第266話 ハア……ハア……負けヒロイン……?

 私とケテルさんとティファレトさん。すっかりいつもの3人という感じでこのメンツで集まるのにも慣れてきた。


「それでは、ケテルさん。映画の方はどうしたのかなー?」


「はい。とても楽しかったです」


「いや、楽しいかどうかじゃなくて、例の彼との仲はどうなったのかなーって?」


「いえ。彼とは行ってません。行ったのはそちらのビナーさんと一緒です」


「え?」


 流石のティファレトさんもこの流れは予想してなかった様子だ。そこに至るまでの経緯はもちろんある。


「実は……映画に誘ったには誘ったんです。でも、映画をもう観たと言われて断られてしまいました」


「ふむ。なるほど。確かに相手の好みと一致する映画だったら、そういうリスクもありますよねー」


「映画のチケットは予め用意してあったのですが……一緒に行ってくれる相手がいなかったので、チケットを余らせるのもアレだと思って、ビナーさんを誘ったんです」


「はい。私が誘われました」


「なるほど……それで女同士で映画を観に行ったというわけかー……なるほどなるほど……まあ、一言で言えば何してんだって話だけどね」


 ティファレトさんが呆れ果てた表情を見せている。相手がもう映画を観てしまったのならば仕方がない。そこは責める点にはならない。私の見解ではそうだ。


「大体にしてなんで予めチケットを買っておいたのか。ダメなのはそこからだねー」


「え? ダ、ダメなんですか? その……直接デートに誘うのは恥ずかしいというか、だったら、デートを意識しないで済むようにチケットが余ったという大義名分を盾にできないかと考えたんですけど……」


「ケテルさん。恋愛に勝ちたければ、恥の概念は捨てた方が良いと思いますよー。外から見たら恥ずかしいことを2人で共有するのが恋愛ですからねー」


 お、なんかその言葉が深い気がする。気がするだけかもしれないけれど、意外と大事な教訓が詰まってそうだ。なるほど。恋愛においては恥の概念が邪魔になることもあるのか。覚えておこう。


「うう……そうですよね。私は心の中で予防線を張ろうとしてました。結果、このようなことになってしまったのですね」


「そうそう。チケットを予め用意するなんて手は使わずに、あなたと! 一緒に映画を観たいという感じを出せれば良かったのに」


「ふむふむ。なるほど。ティファレトさん。どうやればそういった感じを出せるんですか?」


「うーん……そうだなあ。例えばだけどー。AとBの映画。どっちかを観たいけれど、あなたならどっちを観る? という2択を迫るの。観るか観ないかの2択じゃない。どっちを観るかの2択にするのが重要。そうすることで、観ないという選択肢を意識的に消すことができる」


「な、なるほど。その2択の迫り方は勉強になります」


 ケテルさんがメモを取っている。そのメモが役に立つ日が来るといいなあ。


「相手がどっちか答えたら、それはもうこっちのもの。『私もそっちの映画を観たかったんだ』という流れに持っていければ、自然と誘いやすくなると思いますよー」


「わ、わかりました。それではちょっと実践してみましょう。ビナーさん。ご協力お願いします」


「はい」


 ケテルさんに指名された私はとりあえず、彼女の演技に付き合うことにした。ケテルさんの意中の人がどんな人かは知らないから、完全なトレースはできないけど、


「ねえねえビナーさんビナーさん」


「なんで漫才の始まりみたいな話しかけ方するんですか」


 私のツッコミにケテルさんは「ハッ」とした表情を浮かべる。


「ビナーさん。ちょっとお話良いですか?」


 何事もなかったかのように別の切り口で語り掛けて来るケテルさん。


「ビナーさんはツチノコ探索日誌とネッシーの最後だったらどっちを観たいですか?」


「なんでUMAシリーズを並べたんですか……」


「ちょっとそれしか思い浮かばなくて……」


 まあ、今は例題だからそこに突っ込むのは野暮というものか。私はツチノコよりもネッシーの方が好きなので、ネッシーにしようか。


「ネッシーの方が観たいですね」


「なるほど。私もネッシーを観たかったんです。丁度良かったから今度、一緒にネッシーを観に行きませんか?」


「いいですね。行きましょう」


 と、こんな感じでイメトレは無事に終了した。


「ティファレトさんどうでしたか? 今の誘い方で良かったですか?」


「うーん。そうだねー。まあ、80点くらいかな」


 おお、ティファレトさんが高得点を出した。これはいけるかもしれない。


「残りの20点はどうしてマイナスされたんですか?」


「うーん。ケテルさんが悪いとかそういうんじゃないんだけど……なんとなく、断られそうなオーラというか……独身OL的な……まあ、一言で言えば負けヒロイン的な感じの雰囲気がプンプン出ている……? ごめんなさい。どう言葉を選んでいいのか全然わからない」


 あのティファレトさんがたじろいでいる。それくらい、デリケートな話題に触れているんだと思う。言われているケテルさんもちょっと複雑な表情をしている。


「そうですよね……分かってます。私はよく幸が薄そうだとか、恋愛に縁がなさそうだとか言われているんです。でも、もう会う機会もないと思っていた彼と運命的な再会をしたんです。ここで彼を逃したら……私は、もう一生誰とも付き合えない。そんな気さえするんです」


 なんとも重い覚悟だ。恋愛に対する意気込みが違う。なんかここまで、白熱した想いを見せられると割と軽く恋愛していた私が異常なんじゃないかと思い始めた。


「うーん。そういう重いところが負けヒロインオーラを出してるような気がするんだよねー」


 ティファレトさんはバッサリと重いところを切り捨てた。良かった。私は正常だった。


「恋愛に対して重く考えすぎているから、相手が引いちゃうと思うんだよねー。その態度がオーラとして出ているから、もっと気軽に恋愛をしたい男性陣からしたら近寄りがたい存在になっているのかも……?」


「うう……やっぱりそうですか。直そうとは思ってるんですけど、なかなか直らないんです」


「こればっかりは経験を積んで恋愛なんて大したことない。もっと軽い気持ちで大丈夫っていう自信のようなものを付けるしかないかもねー」


「では、その経験を付けるためにはどうすればいいんでしょうか」


「実際に付き合えばいいんじゃないのかなー」


「では、付き合うためには……」


「経験を積むしかないかなー」


「それ詰んでませんか?」


「ええ。私もそう思いましたー」


 ケテルさんとティファレトさんの会話に完全なオチがついてしまった。結局、ケテルさんが今後どうすればいいのか。この3人女子会のいつものテーマの答えが見つかることはなかった。もう諦めかけて解散しよう……そんな流れになった瞬間、ケテルさんのスマホに着信があった。


「あ、彼からメッセージが来ました……え!?」


 ケテルさんはスマホを持っていない方の手で口元を抑えている。このリアクションはなんだろう。


「彼から……映画の誘いが来ました」


 私はその言葉を聞いた瞬間自分のことのように嬉しくなった。やった。これでケテルさんの恋もやっと進展した。これまで応援してきた甲斐があったということだ。


「良かったですね。ケテルさん!」


「待って。ケテルさん。なんて返信するつもりだった?」


 喜んでいる私に対して、冷静に対応しようとするティファレトさん。確かに、返信する文面をケテルさんに任せるとなんか不安だ。マイペースな人ってこういう時に冷静になれるから、頼りになる。


「え? 『その映画はもう観たけどいいですよ』って送るつもりでした」


「よし、今日は解散しようと思ったけど、まだ教育が必要なようだねー」


 危なかった。私は心底そう思った。もし、メッセージが来たタイミングが解散した後だったら、ケテルさんは間違いなくやらかしていた。そんなわけで、ティファレトさんの指導の下、ケテルさんはメッセージの返信をして、なんとか映画館デートを確約させることができた。

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