第255話 勝利で煌めく宝石

 帰りのホームルーム。先生からの連絡事項を聞いて、いつものように帰る。そんな毎日の流れを断ち切る一言を先生が放った。


「そうだ。賀藤。帰りに職員室に来るように」


「え? あ、はい。わかりました」


 なぜか先生から呼び出しを食らった俺。品行方正を絵に掻いたような模範的生徒である俺が先生に呼び出されるなんて滅多にないことだ。呼び出される心当たりが全くない。俺は何をやらかしたのだろうか。


 ホームルームが終わった後に、ニヤニヤしながら三橋が俺の席にやってきた。


「琥珀ー。お前なにやったんだよ。窓ガラスでも割ったか?」


「いや、不思議なことに全く心当たりがない」


 しいて言うならば、学校帰りに寄り道としてサウナに行ったことくらいか? いや、まあ確かに校則では下校中の寄り道は控えるように書いてあるけど、そんなの誰も守ってないだろ。最早教師も黙認しているレベルのことでわざわざ呼び出すか?


「まあ、存分に怒られてこいよな。俺も職員室まで付き添ってやりてえけど、部活があっからなあ。スタメンに選ばれた大事な時期なんよ」


「よくよく考えると1年でスタメンに選ばれるって凄いよな」


 俺は運動部に入った経験がないからわからないけれど、こういう団体競技は1年の時はレギュラーメンバーに選ばれずに見ているだけというイメージがあった。


「ははは。知ってるか琥珀。サッカーって1チーム11人でやるんだぜ。そして、3年生はもう引退してるんだぜ。弱小サッカー部の2年が11人もいるわけないだろ。まあ、引退した3年と2年を合わせても11人いかなかったけどな!」


「じゃあ、大して凄くないんだな。ん? ってことは、3年が引退する前から試合に出れた1年がいる一方で三橋はその間ベンチを温めていたわけか」


「よし、ズタボロになるまで怒られるように祈るわ」


 三橋本人が自分を下げたから便乗しただけなのに、なぜか三橋が機嫌を悪くしたようだ。



「失礼します」


 この学校に入学したての頃は、職員室に入るのにも緊張したけれど、今は全くそういう感情が沸かない。まあ、既に企業相手に金銭のやりとりをしているわけで、その重圧に比べたら職員室なんか大したことないな。俺のメンタルの強さのインフレを感じる。


「おお、賀藤来たか。今日、お前を呼び出したのは他でもない。お前が参加したコンテストの結果が学校宛てに届いたんだ」


「本当ですか!」


 先生の発言が終わるや否や食い気味で訊いてしまった。俺も何度かこういう経験したことがあるからわかる。落選ならばわざわざ事前に連絡は来ない。何かしらの賞に引っかかったから、事前に連絡が来るんだ。


「まあ、落ち着け。とりあえず結果の方だけどおめでとう」


 先生の「おめでとう」という発言を聞いて、俺の心臓が高鳴った。賞がもらえたのは確定だ。後はその先の言葉が重要だ。金賞なのか、銀賞なのか、銅賞なのか。それによって、俺の今後の進退が決まるかもしれない。


 頼む。金賞であってくれ……


「1年では初の快挙らしいぞ。良かったな」


 もったいつけすぎだろこの先生は。心臓に悪い。


「銀賞だ。過去の記録では1年は銅賞が最高記録だった。良かったな賀藤」


 銀賞……! 俺は負けたのか。金賞が蝉川 ヒスイかどうかはわからない。けれど、俺が銀賞ということは少なくとも金賞に輝いたのは1人いるわけで、俺はプロという立場でありながら高校生同士の戦いに負けた。こうなったら、せめて負けたのは蝉川 ヒスイであって欲しい。彼女ならば負けても仕方ないと思える。


「そうですか……」


「なんだ浮かない顔だな。銀賞だぞ銀賞。この実績は大きいぞ。進学するなら、内申点に加算されるし、推薦枠を勝ち取るのにも有利になる。就職するにしても、面接の場においてアピールできる材料にもなるぞ。お前は1年にして、周りの同級生に比べて優位に立ったんだ」


 確かに先生の言っていることは正しい、進学に有利になるようなものだから、母さんも参加は認めてくれた。それに対して、俺はきっちりと結果を出した。でも、後1歩届かなかった。俺は、世間一般に認められるよりも母さんに認めて欲しかった。母さんが高く評価している蝉川 ヒスイを上回れば。母さんを説得できると思ってた。けど、そこに辿り着けなかった。



 学生の本分は勉強である。ボクは今インターンで働いているけれど、月に数回あるスクーリングがある時は残念ながら職場に行けない。今は卒業見込みであって卒業は確定ではない。もし、留年したら就職そのものが取り消しになっちゃう。世の中とはそういう理不尽なものなのだ。


「蝉川。ちょっと職員室に来てくれるか?」


「ボク何かしたんですか?」


「ああ。とんでもないことをしてくれたよ」


「ボク悪いことしたつもりはないんだけどな」


 先生に連れられてボクは職員室へと向かった。学校自体、全日制の子と比べたら訪れる機会は少ないし職員室ならもっと行く機会はない。なんだか緊張してきたな。


「さて、蝉川……お前がしてくれたとんでもないことだけどな。なんと、例の3DCGのコンテストで金賞を受賞してたんだ」


「え!? 本当ですか!」


 兼定パイセンが卒業したから、金賞はほぼほぼ確実だと思っていたけれど、万一ということもある。先生の言葉を聞いてボクはホッとした。本当に嬉しい。ボクはもう、LJKラスト女子高生だ。今回の入賞を逃したら永遠に金賞を取れない。


「まあ、蝉川の実力ならば当然だな……と言いたいところだけれど。先生な……実は審査員の1人と知り合いでな。その知り合いがこっそり教えてくれたことがある」


「気になる言い方をしますねえ。何を教えてもらったんですか?」


「ああ。実はな。今回の金賞の選定は、かなり白熱した議論が繰り広げられたんだ。投票しても票が綺麗に割れるし、その度に議論をしてまた投票を繰り返して。ようやく蝉川が勝ったそうなんだ」


「え?」


 ボクは思わず言葉を失った。あんまりライバルらしいライバルが去年には見当たらなかったのに、急にそんな接戦を繰り広げる相手がいたなんて。一体誰なんだろう。


「そのっていた相手が更に驚きでな。その子、1年生みたいなんだ」


「1年生!? え? 友達100人できるかどうか気にしているアレですか?」


「それは知らない。途中まではその1年が優勢だったんだけど、審査員のある発言をきっかけに自体はどんでん返しが起きたらしいんだ。その1年は爬虫類をテーマにワニの作品を作った。そのワニの眼光は鋭くて迫力があって、正に魂が宿った1作とも取れた。しかし、そのワニの目に少しだけ優しさのような慈愛の心が混ざってると審査員の1人が指摘したんだ。それが作品の雰囲気を損なう要因になると審査員は判断したらしい。その気づきのお陰で勝ちを拾えたようなものだな」


「そうなんですか。うーん。そんなに迫力がある作品なら見てみたいな。そして、迫力に見え隠れする優しさ。それにもちょっと興味があるなー。やろうと思っても中々できる表現じゃないし」


 もし、効果的にその要素を活用されていたら、勝敗はどうなっていたかはわからない。芸術はその辺のバランスが本当に難しい。自分では効果的だと思っていても、見る人が見ればワインに混ざった泥水になりかねないし。


「そうなのか? 先生はそういうことには素人だからサッパリ」


 そんな凄い作品を作る1年生かー。どんな子なんだろう。会ってみたいな。


「ちなみに授賞式があるらしい。それに参加するか?」


「はい! もちろんします! だって、その1年の子に会えるかもしれないんですよね?」


「まあ、その子が参加するならな」


 どんな子なんだろうな。あんまり派手な見た目だと怖いから嫌だな。去年の授賞式の時に兼定パイセンに話しかけようとしたけれど、雰囲気が怖すぎて話しかけられなかったし。当時のボクは本当に小心者だったからなー。

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