第254話 今回のオチは“もう見た”

 事務所近くのファミレスにて、私とケテルさんとティファレトさんが話し合いをしている。話し合いというよりかは……主にケテルさんの恋愛相談に対して、ティファレトさんが喝を入れるという定番の流れだ……定番になるほどこの会は行われているのに、ケテルさんの状況は一向に進展していない。


「それで、ケテルさんの進捗を聞かせてー」


 ドリンクバーのレモンスカッシュを飲みながら気怠そうに尋ねるティファレトさん。気の長そうなティファレトさんでもこの進展のしなさには内心イライラしているのかもしれない。


「えっと……最近はおはようのメッセージを送れるようになりました」


 なぜかドヤ顔で語るケテルさん。


「それだけ?」


「え? それだけって……凄い進歩じゃないですか!? だって、おはようのメッセージを送れるってことは、彼の起床時間を把握しているということですよ。大体いつ頃起きるのかという親しくなければ知らない情報を得たんです!」


 中学生の私でもわかる。それくらいで騒ぐようなことじゃない。


「それで、毎日そのメッセージは送ってるのかなー?」


「ええ。たまにしかメッセージは返ってきませんが」


「メッセージが返ってくるのは土日?」


「なんでわかったんですか!? いや、平日も返ってはきますが、返信はすぐに来ないですね」


「社会人の平日の朝は忙しいから、毎日送るのはちょっとアレかな。完全に悪手を打ちましたねー」


 少し呆れたように指摘するティファレトさん。確かに、忙しい朝の時間帯に毎回メッセージを送られたら嫌とは言わないまでも少し負担になってしまうかもしれない。


「でも、前に挨拶を送るのは普通だって言ったじゃないですか」


「頻度というものがあるでしょ」


「ぐぬぬ」


「まあ、そのことを詳しく伝えなかった私”たち”にも落ち度はあるから、そこは謝っておきます。ごめんなさい」


 なぜか私まで巻き込まれてしまった。私も中学生だからそこまで恋愛経験はないし、アドバイスできる立場でもないんだけどなー。


「まあ、そうだね。そろそろ次のステップに進んでも良い頃かなー。あんまり時間をかけすぎると相手に恋愛対象だって意識されないからねー」


「つ、次のステップって結婚ですか? ま、まだ早くないですかね?」


「6と8を1枚も持ってない時の7並べくらいパスしたねー。気持ちが先行しすぎだから少し落ち着いたら? 例えば京都にある寺に修行に行くとかさー」


 ケテルさんは大胆なのか慎重なのかわからなくなってきた。何事も焦らずに飄々としているけれど、大胆な行動もとることがあるティファレトさんと完全に真逆のタイプだと思う。この2人、もしかして相性が悪いとか。いや、むしろ正反対コンビの方が上手く行くっていうパターンの可能性があるかも。


「なるほど。京都でデートですか?」


 次のステップがデートだというのは合ってると思う。そこは多分3人の意見が一致するところだけど……


「付き合ってもないのに遠出のデートは流石に重すぎると思います」


 さっきから静観している立場の私だったけれど、ケテルさんのあまりにも恋愛に対して不器用なところにツッコミを入れてしまった。


「うんうん。ビナーちゃんの言う通りだね。仮にデートの誘いにOKを貰ったとしても、遠出のデートは絶対にNGだねー。まず、移動時間は絶対に気まずくなる。行きは旅行前だから話題も特にないだろうし、帰りも旅行の感想を言い合おうと思っても疲れて話す気力もないってことも考えられる。結果、最も長い移動時間のつまらない思い出だけが残って、この人といるとつまらないという認識されてフラれる。大して関係を築いていないカップルが夢の国に行くと別れる理屈と大体一緒だねー」


「なるほど。勉強になります」


 律儀にメモを取るケテルさん。確かに今のティファレトさんの理論は結構大事なことかもしれない。私も翔ちゃんとデートする時は注意しないと……と言っても、移動時間に退屈するような関係でもない気がするけど。


「ティファレト先生! 質問があります!」


「どうぞケテルさん」


「では、逆にどこにデートに出掛けるのがオススメなのでしょうか!」


「それは……映画館ですね。初デートの定番というかこれがベストな選択肢かなー」


「ふむ。なるほど。映画館ですか。その理由は何ですか?」


「さっきの話にも繋がるんだけど、初デートは基本的にお互いの関係がまだ浅いところだから、会話が途切れちゃって気まずい想いをしてその印象が残りがちになるんだよねー。でも、映画館なら上映中は逆に喋ってはダメだよねー。つまり、沈黙でも気まずくならないし、1時間~2時間くらいは彼と近い位置をキープできる。それに人間って慣れてない内は対面するとお互い緊張状態になっちゃうから、隣の位置にいる方がお互いリラックスできるんだよ」


「ふむふむ。なるほどなるほど」


「あー。それわかります。私も初デートは下校デートだったから、お互い隣あって会話していたからリラックスできましたし」


「下校デート……?」


 ケテルさんの顔色が変わった。なんというか、負のオーラに満ちているようなこの世の終わりのような表情だった。私は瞬時に理解した。地雷を踏んだと。


「下校デート……学生の時しか経験できない……私の学生時代はもう戻ってこない……」


「あ」


 何気ない下校デート発言がケテルさんを傷つけた。学生時代にそういった恋愛経験をしてこなかった人の中には、その苦い思い出を一生引きずる人もいる。社会人になってからは制服を着てデートなんてできないのだから。


「あ、あの……すみませんケテルさん」


「あはは……いいんですビナーさん。仮に卒業式の時に告白が成功したとしても、下校デートはできませんでしたからね……」


 卒業式でも学校で告白して付き合えば、最初で最後の下校デートはできたことは黙っておこう。ものすごく指摘したい衝動に駆られているけれど、その指摘は鋭すぎて人を傷つけてしまうことは考えればわかることだ。


「大丈夫ですよケテルさん。私もある意味では仲間だからねー。お互い制服着てデートなんてしたことないし、だって、高校時代に付き合っていた彼氏はしょうが」


「お待たせしました。こちら、ナポリタンです」


 丁度店員が来てティファレトさんの発言を遮った。なんとなくだけど店員には称賛を送りたい。心の中でスタンディングオベーションをしてあげたい。あの後の発言は恐ろしく危険なものだと思ったから。


「まあ、とにかく。映画を誘ってみないことには始まらないからねー」


「はい! 彼好みの映画を分析して誘ってみます!」



 真っ暗な空間に鳴り響く音楽。黒背景に流れる白い文字。まばらに立ち去っていく人たち。彼らはスタッフロールを見ない派だろう。俺も普段は見ない派だ。でも、隣にいる小弓は見る派らしいので空気を読んで俺も座って待っている。


 スタッフロールも終わり、映画館を後にした俺と小弓。会社の部下(男)と2人で映画を観るという休日を過ごしていた。


「主任はスタッフロール見る派なんすねえ」


「ん? 普段は見ないぞ」


「え? 俺は主任が見る派だと思って空気を読んで座ってたんですけど」


「いや、俺は小弓が見る派だと思ってたから、邪魔したら悪いなと思って……」


 気まずい空気が流れる。なぜ映画にはスタッフロールがあるんだ。そのせいでこんなすれ違いが発生したではないか!


 そんな気まずい空気をぶち壊すかのように俺のスマホに通知が来た。宇佐美からのメッセージだな。


『突然すみません。映画のチケットが余っちゃって、一緒に見に行きませんか? 【アトランティスを沈めたパンダ】って最近話題になってる映画なんですけど』


 俺はすぐに返信した。


『ごめん。それもう見た』


 たった今見終わったばかりだ。

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