第294話 受賞連絡

 僕は自分のコンテスト用の作品を見て、1人で反省会をした。2次審査まで通過した時点でまだ受賞の可能性は残されているけれど、そんな望みが薄いものを待っていて何もしないのは時間がもったいない。僕は若いクリエイターと違って、無駄にできる時間も少ないんだ。


 さて、このゾンビサメの作品の何が2次落ちしたのかを考えてみようか。やっぱり、生息域が海だからまずかったのだろうか。賀藤君みたいに発想を空まで飛ばせていたのなら、サメのフライングモデルで勝負することもできた……いや、ダメだ。鳥が空を飛んでいる画ならともかく、サメが飛んでいる画はインパクトが強すぎる。ポスターの性質を考えた時に、それでは2次は通過できても最終審査でグランプリは取れない。


 まあ、僕の場合はグランプリなんて狙わずに2次審査を確実に抜けて受賞確定にした方が良かった気がしないでもない。その辺は作戦をミスったかもしれない……例え特別賞であっても実績は実績なのだから。


 下手に欲をかきすぎたというやつか。正にチキンレースみたいな駆け引きがこのコンテストで行われていたのかもしれない。最終を捨てる覚悟で2次で通過できるインパクトを出して受賞を確定させる。若干、こすい気がするけれど、経験が豊富なクリエイターはそういう判断も下せるのだろうか。


 でも、やっぱり2番手3番手狙いをするのは……性に合わないなあ……と、後悔を正当化する言い訳を考えていると僕のスマホが鳴った。見知らぬ番号だったけれど、僕は電話に出た。


「はい。八倉です……ええ、ああ。はいそうです……え? 本当ですか! はい。ありがとうございます。もちろん、了承します」


 一通り電話口の相手と話した後に電話を切った。夢でも見ているんじゃないだろうか。僕は、コンテストで特別賞を取った。ずっと喉から手が出るほど欲しかった大会での実績。それがようやく僕の手に渡ったのだ。


 僕は自分の手のひらをじっと見つめてその後に握りしめた。僕が今握ったのは空気じゃない。受賞の栄冠だ。



「そろそろかな」


 私はテレビの前で、時計をチラチラと見ながらある瞬間を待っていた。マッチョたちの中継。じゃなかった。ラグビーの試合中継がもうすぐ始まる。


 私の推している選手マッチョが出場する日だからこそ、より気合いが入る。なにせ、今日は外出する予定がないのに髪をセットしたし、メイクだってきちんとしてある。マッチョを鑑賞するのにすっぴんは失礼に当たる。それに、マッチョを見つめる時、マッチョがこちらを見ている可能性だってあるから気を抜けない。


 そんな時、電話が鳴った。なぜこのタイミングで電話が……私の至福の時間を妨害するつもりなのか……でも、運が良かったな。今は開会式の途中だ。試合はまだ始まってない。試合の途中で電話がかかってきたら、着信拒否にしてやるところだった。


「もしもし……あ、はい。侍宗寺院 秀明は私ですけど。はい。特別賞ですか。ありがとうございます。ええ、もちろん辞退はしません」


 うーん。グランプリは獲れなかったか。ある程度予測はできていたけれど、やはり現実を突きつけられるとちょっと凹むものがある。でも、私は私の中で満足するできのマッチョを作れた。私が満足するオンリーワンが作れるのならば、それに越したことはない。そんなことより、今はマッチョの祭典を見なくては。



「ああ。はい。私がズミです。え……? すみません。もう1回お願いできますか?」


 僕は信じられない言葉を聞いた。聞き間違いではないだろうか。だって、ありえない。僕は2次で落ちてしまったというのに。


『ズミ様。あなたの作品は当コンテストにおいて素晴らしい成績を修めました。厳正なる審査の結果、あなたの作品を優秀賞として授賞させて頂きたいのですがよろしいですか?』


 優秀賞と言えば、グランプリ、準グランプリに次ぐ良い賞だ。2次で落ちた僕には最高でも特別賞が与えられるものだと思っていた。それが、1段階上の優秀賞……? 一体なにがどうなっているのかわからない。


 思考が完全に停止していると電話口の相手が不安そうに僕の名前を呼んだ。その時に我に返った。


「は、はい。もちろんお受けします。ありがとうございます」


『それでは、コンテストの結果が発表されるまでは、この連絡内容はくれぐれもご内密にお願いします』


「はい。失礼します」


 電話を切った後もまだ信じられなかった。あ、そうだ。僕が優秀賞だってことは、僕に勝った琥珀君はどうなんだろう。流石に僕より下の特別賞ってことはないと思う。だから、優秀賞以上……ひょっとすると準グランプリやグランプリに輝いたのかもしれない。


 でも、琥珀君も守秘義務が課せられているから発表の日までは聞き出すことはできない。それがなんとももどかしい。結果がわかるのは自分のだけなのだ。



「Amber君……私は今、とてもドキドキしている」


 師匠が何かを訴えかけるように上目遣いで俺を見てきた。でも、俺はそれに応えることはできない。


「そんな目で見ても結果は教えませんよ」


「いや、流石にこのタイミングでネタバレされても困る。コンテストの結果が発表まで後1分もないんだからな」


 じゃあ、なんで俺を上目遣いで見たんだ……ってツッコもうとしたけれど、師匠は身長が低いから俺を見るとどうしてもそうした目線になってしまうのか。流石に身長というどうしようもない要素を指摘するのも可哀相なのでここはスルーしよう。


「師匠。時間になりましたよ」


「ああ。開くぞ」


 師匠は使い慣れた自分のパソコンを使って、ページを開いた。そして表示されるコンテストの結果発表のページ。まずは受賞内容の内訳が表示された。グランプリ1名、準グランプリ1名。優秀賞2名。審査員特別賞3名。佳作2名。以上の9名が何らかの賞をもらったということだ。


 俺としては、もう既に知ってしまっている自分の結果よりも誰が何を受賞したのか気になる。ヒスイさんと秀明さんは受賞確定だから、後はズミさんと八倉さんが食い込んでくれるかどうかだ。


 師匠が画面をスクロールさせる。


「ふあ! あ、ああ! Amber君! あったよ! キミの名前が!」


 師匠が興奮気味で俺の腕を掴んで揺らしてくる。そりゃ名前あるだろ。最終審査まで残ったんだから。逆にコンテストの規約上、なかったらおかしい。


「そんなに騒がないで下さいよ」


「だって! Amber君! キミがグランプリじゃないか! 私も師匠として鼻が高いよ!」


 師匠は初めて知った情報かもしれないけれど、俺はとっくに知っていた情報だし、その情報を受けて小躍りもした後だ。今更はしゃげる要素がない。


「もう! Amber君。一緒に喜んでくれ!」


「なんで俺がその内容で怒られるんですか。普通、受賞した方がそのセリフで怒る方でしょ」


「だって……私は好きな人とドキドキも喜びも共有できなかったんだ。キミが先にネタバレを知ってしまったから」


「まあ、コンテストの流れで受賞者に先に連絡行くのはしょうがないですからね」


 当たり前のことではあるが、師匠はそれで納得はしてくれないようである。なら、師匠の望みを叶えてご機嫌を取るしかない。


「師匠。ここから先の情報は俺も知らないことです。準グランプリが誰なのか、その下の名前も知りません。だから、そこから先は一緒に楽しみましょう」


「ああ、そうだな……できればキミの情報で一緒に盛り上がりたかったけれど、他の人の情報でも十分か。それでは準グランプリから見ていくぞ」


 多分、次からは師匠と同じ熱量で見れると思う。まあ、正直俺もドキドキとワクワクが止まらない。この数日間、ずっと気になっていた情報をようやく目にすることができる。

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