかない。ちょっとした授業参観のつもりで覗いてみよう。


 3Dの体育館が画面に表示される。カメラの左側から1人の男性Vtuberがぬっと現れて、カメラ目線に立つ。この人はダアトさんだ。


「あー。第1回。女子だらけの体力測定を開催しますニャ……ニャー」


 ダアトさんおめでとう。あの賽の河原から抜け出せたんだね。画面の下部にはテロップで【※ダアト君はイェソド君との対決に負けたので罰ゲームで語尾に「ニャー」を付けています】


「ぷっくくく。ダアト君。語尾にニャーつけちゃってかわいいー。ねえ、なんで語尾にニャーつけてるの? 女子に猫みたいに扱われたいってこと? ぷーくすくす」


 画面内にマルクトさんが割って入って来た。王族設定で普段は身なりが良いのに今は体操服を着用している。


「お兄さん負けちゃったんだ。ざぁ~こ♡ざぁ~こ♡もしかして、司会をやりたいからわざと負けちゃったの~いけないんだ~。ねえ、どういう風に19連鎖勝負に負けたのかアタシにわからせてよ。にひひ」


 メスガキことゲブラーがマルクトさんに負けじと煽りだす。


「流石に何度も自爆して相手を妨害できるのはおかしいって2人とも気づいたんだニャー。だから、ルールを改正して負けたら、次の試合はゲーム開始直後10秒操作禁止。更に2連敗したら20秒、3連敗で40秒、4連敗で80秒と倍々に操作できない時間が増えていく仕様ニャー。ただし、相手が動けない間に相手を倒すのは反則行為として、負け扱いになるニャー。1度勝てば連敗数は0にリセットされるというルールをお互いの了承のもと追加したニャー」


 まあ、ノーリスクで敗北できるのは、19連鎖直前で自爆したシーンを見たらルールが整備されてないとは薄々感じていた。こうした調整を経て、ゲームのルールが出来上がっていくんだろうなあとクリエイターとして何か参考になりそうなものを得た。


「ねえ、ダアト君。質問あるんだけどいいかなー?」


「何ニャー? ティファレト先輩」


「これってアーカイブに残るのー?」


「まあ、特に放送事故がなければ残るんじゃないのかニャ?」


「良かったー。後で自分用にダアト君のセリフを切り抜いておこっと」


 切り抜き師に任せないで、自らの手で切り抜き動画を作るVtuber。そのこだわりがティファレトさんをクリエイターとして成長させたのだろうか。ティファレトさんからは学ぶべきところは多いと思うけれど……学んだいけないことも多そうな気がする。


「もう、あんまりダアトさんをからかったら可哀相ですよ」


 流石我が娘ビナー。女神のような慈愛を見せている。


「そうですね。ビナーさんの言う通りです。それに、司会を弄りすぎても時間がおすだけですからね」


 ケテルさんもビナーに援護射撃をする。今日の参加者は、この5名だ。他にも女子メンバーはいるけれど、スケジュールがあったのがこの5人なのだ。


「えー、もっと弄った方が面白いのに」


「マルクト、そういうとこやぞ」


 いたずらな表情を見せるマルクトさんに対して、怒りに満ちている表情を見せるケテルさん。この2人は一時期仲直りしてた説もあったけれど、また仲が悪くなったらしい。


「ビナー先輩とケテル先輩ありがとうニャ。それでは、第1種目を始めるニャ。開脚前転。それができるかチェックするニャー」


 画面が移り変わってマットが表示される。


「それでは、最初にやりたい人はいるのかニャ?」


「はい。私が行きます」


 ビナーが手を上げて主張した。他に一番手をやりたい人間がいないので、必然的にビナーの番だ。


 ビナーはくるりと前転をして、流れるような美しい動きで足を開き立ち上がった。


「ビナー先輩合格」


 流石ビナーだ。運動神経が良いな。確か真珠は小学生の頃から開脚前転ができたってはしゃいでいたな。ちなみに俺は中学生になってからできた。なんか妹に負けたような気がしたけれど、姉さんは開脚前転をできなかった。妹には負けたけれど、姉には勝ったからヨシ!


「おお! ビナーさん流石です」


 ケテルさんがパチパチと拍手をすると周りもつられて拍手をする。


「えへへ。ちょっと運動神経には自信があるんです」


 頭をかきながら照れるビナー。いきなり成功をかまして空気が一気に温まった。


「2番手! マルクトいきます!」


 続いてマルクトさんが開脚前転に挑戦する。前転をして、脚を開いて……そして、後方に尻もちをついてしまう。


「あいたた」


「あー、マルクトお姉ちゃん失敗した。運動神経よわよわ~」


 まだ自分がやっていないのにマルクトさんを煽るメスガキゲブラー。そういうのは自分が成功してからじゃないと後が怖いぞ。


「おかしいなあ、学生時代はできたはずなのに」


「体がなまりすぎですね。普段から運動してないからそうなるんですよ」


「へい、ケテルさんよお。そこまで言うならアンタがやってみせなよ」


「え、わ、私ですか?」


「なに狼狽ろうばいしてるんだよ。どうせいつかやるんだから、早い方がいいぞ~」


「うう……わかりました。3人目、ケテル行きます」


 ケテルさんが前転を……できずにそのまま仰向けでマットにダイナミックダイブしてしまった。そうはならんやろ。


「い、痛い……」


「そりゃあ、マットの上とはいえ落ち方があれじゃあ痛いですよ。ケテルさん大丈夫ですか?」


 倒れているケテルに近づき肩を貸しておこしてあげるビナー。


「すみませんビナーさん」


「ぎゃはっは、あんたもできてねえじゃねえか」


 思いっきり笑うマルクトさん。さっきの仕返しと言わんばかりだ。


「ぐぬぬ、私はあなたと違って、最初から開脚前転できなかったからいいんです! あなたはできることができなくなった単純な劣化、いえ、老化じゃないですか!」


「なんだと! 誰が老化してるって? ケテルさんよぉ。あんたも人のこと言えんのか? ええ?」


 この2人の実年齢が何歳かは知らないけれど、老化って単語がでるってことは相当行ってるってことなのだろうか。まあ、中身がお婆さんでもガワが美少女ってことは十分ありえるのがVtuberの恐ろしいところだ。


「2人とも運動神経終わってる~」


「む……じゃあ今度はゲブラーさんがやってください」


「あいよ……」


 メスガキゲブラーが開脚前転を試みると……なぜかM字開脚で着地するという怪現象が発生した。いや、そうはならんやろ。


「う……恥ずかしい。無理……こんな姿を全世界に配信されたらお嫁にいけないよ~」


 さっきまでの強気の態度が嘘のように完全に弱気になってしまったメスガキゲブラー。責めるのは得意だけど、本人は打たれ弱い模様。


「それじゃあ、最後は私だねー。えい」


 ティファレトさんが美しいフォームで平然と開脚前転をした。なんかしれっとやりそうな気がしていたけれど、本当にしれっとやるとは。この人とは直接会ったことがあるけれど、掴みどころがないんだよな。


「ん……しょっと。久しぶりに挑戦したけどできるものだねー」


「はい、みな様お疲れ様ニャー。合格2名。ビナー先輩とティファレト先輩。不合格3名。名前呼ぶ価値なし。以上ニャー」


「おいィ! せめて不合格でも名前くらい言ってくれてもいいじゃないか! マルクト・インテリジェンス・ビューティ―って」


「あんたそんな名前じゃなかったでしょ」


 マルクトさんの小さいボケを拾ってツッコむケテルさんを見ていると……意外と相性が悪くないのかもしれないと思った。仲が悪い芸を極めれば漫才の領域にまで達するんじゃないのか? って思い始めた。

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