第293話 これを人狼用語で胃痛ポジと言います

「それではお二方もうよろしいですか?」


「ええ。私は大丈夫です」


「では、次の質疑応答に移りましょう。意見を主張したい方はいますか?」


 木田さんと相馬の議論に決着がついたので、篠崎さんが会議を進める。俺は正直、誰かを指名するつもりもないし、指名されたくもない。このまま、何事もなく終わってくれると良いのだけれど。


「はい。誰もいないようでしたら、私に発言の機会を頂けますか?」


 蝉川 ヒスイに投票した川島さんが挙手をした。次は誰が標的になるのか。どうか、俺でありませんようにと心の中で祈った。篠崎さんが「どうぞ」と了承すると川島さんが語りだす。


「ありがとうございます。さて、私が意見を言いたいのは、先程の篠崎さんの発言に対してです」


 セーフ。俺じゃなかった。でも、篠崎さんと俺は投票先が同じだ。それで、俺たち2人ではなくあえて篠崎さんだけを指名するとは。


「あなたの先程の意見。この……謎のクワガタ仮面X氏の作品ですか……それを空間を広く使えるからこそ高く評価している旨の発言をされましたね?」


「ええ。そうです。それが何か?」


「それも1つの意見としてわかります。しかし、それは空間を効果的に使える人だからこそ成り立つ論理だと思います。中には、空間を効果的に扱えずにスカスカなポスターになってしまったり、逆に空いている空間に対する恐怖症を抱いている人もいるでしょう。そうした人の手にかかれば、このポスターは逆に文字情報でごちゃごちゃするリスクもあるのです」


 空間が空いていることに対する利点は確かにある。しかし、それは大きな欠点にも成りうる。サッカーで例えるとシュートを打つ側は空間が広い方がシュートコースを限定されないから好ましいが、キーパーにとってはシュートコースが制限されていた方が相手のシュートを止めやすい。要は人や状況によると言った感じで空間が広い方が絶対的な正義とは限らない。


「なるほど。あなたの考えも確かにわかります。ですが、ポスターに字入れをするのもまたクリエイター。クリエイターは制限を受けるのを嫌うもの。自由なフィールドを用意してあげるのもまた優しさというものではないですか?」


 篠崎さんが川島さんの発言に反論する。表現したい内容があるのにそれを制限されると言う経験は俺もある。その理由の1つに、作品には必ずターゲットが存在していて、そのターゲット層が好まない描写は入れてはいけないと上から言われるのが業界の常だ。現場によってはそれが神経質な程に徹底されているからな。


「確かに不自由が多ければ、多くの制限を受けてクリエイターの労力は増えます。ですが、自由過ぎるのもまた労力が増えるのです。例えば、篠崎さんは『売れる作品を作ってくれ』と言う案件を受けますか? 少なくとも私は受けませんね。これが『売れる恋愛モノ』を作ってくれという要望だったら、私は一考の余地があると思います。後者の方が不自由ですが、題材を考える手間が省けます。それと今回の件は同じだと思います。私が推しているこの水上バイクは、確かに文字入れのスペースは限られてますが、その分どのスペースを使うかという考える労力を削減することができます。そっちの方が親切だと私は思います」


 かなり理がある意見だ。依頼内容が漠然として過ぎる依頼は正直困る。俺ならこっちの意見に納得しそうだけど、篠崎さんはまだ反論があるのだろうか。


「なるほど。川島さんの意見はわかりました。ですが、私はポスターのが既に用意されている以上、“最低限の不自由”は確保されていると考えています。その画に併せて言葉を選ぶという不自由も残ってますからね。私たちの意見の争点はどうやら、自由と不自由のバランス。そこの重点をどこに置くかという話のようですね。川島さんは不自由寄り、私は自由寄り。そのどこにバランスを取るのか、その絶対的な答えはクリエイターの数だけあります。だから、永遠に答えがでない議題でもありますね」


 篠崎さんは川島さんの意見も認めつつ、自分の意見にも理があると決して譲らない姿勢のようだ。


「あの……すみません。俺から1つ良いですか?」


 2人の議論になぜか相馬が割って入って来た。この人はこの状況でどんな発言をするんだ?


「2人の争点を考えるとやっぱり、文字を入れる担当者の情報が必要になってきますよね? 結局、その担当者がどっちに重きを置いているかによって変わってくる話だと思います」


「確かに。我々の意見ではなく、担当者の意見をヒアリングすべき案件だな」


 篠崎さんが頷きながら相馬の意見に同調する。しかし、この議論の場にその担当者を呼ぶことはできるのだろうか。


「その担当者の個人情報は明かせないし、この場にも呼ぶことはできません。しかし、担当者が過去に制作したポスターを開示することは許可されてます。2人の議論中にタブレット経由で上に確認取ったから大丈夫です」


 この相馬とかいう若造。中々に仕事が早い。中々に有能な人物で将来が楽しみになってきたな。


「みな様のタブレットにその情報を入れたので確認して欲しいです」


 要は過去作を見て、謎の担当者Xがどんな作品が得意かを考慮しながら作品を決定するべきというわけか。


 俺は早速送られてきたフォルダの中にあった画像ファイルを開いた。画像ファイルは複数あり、そのどれも完成度が高いポスターだった。そして……空間を活かしたものもあれば、画像の主張が強いものもある。どっちのスタイルも行けるなら、どっちがより得意か見極めろということか。俺はポスターに関して言えば素人だから、どれが最も優れているかはわからない。


「よし……私の意見は固まりました」


「同じく」


 篠崎さんに続いて川島さんも続く。2人の意見は固まったようである。


「それでは他に意見のある人はいますか? ……いないようでしたら、再度投票をします。この投票で最も多く票を獲得した作品。それがグランプリに内定したと見てよろしいですか?」


「ええ。お互いの意見と議論を交わしたので、後は多数決で決めるのが最も揉めないと思います」


 篠崎さんの進行に木田さんが同意する。全員が同じ意見だったので投票が開始された。


 俺は変わらずにクワガタのグレートバリアリーフに投票した。篠崎さんの意見が変わってなければ、この作品に2票入るはずだ。この投票において最も避けなければならないのは、2票が2つで俺が1票のところに投票することだ。それは、1票だった俺が2票のどっちかにつくことでグランプリが決定することとなる。俺はそんな重要な責任を負いたくない。つまり、誰かが票を入れたところに投じれば絶対にその責任からは逃れられる。頼む。篠崎さん。意見を変えないでくれ。信じているぞ。


蝉川 ヒスイ……2票(川島 相馬)

賀藤 琥珀……2票(木田 篠崎)

謎のクワガタ仮面X……1票(佐々木)


 俺は投票の結果を見て愕然とした。俺が最も恐れていた事態が起きたからだ。


「なるほど。1位が同票ですか。確認しますが、川島さん、相馬さん、木田さんは意見を変えるつもりはありますか?」


 篠崎さんの問いに全員が首を横に振った。


「なるほど。では、佐々木さんがこの2人のどちらに票を入れて頂く……と言うのが最も丸く収まる形ですな」


「え、ちょ、ちょっと待ってください。相馬さんと篠崎さんはこの作品に入れた理由を解説しないのですか? そうすれば、双方の意見が変わるかも……」


「議論の時間は十分取りました。この後は、2次審査で賞を与える作品の選定もしなければなりません。会議室の使用時間も限られているので、ここで決めて頂かないと……」


 篠崎さんの強い意思によって、俺の責任逃れは却下された。確かに慎重に議論すべきことではあるが、物事には必ず制限時間がある。もう十分議論は尽くしたといのも理解できるし……俺が、この2人の運命を握っているのか。こうなるのが嫌だから審査員はやりたくなかったんだ。結局、最終的に決定する立場になってしまうくらいなら、先に票が決定されている立場になりたかった。


 でも、ここまで来たからには腹を括るしかない。この2人は相応の覚悟で臨んでいるはずだ。なら、俺も覚悟で応えるまで。


「……はい。決めました。もうこの際だから口頭で良いですよね? 私が票を投じるのは――」

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