第265話 決着をつけたい相手
海の環境コンテスト。それはプロ・アマ・年齢・性別を問わずに基本的に誰でも参加可能なコンテストだ。前回のような高校生だけの勝負というわけにはいかない。それこそ、ヒスイさん以上の実力者だってゴロゴロいるのだ。その中で1番を目指す。俺の実力からすればハッキリと言って無謀だろう。でも、夢を掴んだ人はみんな無謀なチャレンジをしてきたんだ。自分の実力では届かない位置に栄光があるのなら、その分高く飛べるように努力をすればいい。
コンテストの件で師匠に相談しようと連絡をしてみた。しかし、師匠は現在仕事が立て続けに入ってしまったので余裕がないらしい。その代わり、匠さんが繁忙期を丁度過ぎた頃なので時間が空いているそうだ。師匠経由で匠さんに取り次いでもらったので、匠さんの会社近くのファミレスで会うことになった。
「久しぶりだね琥珀君、元気にしてたか?」
「はい。お久しぶりです匠さん。元気というか……やる気に満ち溢れてますね」
「あはは。それは良かった。風の噂でキミの活躍は聞いている。複数のコンペやコンテストに爪痕を遺しているそうじゃないか。やはり、俺の目に狂いはなかった。キミの将来に投資をして正解だった」
匠さんは嬉しそうに語ってくれた。匠さんには本当に感謝しかない。俺がここまで成長できたのも、匠さんのお陰によるところも大きい。ビナーの仕事やコンペへの誘い。どれも今の俺を形作る上で欠かせない要素だった。
「さて、琥珀君。俺の目から見て今回のコンテストでのキミが勝てる可能性があるのか……それをハッキリと言わせてもらう」
俺はゴクリと息をのんだ。匠さんは言動に裏を持たせることはあっても、こうした前置きをする場合は本当に正直に言うタイプだ。当然ながら、匠さんは分析能力も高い。ここでダメ出しを食らうならば、相当厳しいと言わざるを得ない。
「可能性は十分ある。やる気を出すためにおだてているわけではない。その証拠に勝てると思う根拠も言える」
匠さんの言葉を受けて一先ずはほっとした。でも、気になる言葉がある。
「根拠?」
「ああ。まずは高校生同士の勝負を考えてみよう。キミの実力的に考えると脅威になりそうなのは……蝉川 ヒスイって子と、キミと同じく銀賞を取った女の子だろう。その銀賞の子が参加するのかは知らないけど、参加しないならそれは勝ちやすくなるだけのこと」
銀賞……あの妙に水平方向に成長期が訪れている人か。1年で銀賞を獲得したのは、歴代で俺だけらしい。と言うことはあの人は俺より先輩か。
「そして、社会人……と言うよりかはプロだけど。こちらも琥珀君以下のレベルもいるし、琥珀君より高いレベルの相手でも本気を出してくるとは限らない」
「本気を出してない? それはどういうことですか?」
「琥珀君が思っている以上に社会人というのは、色々あるのさ。本業が忙しくて思ったより時間が取れない。そうした時にディティールが犠牲になって作品全体のクオリティが下がる。そのハンデを加算すれば勝てる対象がぐっと広がる」
「なるほど……確かに一理ありますね」
「それに、そもそものやる気がない場合だってある。さっきも言ったけど、社会人には本当に色々あるんだ。上司の命令で無理矢理参加させられた……って人も中にはいる。会社から受賞者が出れば、会社にも箔が付くと考えてね。上はやる気があっても下がそうとは限らない。その逆もあるけど……これを解消するのは意外と難しいんだよ……」
匠さんの顔が少し曇った。やはり社長業というのは色々な悩みがあるのだろう。個人でやっている俺にとっては想像がつかないや。
「クリエイターにとって、やる気が強力な武器になることはキミも実感してわかってるんじゃないか?」
「そう……ですね。俺からやる気を取ったら何にも残らないような気がします」
「実際、俺たちより遥か格上の実力者がやる気を出さなかったから勝てたという実例もある」
匠さんにそんな実例があるんだ。俺にはなさそうだけど。
「与えられた時間とやる気。それを最大限に活用すれば、なにか見えてくるのかもしれないね」
「そうですね。帰宅部高校生の時間の余りっぷりを社会人連中に叩きつけてやりますよ!」
「その意気だ……と俺は、ついさっきまで本当に思っていた」
なんか流れが変わったのを感じた。なんだ? 俺は何かを見落としていたのか?
「琥珀君に悪いニュースがある。聞きたいか?」
聞きたい? って訊いてくる人は大体自分が言いたいだけという説がある。相手が鳩谷先輩辺りだったら、聞きたくないって返すのも有りだけど、匠さん相手にそれができるわけない。素直に聞こう。
「はい。どんな悪いニュースでも覚悟はできてます。話をお願いします」
「ああ。わかった。ズミさんというクリエイターを覚えているかな?」
「はい。あんな凄い人忘れられるわけありませんよ」
俺はあの人と何かと接点がある。ビナーは元々ズミさんが担当するはずだった仕事だし、セフィロトプロジェクトのコンペでは、俺とズミさんが共に3位だった。何かと不思議な縁がありそうな人だなと思った。
「そのズミさんもこのコンテストに参加する」
「おお! それは良かったです。俺も、もう1度ズミさんと勝負して決着をつけたかったですから……今度は引き分けとかじゃなくて、ちゃんと勝ちたいです。まあ、実力的に厳しいかもしれませんが……それが悪いニュースですか?」
実力者の参戦。確かに勝ちを狙いに行くのなら悪いニュースだなと思う。でも、俺は状況が不利になったと言うのにワクワクしているのだ。あんな凄い人ともう1度勝負できるのだ。興奮しないわけがない。
「頼もしい反応だけど……クリエイターには得意分野という概念がある。キミもこれまで嫌という程分からされてきたからわかってると思うけど」
得意分野か。師匠だと音楽に合わせた動画。虎徹さんだと和風な作風。稲成さんだと狐を筆頭に動物系。ティファレトさんは可愛さとか美が得意だったな。あれ? じゃあ、ズミさんの得意分野ってなんだ? 確かにズミさんが高い実力を持っているのは知ってる。けれど、それ以上のことは何も知らなかった。
「ズミさんの得意分野……それは“水”。水の表現全般が得意だけど、得に海をテーマにした時に最大限の力を発揮する。正にこのコンテストの大本命とも言える相手だ」
「な……」
思い起こせばズミさんのコンペの時の作品も海に関するものだった。その水の表現の凄さに圧倒されたのも覚えている。あの人は最初から得意分野で俺たちに殴りかかってきたのか。それはあの時3位を取れたのも納得である。俺がラッキーで得た3位とは違う。本当に実力で得た3位なのだ。
「正直、ズミさんに勝つのは難しいと思う。前回はテーマが違ったから、審査員のテーマごとの好き嫌いはあった。けれど、今回は同じ“海”という題材。嫌でも比較される。そうした時に有利になるのは……元々の実力が高い方だ」
「そ……そんな」
俺の心は震えていた。そんな危機的な状況だなんて……
「最高に熱いじゃないですか!」
「!?」
匠さんは俺のリアクションが予想外だったのか後ろに体を引いた。
「あの時、決着がつかなかったズミさんの得意分野にもう1度挑める。こんな貴重なチャンス中々巡ってくるものじゃありませんよ」
「ふ……」
匠さんが噴き出した。俺はなにかおかしいことを言ったのだろうか。
「悪いニュースだと言ってすまなかった。俺はどうやらキミの底知れぬ熱いやる気を見くびっていたようだ。そのままの勢いで“良いニュース”ついでに、勝利という朗報を手にしてくれ」
「はい。応援ありがとうございます……それと、俺だけズミさんの参戦を知っているのもなんか不公平な気がするので、ズミさんにも俺が参加するってことを伝えてくれませんか?」
「ああ。別にそれは構わない。でも、ズミさんにとっては、ショコラを相手にしたことはあっても、“琥珀君”と勝負するのは初めてなんだよな」
「あ、そうか。勝手に俺が再戦に燃えてるだけか」
なんか変な温度差があって複雑な気分である。でも、なんか楽しくなってきた。この状況をなんとかしてひっくり返してみせる。
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