第256話 鳩谷→ぽっぽや→鉄道員→汽車→記者
コンテストの結果を知らされた翌日。俺は少し憂鬱な気持ちになりながらも登校した。昨日は母さんは家に帰ってこなかった。仕事が終わった時には既に
「どうした琥珀。そんなしょぼくれた顔してよお。アレか? 昨日滅茶苦茶怒られて落ち込んでんのか?」
「三橋……怒られた方がマシだったよ」
「え? まさか怒りを通り越して停学を食らったのか?」
「なんでだよ」
こいつの発想力は飛躍しすぎだろ。我が友人ながら頭の出来が残念すぎる。
「まさか停学通り越して退学か?」
「だったら、呑気に学校来てねえよ」
「確かに」
納得すんの早いな。俺もこいつくらい能天気だったら、こんなに悩まなくて済んだのかもしれないな。
「あの……賀藤君? 今日の放課後空いてる?」
同じクラスの女子が俺に話かけてきた。同じクラスと言ってもほとんど面識がないし会話も事務的なものしかしたことがない。特に仲良くもないし接点もない男女の間柄なんてこんなもんだろ。
「空いてるけど何か俺に用?」
「今日の放課後、新聞部に来て欲しいんだ。ウチの部長が賀藤君に取材をしたいんだって」
「取材? なんでまた俺に?」
「さあ、理由までは説明してくれなかったけれど……そういうことだから。私はちゃんと伝えたからね! 必ず行ってよ。行かなかったら酷いから!」
「やけに念を押すな……」
「だって、賀藤君が行かなかったら私は部長に何をされるかわからないから」
「マジかよ。部長最低だな」
会ったこともない人間が相手なのに自然と悪口が出てしまった。なぜ、こういった衝動が抑えられないのか。これはどんなに気を付けていても人は失言をしてしまうメカニズムなのではないかと常日頃思ってしまう。
◇
俺は放課後、新聞部の部室の前に立っていた。特に行く義理もなかったけれど、流石にクラスメイトが酷い目に遭わされると聞いたら行かないわけにはいかないだろう。別に仲良くはないけど、後味が悪いのは勘弁だ。
部室をノックする。返答がない。仕方ないので俺は扉を開けようとした。しかし、部室には鍵がかかっていた。まだ誰も部員は来てない様子だ。
しばらく待つかと若干面倒になって来たことを後悔し始めた頃、俺らの学年とは制服のネクタイカラーが違う女子生徒がやってきた。あのカラーは確か3年だったな。
「あ。キミが賀藤君かー。うん。待たしてしまって申し訳ない。今、部室を開けるから待ってて」
そう言うと女子生徒はドアを開錠して、そそくさと部室の中に入ろうとする。俺はどうしていいのかわからずにその場に立ち尽くしていると女子生徒は振り返り俺を見つめる。
「何してるんだ? 賀藤君も入りなよ。そのために来たんでしょ?」
「え? ああ、はい」
この人は新聞部か? 3年は部活動引退している時期じゃないのか。という疑問が残っていたけれど、運動部と文化部とではもしかして引退の時期が違うのか? という仮説を思いついた。まあ、帰宅部の俺はどっちの事情も知らんけど。
新聞部の部室には長机とパイプ椅子が数個配置されていた。女子生徒は俺にパイプ椅子に座るように促して来たので俺はそのまま椅子に座った。俺の対面に女子生徒が座る。
「さて、まずは自己紹介をするね。私の名前は
「あの……鳩谷先輩は3年生なんですよね? それなのに、まだ部活動をやってるんですか?」
さっきまでにこやかに対応していた鳩谷先輩の顔が急に強張った。
「キミからの質問は受け付けない! 立場を弁えて! 取材するのは私! 当然質問するのも私! 質問する権利があるのは私だけ! キミは疑問を覚えることすらせずに、私の質問だけに答えていればいいの!」
なぜか理不尽に怒られてしまった。また癖の強いパワハラ気質の変なのが現れたな。
「いや、俺はまだ何の取材なのかすら聞かされてないんですけど。せめて、そこだけは明かしてくれませんか?」
「ん? ああ。それは、この前のCGのコンテストの話。わが校で銀賞を獲得した賀藤君のことを記事にしたいの。だからさっさと協力してちょうだい」
そこは素直に答えるのかよ。そういえば、新聞部の部長は蝉川 ヒスイと中学時代の同級生だとか聞いたような気がする。
「まずは、コンテストで銀賞おめでとう。キミはわが校の誇りだ」
「はあ……そうですか」
「何そのやる気のない返し。そんなんで良い記事が書けると思ってんの!」
記事を書くのはそっちの仕事だし、今まで1度たりとも良い記事をみたことがない。なんか……取材を受けるということは、俺もあのつまらない新聞を作る片棒を担がされるわけか。なんか嫌だな。俺が滑ったみたいな風潮になったら最悪すぎる。
「まず、このコンテストに参加した動機から説明してくれるかな?」
「はい。そうですね。正直に言うと勝ちたい相手がいたから……ですかね」
「ほう、その勝ちたい相手とは……?」
「蝉川 ヒスイさんです。俺は彼女が以前参加したコンペの作品を見ました」
見たというよりかは、一緒のコンペに参加したと言った方が正しいか。
「その作品の凄さに感銘を受けて、蝉川さんがこのコンテストに参加するという情報を知ったので、参加しました」
「なるほど。実はヒスイちゃんと私は中学時代の同級生だったんだ」
「へー。そうなんですか。でも、蝉川さんと俺たちでは学区が違うというか……そもそも住んでいる県も違うような」
「私の話はどうでもいいけど、一応説明すると、私のお父さんは警察官で転勤が多いの。数年単位で引っ越しをしていたから、その時にヒスイちゃんとは知り合ったんだ」
俺の疑問に素直に答える時とそうでない時があるな。この人は本当に読めないというかわからない。
「それでヒスイちゃんのどんなところが好きなの?」
「いえ。俺は蝉川さんの作品に惹かれただけで彼女本人が好きとは一言も言ってません。そもそも会ったことない相手ですし」
俺が一方的に彼女の存在を認識しているだけだ。相手からしたら、俺の存在は取るに足らない存在なんだろうな。
「そっか。ヒスイちゃんから見てもキミのことを意識していると思うな」
「そうですか? そんなに俺の作品を気に行ったんですかね……」
「ヒスイちゃんは今度の授賞式のことを楽しみにしていたよ。高1で銀賞を取った賀藤君に会えるかもってね。どう? ドキドキしてきた?」
「ドキドキ……? なんでですか?」
「え……? いや、その高校生の男子なんて女子を意識する時期だし、先輩の女子に会いたいって言われてるんだよ?」
「いえ。俺はもう彼女がいますので」
「ええ! 彼女いるの! その人どんな人?」
「それコンテストとは関係ありませんよね?」
「はあ? 素人が何を言ってるんですかねえ。関係ないかどうかを決めるのは、記事にするかどうかを私たちなんだけど? 私の取材を受けたからには、インタビュー内容には嘘偽りなく答えるだけ。それがキミにできる唯一のことだよ!」
「ええ……」
なんだこの人は取材対象に対しての敬意というものが感じられない。この人が部長で本当に良いのか新聞部よ……
その後も俺はわけのわからない質問を鳩谷先輩からされた。ただでさえ、結果を受けてブルーな気持ちになっていたのに、余計に心労が増したような気がした。
「取材ありがとうございました。お陰で良い記事が書けそう」
恐らくまた読む価値を見いだせないような新聞が作られると思うと逆にワクワクしてきた。俺は無駄な放課後を過ごしたなと思いつつ、学校を後にして帰宅した。
それにしても、授賞式か。そこに行けば蝉川 ヒスイと出会ってしまうのか。ちょっと出席を考えてみようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます