第292話 強すぎるのが弱点

 相馬の意見の後に続いたのは、蝉川に入れた川島さんだった。蝉川の作品は水上バイクで最終審査に残った中では、最も躍動感がある。


「この作品の良いところは何と言っても動きがあるところですね。人間は得てして動いていると判断したものを目で追ってしまうほどです。先程の論調と同じようにポスターは目に留まってこと意味があるもの。視線を集めるという意味では先程のマッチョには負けてないと思います」


 こちらも言っていることは間違っていない。この蝉川というクリエイターは躍動感がある作品が得意のようだ。静止画でもここまで動いているように見せるのは熟練のクリエイターでも中々に出せないものだ。


「では、次は……木田さんお願いします」


 次に篠崎さんから指名されたのは木田さんだ。2票入っているところに投票した俺たちは後回しということか。この作品は賀藤 琥珀。確か、匠の妹の弟子だったな。


「はい。この私が思うのにこの作品の魅力は何と言っても空間の使い方が他のと比べて優れている点ですね。テーマである海を映し、空にまで発想を飛ばして海に沈む夕日まで作り、色彩も赤にする工夫も取っている。そして、この渡り鳥の群れも素晴らしい。空の空間が寂しくならないように効果的なオブジェクトを配置した判断は間違ってないと私は思います。海、空、夕日、鳥。それらのテーマを喧嘩させることなく、バランス良く調和できている点も評価できます」


 確かに、バランス的にはこの作品は優れている。海に比重を置いているものの、他の要素も決して手抜きではない程度のクオリティを保っている。この力の具合が絶妙で、もし全部に力を入れたら全体的に喧嘩をしてしまって却って台無しになってしまう。効果的な力の抜きどころをわかっている感じと言うべきか。まあ、俺が指導した匠の影響を受けているであろう妹の弟子とも来れば……力の抜き方を知っているのも納得か。


「なるほど。では、最後にクワガタに投票した我々の意見を言いましょうか。佐々木さん。どちらから先に行きますか?」


「そうですね。私からでいいですか?」


 こういうのは大概、譲り合ってしまうことが多い。その無駄な時間を節約するために俺はさっさと自分の番を確保した。


「わかりました。では、お願いします」


「では……こほん。このクワガタ氏の作品。エメラルド色の海で恐らくグレートバリアリーフを模しているものだと思われます。水の表現、砂浜の質感。それらは極限までリアルに近づいて技術的には4作品の中で最も優れていると思います。今回は海がテーマということで、純粋に水の表現が群を抜いているこの作品が最も優れていると考えます」


 水の表現に限って言えば、2次落ちしたズミ君の作品の方が上ではある。俺は水の表現に着目したからこそ、クワガタに入れたのだ。つまり、ズミ君がCグループを生き残っていたら、俺はクワガタではなくズミ君の作品を高く評価していただろう。そう考えると、ズミ君が2次審査で落ちたのは惜しい。


「なるほど。佐々木さんの意見はわかりました。では、私がこの作品を評価している点を言いましょう。佐々木さんの意見に加えて、ポスターとして見た時でもこの作品は優れている点があります。それは、余計なオブジェクトが存在しないことです。ポスターと言えば通常は字を入れるもの。つまり、字を入れる空きスペース……それが必要不可欠です。この作品は変にごちゃごちゃしておらず、どの位置に文字を入れてもポスターとして成立するのです。他の作品は、目立たせるオブジェクトが存在するが故に字を入れられるスペースが限られてしまう。この作品は正に無の空間を活かしている。後の工程でポスターに字入れする側としては自由度が高くて助かるでしょう」


 なるほど。確かにそういう考え方もあるか。他の作品は、当然マッチョや水上バイク、鳥などのオブジェクトに文字を被らせると違和感が生じる。しかし、クワガタの作品は全部が背景と言っても良い。背景であるが故に文字を被せても違和感はない。そう考えると最も後工程のことを考えているのはこの作品というわけか。字入れ作業をした経験がそんなにない俺にはない発想だ。


「では、全員の意見が出そろったところで、議論の時間に入りましょう。他の方の意見に反論、質問があればどうぞ」


 進行役の篠崎さんの言葉に真っ先に手を上げたのは木田さんだ。賀藤 琥珀に投票した彼は誰の意見に対して議論をするのか見ものだ。


「では、木田さんどうぞ」


「はい。私は相馬さんの意見に反論したいと思います」


「俺の?」


 いきなり指名されて相馬は困惑している様子だ。しかし、木田さんは淡々と続ける。


「あなたは先程、マッチョはインパクトが十分だとおっしゃいました。確かに私もそれを認めます。しかし、それとポスターの題材として優れているかどうかは、話が別だと思います」


 相手の意見を一部認めつつ、反対意見を言う。全てを否定しない辺りが上手いな。相手を必要以上に刺激しないという議論慣れしている感じがする。


「ん? ポスターにインパクト以上の何が必要だって言うんですか?」


「確かにポスターにインパクトがあれば効果的です。しかし、それは手段であって、目的ではありません。ポスターの真の目的は訴えたいことを受け手に伝えること。今回で言えば、海の環境保全のことを意識させる作りにする必要があります」


 手段と目的は大事だな。ここをハッキリと軸として定義しておかないと、これらが逆転して本来の目的を見失ってしまうことになる。


「確かにマッチョはインパクトが強い。しかし、そのインパクトが強すぎます。それによって起こる不都合。それは、見た人に【このポスターが何を訴えたいのか伝わらない】。そうした問題が発生するのです」


 木田さんの主張に相馬はピンと来てない様子である。だが、俺含めた3人は木田さんの言おうとしていることに気づいている。または、その素振りを見せている。なるほど。確かに木田さんの主張は正しいかもしれない。


「どういうことですか?」


「マッチョは強い。まずは、ファーストインパクトが強い。それは良いことです。最初の視線を集められますから。そして、次に人はポスターに書かれている文字に目をやるでしょう。そこまでは良い。しかし、マッチョはまだ衰えない。次に控えているのはマッチョによるセカンドインパクト。最後に人はまたマッチョを見るのです。そして、ポスターを見た結果、印象に残るのはポスターが訴えたかった環境保全ではなく、単なる肉体美。ポスターの目的を考えれば、これは適さない可能性が高いのです」


 理路整然と説明する木田さん。相馬もハッとした表情を見せて、マッチョの弱点に気づいた様子だ。


「で、でも。文字をマッチョに負けないような飾りつけをしたら……それは解消されるのでは」


「インパクトが強いもの同士がぶつかりあうと、そのバランスは崩れます。奇跡的にバランスが取る方法があったとしても、文字入れをするのはそちらの運営スタッフですよね? 失礼を承知で申しますが、そのバランスを取るのは担当者は相当苦労しますよ。最悪、バランス調整に失敗する可能性だってあります」


 相馬の反論も武装した論理でねじ伏せる木田さん。クリエイターは自分の意見を通すためにも弁が立つ必要がある。長年、業界を生きてきた熟練の兵相手に若い世代の相馬が太刀打ちできるはずもないか。


「そう……ですね。木田さんの言ってることが正しいと思います」


「相馬さん。あなたが自分の考えでこの作品を選んだそのセンスは間違ってないと思います。例えば、プロテインやスポーツジムの広告ならマッチョと高い親和性により、相乗効果が期待できて印象に残るポスターに仕上がったと思います。この作品自体も優れた作品ですからね」


 議論で負かした相手にもフォローを入れる。それは木田さんなりの敵を作らない処世術のようなものか。その技術は正直見習いたいな。

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