第313話 ブレないってだけで強い。ブレるってだけで弱い
人生においてモヤモヤすることは多々ある。自作3Dモデルが売れない時、宣伝のためにVtuberになったのに効果が薄かった時、本命の3Dモデルより息抜きで作ったモデルの方が売上が伸びた時、そして……どう見ても同一人物レベルで似ているはずの人が、他人の目から見たら全然似てないって言われた時。
そんな日頃のうっ憤を作品に込めることができる。ストレス解消と同時に新たなる作品ができる。それがクリエイターの特権なのだ。
俺は暁さんから渡されたキャラ設定を元にキャラクターの原画を掻いていく。暁さんがイメージしたのは、宵闇の世界に生きるお嬢様。つまり、魔族であるサキュバスのショコラと設定を合わせて来てくれたのだ。
昼間は人間世界に溶け込んで普通に生活をしている。しかし、夜になりお屋敷に戻ると魔族の始祖なる末裔のお嬢様として君臨する。そんなキャラ設定だ。
腰まで伸びた黒髪に赤紫色のドレス。瞳の色は月のように黄色い。そんな感じの威厳のある感じに仕上げてくれと言うのが暁さんの要望だった。ただ、胸に関しては控えめにして欲しいと注釈がついていた。胸部は威厳がなくても問題ないようだ。
そんなこんなで一応のキャラデザは完成した。これを暁さんに見せて、イメージの擦り合わせをしてここから修正を繰り返していく。そんな作業が待っている……そう、結局のところ暁さんの返信待ちになるから、それまですることがない。
匠さんのところで経験済みだったけれど、これがチームで動くということなのだ。自分がいくら作業を前倒しで進めたいと思っていても、他の人と連携する都合上、自分が関わらない工程に差し掛かった時はやることがなくなる。
ただ、こうしたアイドルタイムを有効活用してこそ、一流のクリエイターなのだ。暁さんとは別にもう1人、俺は誘っている人物がいる。それがナツハさんだ。彼は彼で自らの3Dモデルを作ってくれている。しかし、現在どこまで完成しているかは把握できていない。
俺は一応、発起人ということで暫定的にリーダー的な立ち位置になっている。おおよそでもいいから進捗状況の確認をしないといけない立場だ。
『お疲れ様です。ショコラです。突然すみません。ナツハ様の現在の進捗状況はどのようになっているでしょうか。おおまかな区分でいいので作業状況をパーセント表示で表してくれると幸いです』
ナツハさんは、元々は凄腕のクリエイターだと彼の話から察せられる。いくらブランクがあるとはいえ、スムーズな進行はできていると思う。
『ショコラさんお疲れ様です。現在、キャラ設定を練っている最中です。パーセント的には50くらいでしょうか』
ん? なに言ってんだこの人。俺が暁さんと打ち合わせしながら進めた作業で原画まで終わってるのに、まだキャラ設定を考えている段階? え? こっちは二人三脚だぞ。1人で走るのとでは競技がわかれるレベルで遅くなるやつ。それなのに、同時にスタートして、二人三脚の方が先にゴールしそうって世界の歪みを感じる。
『そうなんですか? 具体的に今はどんな感じにキャラ設定はまとまっているんでしょうか』
ここで叱り飛ばしてはいけない。せっかく、過去のトラウマを乗り越えようとして歩き始めた人の心を折りかねない。それに、キャラ設定を考えるのは、3Dモデリングの技術とは一切関係ない。ここで使える、使えないの判断をするのは早計だ。
『とりあえず、キャラ設定の候補を65個用意してます。この中から選ぶとしたらどれがいいですかね?』
そうしてテキストファイルが添付されてきた。そのファイルを見ると本当に65個のキャラ設定が箇条書きに書かれていた。サンショウウオの擬人化とだけ書かれた適当に考えただろってレベルのものから、空に憧れるパイロットを目指している飛べない有翼人とか捻りをいれてきているものまである。
なんだろうこのざわつく感じは。嫌な予感がする。そりゃ、やってみたいキャラ付けが複数あってどれを選ぶか迷う。そんなことは珍しいことじゃない。その中から比較検討をすれば、本当にやりたいものが見つかる。でも、問題なのは……その数が多すぎることだ。
いや、むしろこの場合逆だ。やってみたいキャラがないからこそ、やりたいキャラのイメージがぼやけてキャラ設定が定まらないが故にその数は1つ1つと増えていき、膨大な数になる。ピントがズレてないからこそ、物がブレて対象物が分身しているように見える。それと似た現象が起こっているんじゃないのか?
それにナツハさんは自分がやりたいものを選ぶというよりかは、俺に選択を委ねる発言をしている。それがやりたいキャラがいないことの証左だろう。
『まずは数を絞りましょう。65案も出したのは凄いことですが、案として弱いものはどんどん消した方が効率が良くなります』
よく言われるのは増やす作業より削る作業の方が難しいというものだ。折角、出したアイディアを削るなんてことは人間はしたがらない。でも、必要な作業だ。
『うーん。オレとしては、自分がやりたいキャラとかそういうのがわからなかったので、ウケそうなキャラというかそういうのを考えていたんですよね。でも、ウケるかどうかの判断が自分じゃつかなくて、気づいたらここまで膨れ上がりました』
うん。これはもっと早く進捗状況確認しなかった俺にも非がある。ナツハさんは、3Dモデリングの経験はあっても、キャラクターを1から設定して創り上げる経験がなかったのかもしれない。もしくは、ブランクのせいでそうした能力が鈍っているか。とにかく、これは俺も協力しなければ永遠に終わらないと思う。
65案の中で俺が最も気になったものがある。それは、『庭師』と職業名だけ書かれた項目。なんの設定の膨らみもない。でも、膨らむ前だからこそ、そこに無限の可能性を感じた。
『私はこの庭師が気になっています。私のキャラがメイドでお屋敷に在住しているからですかね。庭師のキャラと相性が良いのではないかと思います』
『庭師ですか。確かにメイドのショコラさんを見て思いついた設定ですが、オレにはここから設定を膨らませることができなかったんですよね』
『なら、私が膨らませてみましょうか。庭師は男性のイメージが強いですが、ここは女性キャラで行った方がギャップが狙えていいかと思います。箱で活動することを考えると、セクシー路線のショコラと親和性を高めつつキャラ被りを避けるには……ズバリ姉御肌系統で行きましょう』
即興の思い付きで考えたにしては、良い線を行っていると思う。これをナツハさんがどう受け取るか。それによっては、また設定を変えなければならない。
『あの……オレ男だけど』
『なにか問題ありますか?』
『声とか問題あると思います』
『ナツハさんの声は男性にしては高いですし、女性の声としても違和感がないので、姉御肌系のキャラと合うと思います』
ナツハさんからの返信がしばらく止まった。彼は自分の中の男としてアイデンティティと戦っているのかもしれない。
『わかりました。そのキャラで行きましょう』
やっとキャラが決まりかけたその時、俺にあるアイディアが降ってきた。このアイディアを採用しない手はないと言うレベルで、ハマっているというか。完全に決定する前の今、ねじ込むべきだ!
『おお、流石です。ついでに思いついたのですが、庭師ならば高い木に登ることもあると思います。だから、木登りが得意なサルのような要素を入れるとかどうでしょうか。こう人間とサルのハーフ的な感じで……』
もう、これナツハさんのためのキャラと言っても過言じゃないだろ。他の人だったらここまでハマらないはずだ。
『それは面白そうですね。オレ1人ではここまでの発想はできませんでした。ご助力ありがとうございました』
本人も気に入ってくれたようで良かった。キャラの方向性さえ決まれば、後は技術を持っているナツハさんに任せて安心だろう。
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