第331話 地獄級耐久配信

 なんか最近スランプに陥っている気がする。というか、燃え尽き症候群というややつだろうか。クリエイターとしては、コンテストで優勝して母さんに認めさせたことで一応の目的は達成した。Vtuberとしても、個人での活動に留まらずに箱化と言う大きなことを成し遂げたばかりだ。


 実際、これがゴールではなくスタートラインだということは十分理解している。理解しているんだけれど……通過点の一応の目標を達成したことで人間はどうしても、気が緩んでしまう生き物だ。俺も所詮は人間。そういったさがには逆らえないのだ。


 なにかインスピレーションが欲しい。そう思って、色々とと告知を漁ってみた。そしたら、とんでもない企画が目に飛び込んできた。


【19連鎖耐久デスマッチ。達成するまでぴよぴよ配信終われ19(ナインティーン)】


 いやアホだろこの企画考えた奴。誰が考えたか知らないし、失礼を承知でもう1度言うけど……アホだろ。


 まず大前提として、ぴよぴよというゲームは空から落ちてくるカラーヒヨコを同色4つ繋げると消せる落ちものパズルゲームである。このカラーヒヨコは、同じ開発元の別ゲームのキャラクターを流用している。実質的にスピンオフ的な立ち位置のゲームだけど、そのことを知っている人は案外少ないかもしれない。俺も詳しくない。


 そして、4つ消えることで重力にしたがってヒヨコは下に落下する。ヒヨコは鳥の癖に飛べないから当然の結果である。その落下によってヒヨコの位置が変わり、またヒヨコが消す条件を満たす。これが連鎖と呼ばれるものだ。


 その連鎖を19回連続で行うというのがこの企画だけど……この数字だけでやばいとはピンと来ない。更に別の数字を出すことでこれがおかしいことが理解できる。


 ぴよぴよの画面に表示されているマスは縦12×横6である。つまり、最大72個のヒヨコしか置けない。義務教育を受けたものならば必ず疑問に思うであろうこと。1連鎖の消去に必要なヒヨコは4。つまり、72個なら最大で18連鎖までしかできないことになる。


 しかし、このゲームは奥が深いもので、目に見えているもの全てが真実とは限らない。ヒヨコは空から降ってくる……つまり、この“空”に当たる部分にも実はヒヨコを置けるのである。


 画面上部の中央2マスにヒヨコを置いて連鎖に失敗すればゲームオーバー。つまり、最後に置けるのはこのマスで、このマスの上にはヒヨコを配置できない。よって、その左右4マスの空白の部分にヒヨコを配置すれば丁度1連鎖分を加算できる。つまり、理論上は19連鎖できてしまうのだ。


 こんな、あたおか企画見ないわけにはいかない。俺はその配信を開いて、静かに配信開始時刻を待った。



「みんなこんにちは。僕はセフィロトプロジェクト1期生のイェソドです」


「同じく1人だけの4期生。ダアトです」


「いやー。ダアト君こんな企画に手伝わせて悪いね」


「全く悪いと思ってない笑顔ですね。こんな頭がおかしくなる企画に付き合う方の身にもなって欲しいです」


 どうやらこの企画をしたのはイェソドさんらしい。


「ははは、そんなに褒めないでよ。それじゃあ、ルールを説明するよ。まず、僕とダアト君がぴよぴよで対決します。勝敗はただ1つ。先に19連鎖を決めた方が勝ち。それまでのゲームが勝手にしてくれる勝敗判定は全く意味がない。そっちの勝利数は、僕たちの勝負に全く影響を及ぼさないよ。100回勝とうが1000回勝とうが、19連鎖を先に決められたら負け。これがこの企画のルールです」


「言葉の綾でしょうが、1000回もやりたくないですね」


「まあ、罰ゲームがないのなら配信を終わらすために、わざと手を抜いて負けるなんてことも考えられるので敗者には罰ゲームを与えます。それは……1週間語尾にニャーをつけて配信することです」


「嫌だニャー。そんな配信したくないニャー」


  ダアトさんは全く嫌そうにしてないので罰ゲームのていを成してない気がする。


「まあ、1週間以内に女子だらけの体力測定の配信があるので、敗者はそっちの進行役をするようにと社長からのお達しが来てます」


「え? 女子メン全員の前で語尾にニャーを!?」


「このことを知ったマルクトさんは、『思いきり嘲笑してあげるから覚悟して』とのことです」


 うわあ……地獄かよ。


『ご褒美じゃん』

『え? 辱めを受けさせてもらえる上に嘲笑までしてくれるんですか?』


 なんでこの人たち盛り上がってるんだよ。嫌だろ普通に考えたら。


「なるほど。負けられない戦いってやつですね」


「そういうこと。ダアト君が嫌がりそうで、僕にもダメージがありそうな設定にするのに苦労したから感謝されたいくらいだよ」


「感謝どころかこの企画に巻き込まれた時点で恨みしかないですけどね」


「ちなみに勝者には対人戦で19連鎖を達成した名誉が与えられます」


「要はないんですね。なにも」


「では、前置きはこれくらいにしておいて、そろそろ始めようか。いつ終わるかわからないし、時間がもったいないからね」


「体力測定の日にまで終わるかな……」


 ダアトさんの切実なつぶやき。普通に19連鎖を組むだけでも企画として成立するレベルなのに、それが対人戦をやりながらだからハッキリ言っていつ終わるかわからない。


「それでは始めるよ……!」


 こうして、イェソドさんとダアトさんの仁義なき戦いが始まった。順調にヒヨコを積み上げていく両者。積み上げるペースはイェソドさんの方が早い。これはイェソドさんが有利かと思いきや……


「えい」


 ダアトさんが3連鎖をした。ぴよぴよでは連鎖すると相手にお邪魔ヒヨコを押し付けることができる。このヒヨコは4つ集めても消えない特殊な仕様だ。このお邪魔ヒヨコを消す方法は自分も連鎖することだ。ヒヨコを消滅させればその周辺にいるお邪魔ヒヨコも消える。


「ほう、中々にやりおる」


 当然のことながら自力で消去できないお邪魔ヒヨコがいれば19連鎖は達成できない。妨害としては非常に有効な手である。お邪魔ヒヨコを消すためには、他のカラーヒヨコを消さなければならない。つまり、絶対にこれまで組んでいた連鎖の種が崩れてしまうのだ。


 これを想定内だと全く動じないイェソドさん。流石つよつよゲーマーだ。ものすごい余裕がある風格だ。


「対人戦のゲームというのはどうしても、自分の計算通りにいかない。それが実に面白い。自分の計算が崩れた時、どう立て直すか。新たなる解法を見つけるために試行錯誤する。やっぱりそういう計算が1番楽しいんだよねえ」


 イェソドさんはすぐさま連鎖を返してお邪魔ヒヨコを消去した、当然、イェソドさんも連鎖をしたから、ダアトさんの方にお邪魔ヒヨコが押し付けられる。


「やりますね」


 やはり、想像していた通りの展開だ。お邪魔ヒヨコの押し付け合い。これがある限り、そう簡単にはクリアできない。これが19連鎖の悪夢。ガッチガチのゲーマーであるこの2人でも達成できるか怪しい。いや、相手もガチだからこそ、妨害も真剣にしてくるしより勝敗がつかなくなるのだろう。



 もう俺が眠くなってきた頃、ついにこの瞬間がやってきた。


「行けえええ!」


 イェソドさんが叫ぶ。ついに19連鎖がくるか……と思ったそのタイミングで悲劇が起こった。


「させませんよ」


 画面に表示されるげーむおーばーの文字。イェソドさんがヒヨコを置いて19連鎖を達成する前にダアトさんが自爆をして勝敗を決した。


「な!」


 初めてイェソドさんの表情に変化があった。呆気にとられた顔。当然勝敗が決したらゲームは終わる。即ち続行不可能になる。負け回数は勝敗に影響を及ぼさないのでこうした自爆もありなのだ。後1秒待ってくれたら19連鎖を達成できたって状況は俺だったら絶望してしまう。


「危なかった……」


 ちなみに詳細ルールでは、19連鎖の演出が終わるのを待つ必要はない。19連鎖が開始した時点で勝利が確定するというものだ。連鎖が始まれば自爆での妨害は無意味。というかこのルールがなかったら、それこそやりたい放題になってしまう。


「うーん……相手がすぐに自爆できる状況で19連鎖を組んでもいけないか。なるほど。これも計算にいれよう」


 この戦いは本当に決着がつくのであろうか。俺は眠くなってきたので寝る。勝敗は……後日の女子だらけの体力測定で明らかになるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る