第291話 多分、彼らは今後出ません
コンテストの審査員の手伝いは1次で終わるかと思いきや、なぜか最終審査の審査員にも選ばれてしまった。いや、正確に言うと既に決定事項だったわけで、あちら側の連絡ミスでそのことがこっちにまで伝わってなかったのだ。なんか妙だなと思ってたことは確かにあった。1次審査の審査員の報酬がやけに割高だと思ったら、実は最終審査の分もまとめて振り込まれていたのだった。
既に金銭を受け取っている以上は、キッチリと仕事をしなくてはならない。間違えて振り込まれたお金を返さなければ逮捕されるからな。
そんなわけで俺は嫌々ながらもコンテストを運営してる組織のオフィスへと向かった。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「私は、
「はい。いつもお世話になっております。審査員の方は右手のエレベーターから、4階にある第2会議室にお集り頂けるようお願いしております」
「いつもお世話になっております」という言葉。社会人なり立ての時は、初見の相手に対しても使うのは違和感があるフレーズだった。初めての付き合いでも、今後ともお付き合いしていきたいという意思表示でも使いますとかいうある種の言い訳染みた理屈で使われると聞いたことがある。ただ、単に初めてか2回目以降かどうかチェックするのが面倒なだけだろと思った。でも、今ではすっかり受け入れてしまってるので俺も面倒な社会に染まってるなと感じてしまった。
俺は受付の姉ちゃんの指示に従い、エレベーターに乗り会議室へと向かった。会議室の扉をノックして、中に入る。俺以外のメンバーは既に集まっている様子だった。
本日集まったメンバーも錚々たるメンバーだ。今回の審査員長を務める
その他にも、3つ目が決まらないことに定評がある三大RPGの1シリーズに長年関わっている
そして、場違いと言えばなんか座り方が汚い若者が退屈そうな顔をしている。この人は見たことないな。若手でレベルが高ければ、俺の耳にも情報が入ってくると思うけれど。
「さて、全員揃ったし、始めますか? まだ時間にはなってませんが早く始める分には問題ないでしょう」
篠崎さんが同意を求めるように周囲の様子を窺う。それに真っ先に反応したのは、あの座り方が汚い若者だ。
「さんせー。早く始めて、適当に終わらせて早く帰りましょうよ」
なんとも態度が悪いなこの若者は。なんでこんな人物が審査員に選ばれているんだ。参加者にとっては、今後の人生を左右しかねない程に重要な審査だと言うのに、適当に終わらせるとは……俺も思考が
「んじゃ、始まる前にみんなに言っておくことがありまーす。俺の名前は、
色々と不安だなこいつ……運営側の人間もどうしてこの相馬という男を代表にしたんだ。
「一応、今回の審査で決めることを運営側から伝えますね。まずは、最終審査に残った4作品。これは受賞確定なので、後はどの賞を与えるかの議論です。そして、惜しくも2次審査で落ちてしまった作品たち。それらの中から賞をあげてもいい作品を議論して数作選びます」
ここまでは事前に説明されていた通りの内容だ。俺としては、ズミ君とJIN君。この2人をなんとか復活させてあげたい気持ちはある。言わば同じ箱のママという戦友という立ち位置だから。しかし、審査に私情を挟むことはできない。賞を与えるなら、“作者”ではなく、“作品”の情報で判断しなければならない。
「後、運営側からタブレットを用意させてもらいました。みな様は既に作品の確認を終わっていると思いますが、議論の中でもう1度作品を確認したい場合があると思います。その時に、このタブレットを使えば作品を再度見ることができます。また、投票機能があるので、議論で多数決を取りたい時に使えます。折角“俺が”機材の手配して、更に“俺が”システムの整備などしたので、活用してくださいね」
自分の功績のアピールが凄いな……あそこまで自分がやったことを強調するか。
「それでは、こちらから伝えることを伝えたので、審査員長の篠崎さん。進行をお願いします」
「ええ。わかりました。それでは、まずは最終審査に残った4作品について話しあいましょう。そして、みな様は現時点で誰が最も高く評価しているか。その作品の作者に投票しましょうか。それを起点に議論していきましょう」
「なるほど。闇雲に議論するよりかは、どの作品が支持を受けているかわかっていた方がやりやすいかもしれません」
篠崎さんの言葉に木田さんが同調する。
「私は反対する理由がないので反対しません」
続いて川島さんも反対意見ではないことを示す。
「佐々木さんはどうですか?」
「私もそれで構いません」
さて、作品の投票か。これで決定するわけではないけれど、今後の議論を左右する重要な工程だ。作品数は4つに対して、投票者は5人。つまり、バラけたとしても、確実に2票以上取ってトップを取る人間が出てくる。その人物はかなり有利になると言える。
俺は自分が現時点で最も評価している作品に投票をした。
「全員投票が終わったようですね。それじゃあ、結果を開示しますよ。誰が誰に投票したかを見てみましょう」
蝉川 ヒスイ……1票(川島)
賀藤 琥珀……1票(木田)
侍宗寺院 秀明……1票(相馬)
謎のクワガタ仮面X……2票(篠崎、佐々木)
投票結果を見て、全員がバラけたことを意外に思った。確かにそれぞれ、高い技術やインパクトを有する作品たちだ。拮抗勝負になってもおかしくないが、この人数で偏りがないのは経験則で言えば珍しいことだ。確率は収束するのは、試行回数を増やした場合。十分なサンプルが取れない少ない人数ならむしろ偏る方が自然だ。
「では、まずはそれぞれにその作品に投票した理由を説明して頂きましょう。他のみな様は説明中は口出しをせずに静かに聞くという方針でお願いします。後で、質疑応答や指摘の時間は設けますから」
篠崎さんの言葉に全員が同調する。まずは、それぞれの意見を聞く。そして、その意見で考えが変わることもあるだろう。だから、この発言はかなり重要だ。しっかり聞き逃さないようにしないと。
「では、誰から説明しましょうか。トップバッターを務めたい人はいますか?」
「はい。俺が行きたいです」
真っ先に手を上げたのは相馬だった。結構、積極的だな。
「では、相馬さん。投票した理由をお聞かせ下さい」
「はい。この作品はまず一目で見てわかる通りインパクトがあります。これは、ポスターを選出するコンテストです。ポスターは誰かの目に留まらなければ意味がない。地味な傑作よりも、派手な凡作の方がポスターとしては優秀なのです。だから、俺は最もインパクトが強いこの作品を選びました」
なるほど。相馬は技術面のことはわからないから、それを度外視して評価を下したのか。言っていることも間違ってないし、最初の態度は悪かったけれど、なんか憎めなくなってきた。
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