第312話 乗り切ったか!?

「そろそろ夕食時だな。宇佐美さんよろしかったら、ウチで食べていきますか?」


 父さんの申し出に宇佐美さんが考える素振りを見せて答える。


「その……折角の家族の団らんを邪魔したら悪いですし」


「まあ、そう遠慮なさらずに……」


「そっかー。宇佐美さん帰っちゃうのかー残念。もっとお話ししたかったのになー」


 父さんのセリフを遮って言葉を額面通りに受け取る社交辞令という概念を知らないアレ。こうした場では1度は断るという日本の文化を知らないのか。本当に空気が読めない奴だな。


「真鈴。今、父さんが宇佐美さんと話しているんだ。少しだけ静かにできるかな?」


「うん。できるよ」


 父親と娘の会話としては違和感がない。娘の方が21歳でなければの話だ。完全に子供を扱うような口ぶり。出来るか出来ないかの2択なら、子供は出来ると言い張って実行する習性を利用した高等テクニックだ。


「そうですね……折角お誘い頂けましたし、お言葉に甘えてご一緒してもよろしいですか?」


「ええ」


 こうして、宇佐美さんを交えた夕食が始まった。夕食のメニューは寿司にピザにオードブルと豪勢なものを事前に用意していたのが幸いしていた。父さんが帰ってくるとのことで、母さんが気合いを入れて注文した品々だ。


「いただきます」


 そう言うや否や真珠が恐ろしく速い箸捌きでアジの握りをかっさらった。アジが好きだからと言って初手にやらかすとは思わなかった。


「おいおい。真珠、いくらなんでもがっつきすぎだろ」


 俺は負けじとオードブルの唐揚げを箸でつかみ口へと運んだ。


「だって早く食べないとなくなっちゃうからね。ハク兄だって、もう唐揚げ食べてる癖に」


「あんた達。まずは宇佐美さんに食べてもらおうって発想はないのかね」


 母さんの言葉にハッとする俺たち。家族しかいない夕食と違って、今は他所の家の人がいるのだ。流石に不躾が過ぎたか。


「ごめんなさい。お母さん、宇佐美さん。大会でエネルギーを消費したからお腹減っちゃってて」


 真珠め。割としょうがない理由をぶら下げてきたな。確かに運動部の中学生は基本的に空腹の生き物だ。目の前に食べ物を出されたら食いついてもおかしくない。上手い言い訳を考え付いたものだな。まあ、俺は家でなんにも動いてなかったから、言い訳のしようがないけど。


「このマグロ美味しい。こっちのイカも歯ごたえがあっていいネタ使ってるねえ。流石ママ。良いお店知ってるねえ」


 宇佐美さんに対して全く遠慮せずにバクバクと食べる生き物。こいつは俺たちのやりとりの何を聞いていたんだ。


「お前ら……」


 兄さんが頭を抱えている。一方で、その隣の宇佐美さんはニコやかに笑っている。


「大亜君。楽しい家族ですね」


「すまない宇佐美」


「なんで謝るんですか? 私はこういう雰囲気好きですよ」


 かなり気を遣わせてしまった。俺もやらかした側としては反省をしなければならないな。


「ねーねー。宇佐美さんはどうやってお兄ちゃんと再会したの?」


「えっと……ですね。それは、まあ、知人の紹介というかそんな感じですね」


「そうそう。そこで高校の時の同級生だって気づいて、まあ話すようになって付き合ったって感じかな」


 姉さんの質問に2人が連携して答える。それに対して姉さんは自分から質問したくせにぐぬぬとでも言いたそうな表情をする。


「そうなんだー。いいなー。私もそういう人から紹介された相手と付き合ってみたいよ」


「紹介してもらえばいいんじゃないかな? 姉さんにもそういう顔の広い知り合いはいるでしょ?」


 俺の何気ない一言に姉さんはキッと俺を睨んだ。


「琥珀。黙らっしゃい。そういう知り合いの人は確かにいる。いるけれど、『アンタを紹介したら私のメンツが潰れるからお断り』って失礼なこと言ったの。どう思う?」


「あー……それは失礼じゃなくて事実だな」


 俺がその人の立場でも姉さんを他の人に紹介しないだろう。姉さんの被害者が無駄に増えてしまうことになるし。


 宇佐美さんに何か質問する流れみたいなものが来ている気がする。俺も何か1つ質問しておくか。


「宇佐美さんって何か趣味的なものってありますか?」


「趣味ですか。そうですね……」


 宇佐美さんは俺と目を合わせると。そして、一言。


「えっと……そうですね。まあ、休日はゲームとかして遊んでますよ」


 趣味が写真じゃない!? ってことは、やっぱりこの人は白石さんではないのか? うーん、やっぱりそっくりさんかな。俄然、匠さんに宇佐美さんの写真を見せたくなった。ここまで似ているのは最早奇跡のレベルだろう。双子でもここまで似てないと思う。


 その後も楽しい夕食会の時間は過ぎて、宇佐美さんは自宅へと帰ることとなった。


「それじゃあ、俺は宇佐美を送っていくから」


「お邪魔しました。今日は楽しかったです」


「いえいえ。こちらこそ、これからもウチの息子をよろしくお願いしますね」


 母さんと宇佐美さんがそうした挨拶をして、兄さんが宇佐美さんを家まで送っていった。俺は自分の部屋に戻って、早速姉さんが撮影した写真を匠さんにメッセージ付きで送りつけることにした。



 ん? 琥珀君からのメッセージだ……俺は琥珀君から送られてきた写真を見て驚いた。ウチに所属しているVtuber。白石ケテルこと宇佐美 初が見知らぬ男性と共に映っているのだ。


 この写真自体気になるところではあるけれど、それよりもなんで琥珀君がこんな写真を持っていて、しかも俺に送ってきたんだ。琥珀君は宇佐美さんがウチに所属しているVtuberだってことを知らないはずだ。


『兄さんの彼女がウチに遊びにきたんです。この人って、この前の写真展で会った白石さんに似てますよね? 本人は白石って人は知らないみたいですし、真珠に訊いてみたら似てないって言い張るんですよ。匠さんの意見を聞きたいです。こんなにそっくりなのに似てないっておかしいですよね?』


 こっちの男性の方は琥珀君のお兄さんだったか。なるほど……まあ、なぜ琥珀君がこの写真を撮影して俺に送りつけて来たか。その理由がわかったところで……なんかまたややこしいことになってきたな。


 琥珀君に返信する前に少し頭の整理をしたい。ここでの返答を間違えると、なにかが狂ってしまう。そんな気がする。


 琥珀君のお兄さんと付き合っている。ここはまあ、ウチの事務所は恋愛を禁止にしているわけではないから別に良い。配信で不用意な発言をしなければ、そこは咎めるつもりはない。


 けれど、問題は……琥珀君のお兄さんってことは、ビナー……真珠ちゃんのお兄さんでもある。え? 宇佐美さんって同期のお兄さんと付き合っているのか。それは中々にチャレンジャーと言うか、よく思い切ったなと言う感想しか浮かばない。


 そこについて考えるのは後にするとして、問題は……どうして、宇佐美さんと真珠ちゃんは2人して同一人物であることを否定したのか……だ。


 琥珀君の中では、白石はウチの社員だということになっている。Vtuberだとは思われてないから、同一人物視されても問題はない……いや、あるか。じゃあなんで、あの時偽名を使ったのか。その理由を突き詰められたら……宇佐美=白石ケテルの真実に気づかれてしまう可能性がある。


 つまり、俺がやるべきことは琥珀君の疑念を晴らすこと。もし、似ているって発想から実は同一人物だって飛躍されたら、そこから芋づる式でこちらが隠しておきたい真実がバレてしまう。


『俺の目から見てもこの人は白石と似てないかな。確かに雰囲気は似ている部分はあるけれど、普段見慣れている俺からしたら違う人物だと断定できる。琥珀君は白石とは1度しか会ってないから、記憶があやふやになってそういう勘違いをしたんじゃないかな?』


 人間の記憶とはあやふやなものだ。時間が経てば経つほど更にぼやけてしまうものだ。だからこそ、こう言っておけば、それに納得せざるを得ないはずだ。

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