第290話 液体で学ぶ人間関係
男2人。カフェでテーブル席に座る。そして、店員より先にやってくるネコ科の生物……というか猫そのもの。八城と共に過ごす貴重な休日。
「よーしよし。クリス君は今日も可愛いねえ」
慣れた手つきで猫の名前を呼びかけながら撫でる八城。猫の方も八城に慣れているのか、目を細めて気持ちよさそうに身を委ねている。
開店直後ということもあってか、客は現在俺たちしかいない。なんか成人男性2人で来ていい場所じゃない気がしてきた。謎の背徳感に包まれながら、俺は八城にある疑問を投げかける。
「どうして俺を猫カフェに誘ったんだよ」
「え? 友達だから?」
「いや。それはわかってんだよ。八城には同志と呼ばれる仲間がいるだろ。動物関連についてはそっちの方が趣味があうだろ」
「大亜君。わかってないな。確かに同志とは趣味嗜好が似通っているから、話も合う。けれど、その関係性に満足して内輪だけで盛り上がっていると界隈が発展しないんだよ」
「界隈……?」
「だから、こうして活動とは関係ない友人にも猫の素晴らしさを説くことによって、人はネコと和解できるんだ」
「いや、布教されても俺はお前のサークルには入らないぞ」
熱弁をする八城に対して俺は冷ややかな視線を送った。こいつは、この
「まあ、そういう下心がないと言えば嘘になるけど、僕は純粋に猫の魅力を多くの人に知って欲しいんだ!」
カランコロンと客の入店を告げる鈴の音が聞こえる。この空間に入ってきたのは女子高生2人。俺らと違って、この場に似つかわしい存在だ。1人はなんかギャルっぽい見た目だけど、もう1人の方は目つきは鋭いもののクール系な感じだ。
「猫カフェなんて初めてきたなー。夏帆は良く来るの?」
「ううん。実は私も初めて。猫は好きだけど1人で入るのはちょっと敷居が高かったんだ」
女子高生は店員に案内されるがままテーブル席についた。そして、店のシステムの説明を受けているようだ。まあ、俺らの場合は八城が常連だったから、勝手にやってくれみたいな雰囲気が出てたけど。
「大亜君。最近何か面白いことあった?」
「面白いこと……ないな」
琥珀がコンテストに通過した話は別に面白くないし、俺が宇佐美と付き合った話も恋愛系の話だから面白おかしく話したら宇佐美に失礼だから、この場には相応しくないな。
「そっか。まあ、社会人の生活なんて早々面白いことは起きないからね」
八城が猫を撫でている。しかし、猫は飽きたのかその場で立ち上がり、どこかへとスタスタと歩いていった。
「逃げられたぞ」
「いや、これでいいんだ。動物にも機嫌やパーソナルスペースがあるからね。人間の都合でグイグイ行ったら、動物に嫌われるよ」
「ああ。その気持ちはわかる。動物も一緒なんだな」
他人のパーソナルスペースを考えない同級生が昔いたことを思い出した。昔いたどころか、最近エンカウントしたけどな。
「大亜君は高校時代モテただろうから、女子からパーソナルスペース侵害された経験多いんじゃないかな?」
「後半には同意するけど、前半はないな。あいつは俺に嫌がらせして楽しんでいる感じだったしな」
そんな会話をしていると足元が妙にくすぐったい。下に目をやると白猫が俺の足元でなにやらモゾモゾと動いている。
「なんだこの猫」
「大亜君に遊んで欲しいんじゃないかな?」
「いや、俺は猫と遊ぶ方法なんて知らないぞ」
「とりあえず、抱っこしてみたら? その子は抱っこを嫌がらないし」
まるでこのカフェの店員のように詳しい八城。俺は八城の言う通りに白猫を抱っこしようとした。しかし、その瞬間、白猫は逃げていった。
「自分からすり寄って来たくせに逃げたぞ」
「いきなり抱っこしようとしたからビックリしちゃったのかな? 声をかけながら、ゆっくりとした動作で接すれば相手も安心するんじゃないかな」
「そういうものなのか」
俺から逃げた白猫は透明の四角い透明なアクリルケースを見つけて、その中に入った。大きさ的には体が収まるはずがない……そう考えていたけれど、白猫はすっぽりとアクリルケースに収まった。その収まり具合はまるで……
「液体みたいだな」
「猫は液体だからね」
「まあ、体の大部分は水分で占めているからな」
四角くなった猫はこちらの様子を伺うように目を合わせて来る。俺も特に目を逸らす理由がないのでじっと見つめる。完全にお見合い状態で膠着している。
「八城。あの猫滅茶苦茶こっち見てくるんだけど」
「猫はあのケースの中に入ると人間がリアクションしてくれると思っているからね。きっと大亜君のリアクションが見たいんだよ」
「いや、リアクションと言っても俺は芸人じゃないから面白いリアクションなんて取れないぞ」
「そんな冷めた態度だと猫の方も白けちゃうよ。人間関係と同じようにね。僕の同志も最近彼女に振られたんだけど、その理由がテンション高い彼女に合わせられなかったってことでね」
なんか俺の心にグサッと何かが刺さった気がした。宇佐美はそんなテンション高い方じゃないけれど、時には何かしらのリアクションとかしてあげないと愛想を尽かされてしまうのかもしれない。その辺のことは今度、小弓に訊いてみるか。まあ、今は別件で八城に教えて欲しいことがあるけれど。
「俺はあの猫に対してどういうリアクションを取れば良い?」
「とりあえず喜んでる姿を見せてあげればいいと思うよ」
「いや、猫を見て喜ぶような歳でもないし」
「大亜君。この世で最も恥ずかしいことは、恥を捨てるべき場面で恥を捨てないことだよ」
なんか深いこと言い出したぞこいつ。まあ、確かに夢の国で仏頂面で歩き回ってるやつがいたら、明らかに異質だしな。と言っても、夢の国なんて成人してから1回も行ってないけどな。ハハッ。
「よ、よし……行くぞ。そんな箱の中に入れるんだ! すごーい!」
「もっと声を高くした方が動物は安心するよ。動物は複雑な言葉が理解できない分、声色で感情を推察するからね」
「ねえねえ。そんなにすっぽり収まって背骨の構造どうなってんの? ねえねえ」
俺は精一杯の高い声を出して猫に近づいた。しかし、猫はスッとケースの中から飛び出してそのまま女子高生がいるテーブルの方にと駆けていった。
「きゃあ可愛い。ねえねえ、どうしたの? 私たちと遊んで欲しいの? ねえねえ」
一見クールな女子高生だけど、猫が膝の上に乗ってきたので完全にメロメロになっている。
「なあ、八城。世の中って理不尽だよな」
「猫は飽きっぽいところがあるからね。それを理不尽と捉えるか可愛いと捉えるかによって、人生の楽しさが決まるんだ」
「俺はお前の楽しさを知らなくても良い気がしてきた」
「まあ、元気出してよ。猫も成人男性よりかは、女子高生の方が良いリアクションをしてくれるってわかってるんだよ。女子高生はなんでもかんでもワーキャー言う生き物だからね」
八城の体には3匹ほどの猫がまとわりついている。その猫たちは飽きる様子を見せずに八城に懐いている。
「お前、その状況でそのセリフ言って説得力あると思ってるのか?」
「まあ、この子たちは僕のリアクションが好みみたいだからね。人間同士で仲が良いのと悪い相性があるように、人間と猫の間にも相性があるから、こればっかりはしょうがない。大亜君もいつかきっと良い猫が見つかるよ」
「猫の見た目は可愛いのは認めるけど、なんか接したり飼う自信がなくなってきた」
八城は布教のつもりで俺をここに連れてきたみたいだけど、俺には宇宙しか見えなかった。まあ、そのお陰で八城の同志にならなくて済んだ気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます