第277話 1次審査終了

 いよいよ今日はコンテストの1次審査の結果を発表する日だ。1次審査を抜けられる枠は僅か32。やれるだけのことはやったつもりだけど、やはりこの数字を見ると落ちてしまう可能性の方を考えてしまう。そんな不安な気持ちを押し殺してパソコンを立ち上げる。


 コンテストの公式サイトにアクセスして、1次審査の結果を調べられるページに飛んだ。コンテスト参加者に割り当てられたIDとパスワードを入力することで、その参加者が通過しているかどうかを調べることができる。


 俺は震える指で自分のIDとパスワードを入力する。そして、エンターを押して結果を表示するように要求した。現在は混雑しているのか、少しサイトが重たい。結果が返ってくるまでにちょっと時間がかかり、その時間ももどかしい。しかし、運命の瞬間は突然やってくる。


『おめでとうございます。あなたは1次審査に合格しました』


 その一文が表示された瞬間俺は思わず「ヨシ!」と声を絞り出してガッツポーズを無意識の内に取っていた。1次審査を通過していた。その事実はかなり大きい。なにせ、ここさえ追加してしまえば受賞する可能性が出てくるからだ。例え、2次審査に落ちたとしてもワンチャンある。そう思うと多少は心が楽になった。


 1次審査に合格していた場合、更なる情報を得ることができる。それは2次審査の情報についてだ。2次審査は各8人の4グループに分けられる。そのグループの中で最終審査に進めるのは僅か1人。俺がどのグループに属しているか気になった。


 2次審査のグループ分けは合格通知のページから見ることができた。そこには参加者の登録した名前が表示されることとなる。俺の場合は『賀藤 琥珀』と本名で登録している。それをチェックすれば良い。


 まずはAグループからチェックだ。Aグループの中に俺の名前はなかった。しかし、気になる名前が2つあった。1つは、JIN。ズミさんが言っていた知り合いの参加者だ。この人も1次審査を通っていたんだ。そして、もう1つ気になる名前……それは、『蝉川 ヒスイ』だ。


 予想はしていたとは言え、ヒスイさんも1次審査を通過していた。そこは素直に嬉しかった。彼女のことを高く評価している身としては、正当な評価を下されたみたいなそんな感覚を覚えた。


 ただ。俺はヒスイさんとは違うグループになった。と言うことは……彼女と直接対決は今の段階では無理だということだ。そこは少し残念な気持ちになった。やはり、やられっぱなしというのは俺の性に合っていない。いつかはリベンジしたい相手だけに、2次審査で直接対決をしたかった。


 続いてBグループ。そこにも俺の名前はなかった。けれど、気になる名前というかやたらと目立つ名前があった。『侍宗寺院 秀明』と言う字面も嗜好もイカつい彼女の名前がそこにあった。


 あの人も参加していたのか。そのことに気づいた時、俺の中である言葉がフラッシュバックした。俺が秀明さんと海で会った時に、彼女が言っていたセリフ。『マッチョの資料を探すために海に来た』とかなんとか。もしかして、このコンテストのためだったのか。と思うと勝手に納得してしまった。


 そんなどうでも良い点と点が線で繋がったところでCグループを見てみる。そこに俺の名前があった。そして、もう1つ気になる名前。『ズミ』と言うこれまた俺が直接対決したかった人物の名前が書いてあった。



Amber:ズミさん。コンテスト1次審査の結果を見ましたか?


Zumi:うん。見たよ。琥珀君。1次審査通過おめでとう


Amber:ありがとうございます。ズミさんこそおめでとうございます


Zumi:ありがとう。でも、2次審査でお互いCグループになっちゃったね


 当然のことながら、ズミさんもその情報は知っていた。彼の心境はわからないけれど、少なくとも俺にとっては嬉しいことだ。


Amber:あの時のコンペでの決着。ここで付けさせてもらいます


Zumi:うん。そうなると良いね……最悪の場合、2人とも落ちて受賞もせずに決着がつかないなんてこともあり得るし


 俺の勝手に昂っていた気持ちに水を差すズミさんの言葉。確かに俺はズミさんと対決できる嬉しさからその可能性を失念していた。流石ネガティブ思考のズミさん。着眼点が違う。


Amber:あ、確かにそうですね。そうならないことを祈ってます(笑)


Zumi:うん。どっちが勝つにせよちゃんと決着がつくといいね


 俺はズミさんの言葉を受けてなんか嬉しい気持ちになった。ズミさんの本質的なネガティブな部分は変わってないけど、彼なりに前向きに決着をつけようとする意思を見せてくれた。


 少し前までは、こうしてプロのクリエイターと肩を並べることなど絵空事に過ぎなかった。でも、こうして活動を続けてこれたからこそ、俺もこの場に立てている。継続することの大切さを本当に身に沁みて理解できた。


 ショコラの売上が伸び悩んでいた時期に諦めなくて本当に良かった。もし、あそこで諦めていたらこの“未来”を掴むことはできなかった。Vtuberになるという起死回生の一手のお陰でここまで来ることができた。その一手を与えてくれたのは、師匠だ。俺の物語は師匠無くしては成り立たなかった。


 このコンテストが終わったら……師匠に感謝の言葉を伝えよう。そして、師匠が俺に想いを伝えてくれたのと同じように、今度は俺のほうから師匠に想いを伝えるんだ。


Amber:ズミさん。ここまで来たらもう作品に手直しもできないし、結果を待つだけですが……俺はもうどんな結果になっても悔いは残らないと思います。ズミさん程のクリエイターに負けるなら納得だし、それ以外の人が最終審査に駒を進めようとも、ズミさん以上のクリエイターなら仕方のないことです


Zumi:うん。僕も同じ気持ちだと思う。上手く言えないけど、キミになら負けても爽やかな気持ちでいられると思うんだ


 なんかズミさんとの間に友情めいたものが芽生えたような気がする。これがライバルと共に切磋琢磨するという感覚なのか。今まで部活動をやってこなかった俺にとっては、初めて味わう感覚だった。



「うーん……うーん……」


 ボクはパソコンの前で意味もなく唸っていた。こんなことしても結果が変わるわけがないのに、ひたすら唸っていた。


「琥珀君とは違うグループかー。うーん」


 賀藤 琥珀君。千鶴さんの息子さんで、千鶴さんからはクリエイターの道を反対されているという境遇の子。まだ高校1年生なのにコンテストで銀賞を取ったりして、間違いなく凄い才能の持ち主だ。そのせいか分からないけれど、なんだかちょっと放っておけないような雰囲気を持っている。


 高校生活最後のコンテスト。できれば、琥珀君と直接対決がしたい。けれど、この組み合わせでは、最終審査でしか琥珀君と対決できないじゃないか。


 そのためには、ボクと琥珀君がそれぞれ2次審査を通過しなければならない……か。その未来はやってくるのだろうか。


「うーん……うーん……」


 深山さんとの会話では、どんなグループになってもやれるだけのことはやる。という気概だったけれど、やっぱり琥珀君と違うグループなのはちょっとマイナスかも。


 でも、こうなってしまったことには仕方ない。ボクは2次審査を通過する。そして、琥珀君もきっと抜けてくれると信じる。それしかボクに残された道はないんだ。


 それにしても……Dグループの『謎のクワガタ仮面X』って人。一体何者なんだろう。関係ないことであって欲しいけど、クワガタの種類にミヤマクワガタっていたよね。十中八九関係ないだろうけどね。うん。絶対関係ないよ。海に関係するコンテストで山の生物がやってくるなんて意味わからない状況だし。

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