第267話 恋愛とラブコメの神「仕事した!!」

 宇佐美に映画に誘われたけど、もう観たから断った。そんな話を小弓にしたら、あいつは「それは主任から誘い返した方が良いですよ」ってニヤニヤしながら言ってきた。女性の扱いに関してはあいつの方が上だから素直に従って俺は宇佐美を誘い返した。


 そして、俺は今、宇佐美と一緒に映画館の受付の前にいる。観る映画と座席を決めてチケットを貰った。


「映画、どんな内容か楽しみですね」


 宇佐美がふとそう言い放つ。映画の前のよくある会話なのに、俺はなぜかその言葉に妙に引っ掛かりを覚えた。何気ない会話だけれど、なんかこの声色が嘘っぽいというか。何かを隠しているような気がした。例えるなら『進捗状況を訊かれて、遅れているのに順調だと嘘をつく部下』のようだった。下の進捗を管理する立場になると嫌でもそういう嘘はわかってしまう。


 でも、小弓が言うには「女性の嘘は浮気以外は暴こうとしない方が良いですよ」とのことだった。女性には俺には理解できない複雑な事情があるのだろう。


 映画が始まるまでまだ時間があるので、この時間を活かしてトイレで用を済ませることとなった。俺がさっさと用を済ませて戻っても宇佐美はまだ戻って来ていない。


「あれ……久しぶり」


 背後から聞こえるこの妙に頭にこびりついて離れない声。俺は学生時代の嫌な記憶が呼び起こされて、冷や汗をかいてしまった。俺はゆっくりと後ろを振り返るとそこにいたのは、紛れもない俺の同級生にして、天敵の織部だった。


「織部……久しぶりだな」


 なんでこの状況でこんなややこしい奴に遭遇してしまうのか。俺は自分の運命を呪った。何か大きな力が働いて、俺と織部をめぐり合わせたと言うのか。


 織部の容姿はやはり高校時代に比べたら大人びている。制服姿しか見たことがなかった織部だけど、私服姿は案外落ち着いているように見える。


「その……大亜ちゃんは映画観に来たの?」


「他に映画館ですることがあるか? 織部は映画館でダーツでもするのか?」


 なんか気まずい。宇佐美の時もそうだったけれど、高校時代と同じように話せない。同級生の男子と街中でばったり会った時は大体当時と同じ感覚で話せるのに、女子とはどうしてこう気まずくなるのだ。なんか、腹の探り合いと言うか、お互いの近況を聞いていいのかどうかわからない。そう言った距離感の詰め方が同性とは違ったややこしさを醸し出している。


「そっか……大亜ちゃん。私は……」


「なにしてるんですか?」


 冷たい声色がまたもや俺の背後から聞こえた。そこには暗殺者のような冷徹な視線を送る宇佐美の姿があった。幸いにもその冷たい視線は俺ではなく、織部に向けられているようだ。


「えっと……宇佐美・・・で良いんだよね?」


「そうね。織部・・さん」


 2人はなにやら発言に含みを持たせている。この2人の間に一体何があったのかは知らない。けれど、鈍い俺でもわかる。この2人の相性は最悪だ。Vtuberで例えるとするなら、マルクトとケテルのような喧嘩を繰り広げるイメージが俺の脳内で展開された。


「宇佐美。あんたも映画を観に来たの?」


「ええ。そうです。どこの世界に映画館でダーツをする人がいるんですか? 私は賀藤君と一緒に映画を観に来ました」


「え?」


 織部が驚いたような視線を俺に向ける。そして、再び視線を宇佐美に戻して、俺と宇佐美を交互に見るような視線の動きをした。


「あ、そっか……2人は今付き合ってるんだ」


「ふふふ。そうで「あ、いや、織部。別に俺と宇佐美は付き合ってるわけじゃないんだ。ただ、一緒に映画を観に来ただけなんだ」


 なんか変な誤解をされそうだったから訂正した。しかし、なぜか宇佐美は俺を睨みつけている。なぜだ。本当のことを言ったのに理不尽すぎる。


「あ。2人の邪魔したら悪いから……私行くね」


 そう言うと織部は変に空気を読んだのか受付の方へと向かった。織部は織部で変な誤解をしてそうだな。それにしても、高校時代はあれだけウザ絡みをしてきた織部だけど、こうして大人になって再会するとそんなことはないんだな。なんか、大人しくなっていて意外だった。高校時代もこれくらいの距離感だったら良かったのになと思わざるを得ない。


「それじゃあ、賀藤君。私たちも行きましょう」


「ああ、そうだな」


 俺たちはチケットを受付に見せて中へと入った。そして、自分たちの座席のところに座ろうとしたら……


「あ……」


 織部と目があった。先程別れたばかりなのに、随分と早い再会である。そして織部の席は俺の右隣だった。今更指定された座席を変えるのは多分無理だと思ったので、俺は織部の隣に座った。そして、俺の左隣には当然一緒に映画を観に来た宇佐美が座る。


 なにこれ。なんで、俺が宇佐美と織部に挟まれてるの? しかも、俺の隣の女性陣たちは何も言わない。そりゃあそうか。映画館の中に入れば、静かにするのがマナーだ。


 でも、2人とも黙ってはいるものの、何やら険悪な雰囲気だというのは伝わってくる。どうしてこんなことになってしまったんだろう。俺はただ、小弓に言われて宇佐美と映画を観に来ただけなのに。


 2人で来たはずなのに、間に挟まれているはずなのになぜか孤立しているような疎外感を感じる。周りから見たら両手の花にしか見えないんだろうけど、俺はこの場でハッキリと言っておく。この花に挟まれたら終わりだ。百合の間に挟まりたいと言っている百合界隈では不届きもの扱いされている者ですら嫌がるシチュエーションだろう。


 完全アウェイのような空気の中、スクリーンに映画泥棒が映った。そこから先のことは覚えていない。もう、2人の圧に押されて映画の内容が全然頭に入ってこなかった。決して安くない金額を出してこのざまである。


 早くこの懲役2時間を終えたい。とにかく、映画のスタッフロールだ。エンディングまで辿り着けたら真っ先に立ち上がりこの場を立ち去る。その作戦で行こう。


 全然頭に入ってこなかった映画が終わり、スタッフロールが流れ始めた。俺は立ち上がろうとしたが、両隣の2人を確認するとその視線はスクリーンに釘付けになっていた。これは……もしかすると、2人はスタッフロールを見る派なのか!? まるで意地でもここをどかない。そういう鋼の意思を感じられた。その空気の中、俺は立ち上がるわけにもいかず、観たくもないスタッフロールを見る破目になった。



 結局、その日は映画を観ただけで解散となった。完全に変な空気のまま、俺は宇佐美と織部と別れて帰宅した。自宅のリビングには琥珀がいて、テレビで映画を観ていた。


「ただいま」


「おかえり」


「なあ、琥珀」


「ん? どうしたの兄さん」


「世の中な。初デートには映画館が良いという風潮があるのは知ってるか? 映画館デートは安牌だと恋愛の上級者が口をそろえて言ってるんだ」


「へー。そうなんだ、全然知らなかった」


「俺は思ったよ。世の中には安牌は存在しないと。どんな牌も必ず危険があると……そう学習せざるを得なかった」


「なるほど。兄さんの言いたいことはわからないけれど、なんか酷い目にあったことだけはわかったよ!


「うん。それだけ理解してくれればヨシ!」


 その時、俺のスマホにメッセージが届いた。宇佐美からだった。


『賀藤君、私は無事に家につきました。そして、今日はごめんね。なんか折角のデートだったのに変な気分にさせちゃって。でも、賀藤君と一緒にいられて嬉しかった。また誘ってくださいね』


 変な気分になったのは事実だけど、まあ、あれは宇佐美が悪いわけじゃないし特に責めるつもりはない。


『こちらこそありがとう宇佐美。なんか昔の同級生と会ったのは間が悪かったな。こんな偶然はもう重ならないだろうから、今度は楽しく遊べるといいな。今日はありがとう』

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