第278話 日和ってるメスガキいる?

 今日はマルクトさんとのコラボ配信をするために、彼女と一緒に事務所の方に来ていた。今日はこの後、別のグループがこの会議室を使う予定があるので、使用の延長はできない。そのため、あんまりダラダラと打ち合わせをすることは望ましくない。


「ビナーちゃんってさ、お兄さん2人いるんだよね?」


「え? ああ、はい。そうですね」


 早速、会話が明後日の方向に飛んでいった。急に何を言い出すんだこの人は……


「いいなあ。私は、お母さんと2人っきりの母子家庭だったからお父さんとかお兄さんと言った年上の男性に憧れてたんだ」


 マルクトさんの複雑な家庭の事情を聞いて、なんとなく心がきゅっと締め付けられるような想いになった。私は両親が不在の時が多いけれど、それでも兄弟が多かったから、寂しい想いはしなくて済んだ。もし、私がお母さんと2人っきりだったら……上手くやっていける自信はない。


「でも、私は高校時代に同級生の男子に恋をしてしまった。同い年だったのに、彼は面倒見が良かったし雰囲気も大人びていたから……つい甘えたくなって迷惑かけたりしていた」


 それが、ケテルさんと好きな人が一致して大きく揉める原因になったと。そんなにモテる人はどんな人なんだろう。ぜひこの目で1回見てみたいな。


「でも、好きなのは私だけだったみたい。私の勘違いのせいで、迷惑かけちゃったし、きちんと謝りたいのに」


 マルクトさんは寂しい目をしていた。卒業してから結構長い年月が経っているのに、まだ引きずっている何かがあるんだ。


「まあ、こんな話をしていても仕方ないよね。ごめんごめん。最近ちょっと変な出来事があってさ。それで昔のことを思い出しちゃったんだ。そんなことより、今度のコラボの話をしようか―—」


 マルクトさんとの打ち合わせは予想外に熱が入り、会議室の使用時間ギリギリまでかかってしまった。そろそろ片付けて退室しないと次の人に迷惑がかかってしまう。


 会議室を元の状態に戻して、私たちはそこから出た。そこで、次の人が偶然会議室前まで来ていたので鉢合わせてしまった。そう、最悪な組み合わせであるが故に最悪の事態だ。


「あちゃー……」


 次の使用者だと思われるゲブラーさんが頭を抱えている。一方でその隣にいるケテルさんがマルクトさんを睨みつけている。いつものパターンかと思いきや、なんかいつも以上の殺気が感じられる。


「ケテルさん。ほら、行こ?」


 ゲブラーさんは私にアイコンタクトで合図を送った。「マルクトさんを連れて早くはけてくれ」と。ゲブラーさんはVの姿では、生意気なメスガキキャラで売ってはいるが、魂の方は争いごとを避ける行動をとっている。こうしたことで気を遣うタイプなのでストレスが溜まっているらしい。その分、Vの時にメスガキを演じることでストレス発散できているとも語っていた。


「先日はどうも」


 私がマルクトさんをどうやって連れ出そうか一瞬考えたその隙に、ケテルさんが口を開く。先日? 何の話をしているんだろう。


「ああ……あれはわざとじゃないんだよ。デートの邪魔して悪かったよ……」


 私はこの状況を飲み込めていない。ゲブラーさんからは、私に対して「どうにかしろ」オーラを出している。いや、そんなこと言われても私にも処理できる限界というものがありまして……


「あれはわざとではないのなら、卒業式の時のあれは悪意のあるわざとだったのですね」


「ッ! 違う。あれは悪意とかそういうのじゃなくて……もう良い。ごめんね。ビナーちゃん。ゲブラーちゃん。私消えるね」


 そう言うとマルクトさんはこの場から立ち去った。私はその場から動けずに棒立ちの状態だったけれど、そんな私にケテルさんが近づいてくる。


「ごめんなさいビナーさん。できるだけ、みんなの目の前では感情を抑えるようにしているんだけど、やっぱりあの女を前にすると冷静でいられなくて」


「いえ。私は大丈夫です。あ、邪魔ですね。どきます」


 会議室の扉の前に立っていたのでは、2人が入れない。私は慌ててそこから移動した。


「ゲブラーさんもごめんなさい。これからコラボの打ち合わせをするのに気分を害してしまって」


「まあ、普段は冷静なケテルさんがそんな風になるくらいだから仕方ないと思うかな。それだけ嫌いな相手がいるのに、良く続けられると思う」


 ケテルさんとゲブラーさんの2人は会議室の中に入っていった。完全に取り残された私。でも、いつまでも会議室の前に立っているわけにはいかないのでさっさと帰ろう。そう思って、事務所の出入り口まで向かう。その道中にマルクトさんが俯いて壁にもたれ掛かって立っていた。


「マルクトさん……何があったんですか?」


「ああ、ビナーちゃん。別に大したことではないよ。休日にケテルと出会った。それがたまたまアイツのデート中だったってだけ。それだけのことだね。まあ、それをきっかけにあの女はまた昔の話を掘り返してきて……」


 私はケテルさんの言い分は聞いたけれど、マルクトさんの言い分は聞いていない。同僚とは言え、あんまりプライベートなことを詮索しすぎるのも良くないと思ったからだ。でも、マルクトさんの寂し気な表情を見ているとなんだか放っておけない。そんな気がした。


「マルクトさん。過去に何があったか。差支えがなければ話してくれますか?」


「聞いて面白い話ではないよ。私はケテルに嫌われても仕方がないことをした。それ以上のことはない」


 マルクトさんは口を閉ざそうとしている。でも、さっきマルクトさんが口を滑らせたことを指摘すれば、また口を開いてくれるかもしれない。


「マルクトさん。さっき、そのことは悪意がないと言ってましたよね? ってことは、話し合えばまだ仲直りの余地は――」


「いや、それはないよ。ケテルは私のことを完全に嫌っている。私の言い分なんて信じないし、信じても私を許すかどうかは別なの。それに今更言い訳したって嘘にしか聞こえないでしょ。私は弁解できるタイミングを失ってしまったのだから」


 もしかして、マルクトさんはケテルさんのことを本気で嫌っているわけではないのかな。ただ、意地になって素直になれないだけ。本当は過去のことについて謝りたいと思っているのかもしれない。


 もし、そうならなんとかこの捩じれきった関係を元に戻してあげたくなるけど……うーん。流石に成人女性2人の溝が深い喧嘩を中学生の私がどうにかできるレベルではない気がする。それに下手に首を突っ込んで余計に関係悪化する可能性だってあるし。考えれば、考える程“行動しないネガティブな言い訳”ばかり思い浮かんでくる。


「さてと……私もそろそろ家に帰ろうかな。それじゃあね。ビナーちゃん」


 マルクトさんは手を振りながら事務所の出口へと向かっていく。そして不意に立ち止まった。


「ビナーちゃん……友情なんてあっさり壊れちゃうもんなんだよ。そして、1度壊れた友情は2度と元には戻らない。だから、ビナーちゃんも友達は大切にね……ちょっと説教臭かったかな?」


「いえ。そんな説教臭いことなんてありませんよ。むしろ、忠告ありがとうございます」


 こうして、マルクトさんと別れた私。私には、あの2人の間に何が起きたのかはわからない。何が真実なのかは当事者ではない私にはわからないことだ。ただ、1つだけ言えることがある。ケテルさんとマルクトさんが好きになった相手。とんでもない罪作りな男の人である。2人の異性に好意を寄せられているのに、どっちとも付き合わずに卒業するなんて贅沢な。


 でも、逆に2人からアプローチされると、どっちと付き合って良いのかわからずに付き合うタイミングを逃すとかあるのかもしれない。幸いと言って良いのかわからないけれど、私も翔ちゃん以外の異性には好かれてないだろうし、そういった2択で迷わないのはある意味ありがたいのかも……?

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