第264話 恐ろしく速い手の平返し

 4時間目の授業。昼休み前の授業で多くの学生はこれが早く終わることを切望しているものだ。俺も例外ではなく、この授業が早く終わって欲しいと思いながら、ノートを取っていた。今日の正午キッチリ。例のコンテストの概要が発表される。


 別に学校にいる間は作業ができないので、早く知ったところで意味はないけど、気になってしょうがないので、1秒でも早く知りたいという気持ちだけが先行している。


チャイムが鳴って授業の終了……と思いきや。


「あー……キリが悪いのでもうちょっと続けますね」


 出た。日本の悪しき風習。始まる時間は1秒の遅れも許さない癖に終わる時間にルーズな現象。なぜ、日本人は始める時ばかり何分前行動とか言う癖に終わる時に限っては前倒しをしないのか。俺は理解に苦しむ。


「はい、今日の授業はここまでですね。委員長、号令をお願いします」


 ようやく終わった。早くコンテストのサイトにアクセスして情報を得たい。そう思って、俺は授業が終わると同時にスマホを取り出して、予めブックマークしておいたページに飛んだ。だが、この情報社会。必ずしもユーザーのリクエスト通りの結果が返ってくるとは限らない。スマホのブラウザが白い画面のまま止まっている。所謂アクセス集中・過多という現象だ。複数人が同時に接続することでサーバーに負荷がかかり、処理が重くなるのだ。


 どうやら、俺と同じことを考えている人が数人いたようだ。俺は正午から少し遅れてアクセスしたので、既にアクセスが集中しきった後。過多になる前に情報を得られた人も中にはいるかもしれない。やはり、現代社会は情報社会。いち早く情報を手にするのが有利になる世界。そのため、こうした現象が起こるのだ。


 ここは意地を張ってアクセスし続けるのは得策ではない。一旦引くことも重要だ。放課後、もう1度アクセスしてみようと思った次の瞬間。スマホから目を話し顔を上げた瞬間、会いたくない人物の顔が見えた。


「うわ……!」


 えーと……新聞部の部長の……名前はなんていったっけ? 歴史上の人物並に名前をド忘れしてしまうな。尤もこの人は悪い意味で歴史に名を残しそうだけれど。


「賀藤のアニキ! お疲れ様です!」


 部長は俺に向かって思いきり頭を下げてきた。クラスメイトたちがざわつき始めた。3年の女子がいきなり教室に入って来たかと思ったら、いきなり男子に向かって頭を下げているのだから。


 別に俺はみんなに注目されずに平穏な学園生活を送りたいだとか、そういうやる気のないラノベ主人公みたいな思想を持ち合わせてはいない。けれど、この状況が継続するのが良くないことはわかる。


「部長。とりあえず、廊下に出ましょうか」


「はい! アニキの仰せのままに」


 アニキってなんだ? 俺はこの人より年下のはずなんだけどな。昴さんと言い、俺は年上に兄だと呼ばれるような因果にあるのか?


「それでどうしたんですか? 先輩」


「いきなりの押しかけ。申し訳ありませんです。はい。不躾ながら、この私めをアニキの舎弟にして頂きたく存じあげまする」


「いや、変な敬語使うくらいなら普通に喋って下さいよ。一応、俺より年上なんですよね?」


 つい昨日までは尊大な態度を取っていた人物だけにこの変わりようは流石に気持ち悪い。なにか裏があるに違いない。


「いえ……レスバの強さに年齢は関係ありませんです。ハイ。私はこの学校の裏の支配者を気取っていたつもりでしたが、アニキの強さにもう全面降伏。白旗を上げる所存です」


 なにやら気になる単語を出した。俺はオウムのように聞き返してみることにした。オウム……鳥……ああ、思い出したこの人の名字は鳩谷だった。下の名前はまだ思い出せないけど。


「裏の支配者ってなんですか?」


「ああ。そのことから説明しましょう。実は新聞部の部長というのは、情報を堂々と収集するための仮の姿。その実態は情報屋なのです。教師から生徒までこの学校……いえ、この学校だけではありません。周辺の他校の情報も一応集めていました。そして、その情報の中には当然あります。“弱み”がね」


 なんかロクでもないことを言い出したぞ。この人……どうして俺の周囲には関わり合いになりたくないような女性陣が多いのだろうか。


「弱小だけどサッカー部のキャプテン。生徒会長。その他、表向きのスクールカーストの上位に位置する者の弱みもしっかり握っているのです」


 なるほど。この横暴な性格でハブられずに学校生活を送れているのは、そういうことだったのか。みんな内心うんざりしながらもご機嫌を取っておかないと、裏からも表からもひどい目に遭わされるかもしれないということか。


「当然、アニキのことも調べさせてもらいましたです。アニキは3人兄妹を自称してますが、実はもう1人いるんでしょ?」


 その瞬間血の気が引いた。俺の唯一にして最大の弱み。それをこの女が握っているのだ。もしかして、昨日の復讐でその秘密を俺の関係者にバラすとか言い出すんじゃないだろうな。


「俺を脅すつもりなのか?」


「い、いえ。とんでもない。そんなことしたら良くて相打ち。高確率で私の方がアニキに深い痛手を負わされてしまいます。そんな愚かな考えはありません。ただ、弱みを握っていてもなお、それを利用せずにアニキと友好的な関係を築きたいというある種の信頼の証明みたいなものです」


 何が信頼関係だ。そんなのチラつかせたら、表面上は仲良くせざるを得ないじゃないか。この鳩谷先輩……記事を作る能力はゴミ以下だけど、情報収集能力に関してはプロ級だな。新聞記者よりもどちらかと言うと探偵向きのような気がしないでもない。


「アニキ。この学校に気に入らない奴はいますか?」


「いや、特に思い当たらないな」


 目の前にいる奴以外はな。


「そうですか。1人ぐらいはいると思いましたが……」


 正に1人いるんだよな。


「もし、抹消したい人物がいましたら、いつでも私に声をかけて下さいね。アニキの頼みだったら、そいつの弱みでもなんでも握ってやりますよ」


「はあ……そうですか」


「おっと。それでは、私はこれで失礼しますね。友達を待たせているものなので」


「あ、はい。それじゃあまた」


 あの性格で友達いたんだ……今年1番の衝撃だな。


 鳩谷先輩に妙に目を付けられてしまった気がしないでもない。あの情報収集能力は何かに利用できるんだろうけど、別に今は収集して欲しい情報もないしな。



 時間をおいたので再度、例のコンテストのページを読み込む。今回はあっさりと開くことができた。これで俺はコンテストの概要を知ることができる。


【今回のコンテストで募集するテーマはズバリ『海』です。最近は地球温暖化による海面温度の上昇やマイクロプラスチックと言った環境問題も叫ばれていますし、そうした呼びかけができるポスターの背景となる3DCGを募集します。

※ポスターと言っても文字は入れる必要はありません】


 俺はこの概要を見て、どこか懐かしい気持ちになった。俺の3Dデザイナーとしての原点……中学の時に環境ポスターを作ってそれが採用された。そして、今回……ヒスイさんと最後の勝負のテーマも“海”の環境問題を訴えるような内容だ。


 ある意味原点と類似するテーマで勝負できるのは、嬉しい気持ちもある。俺がこれまで培ってきた技術。それを原点のテーマに加えることで、俺がどれだけ成長できたかを知ることだってできる。


 これは、ヒスイさんを始めとした他の参加者との勝負だけじゃない。自分との……過去の自分との勝負でもあるのだ。そう思うと余計に入賞したい気持ちが強くなった。俺はこのコンテストで必ずてっぺんを取ってみせる。改めて、そう強く心に誓った。

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