第230話 前人未踏の敗北

 俺は電話口から聞こえる声を聞いて心臓がドクドクと鳴っているのを感じた。電話がかかってきたからある程度予測していたとはいえ、実際に伝えられるとやはり嬉しいものがある。


「本当ですか?」


「はい。厳正なる審査の結果、“佳作”とさせて頂きました」


 佳作か。優秀賞や最優秀賞ではなかったけれど、これも十分な功績である。なにせ10作品しか選ばれない狭き門だからな。


「この結果を辞退せずにご了承頂けますか?」


「はい。ありがとうございます。辞退なんてとんでもないです」


「かしこまりました。この電話の内容は当社が結果を発表するまで、くれぐれも内密にお願いします。ご家族、ご友人にも決して口外しないようにしてください。これが守らなければ最悪、受賞取り消しもありえますことをご了承ください」


「はい。わかりました。絶対に誰にも言いません」


 要は結果が出るまで、ショコラが受賞したことを黙っていろということだ。真っ先に師匠に報告したかったけれど、口止めされているので言うことは出来ない。結果発表までお預けか。


 こうして、俺は佳作の受賞が確定した。守秘義務を守ることもクリエイターとして出来て当然のことだ。絶対に誰にも言わないし、態度にも出さないようにしよう。



 運命の結果発表の日。運営ホームページを開いた。受賞発表直後だったからか、ページが少し重い。開くのに少し時間がかかった。その間、俺は心を落ち着かせた。俺の結果はわかっているけれど、稲成さんの結果はまだわからない。俺は佳作だから、優秀賞や最優秀賞を取られたら俺の負けになる。さあ、運命の結果発表だ。


 1番上に表示されているのは、もちろん最優秀賞の名前だ。今回は、該当する人物がいた。稲成さんの話では、これが選ばれない時もあるらしい。


 今回の最優秀賞の名前は、【蝉川 ヒスイ】と言う人らしい。聞いたことがない名前だな。現役で活躍しているクリエイターではないのか? それとも、誰かの裏名義だったりするのだろうか。


 そして、優秀賞の名前を見よう。1人目は【虎徹】……もしかして、あの虎徹さんか? このコンペに参加してたんだ。セフィロトプロジェクトのコンペでは、俺が勝てたけれど、やはり俺の方が実力的には劣っている。数回勝負すれば、こうした敗北も全然ありえる。


 そして、続いての名前は【稲成】。ああ、負けたか。やっぱり凄いな。匠さんに選ばれた時点で、凄いのは確実なんだけど……こうして、敗北をしてみるとその凄さが改めてわかる。


 俺は今回の敗北を経て、悔しい気持ちはもちろんある。だが、それ以上に心のどこかでスッキリとした気持ちがあった。このままラッキーで勝ち続けていても、俺の中の自信が肥大していってロクなことにならないだろう。それに、実力以上の評価ばかり得るのもプレッシャーになる。なんか憑き物が落ちたような気分だ。


 俺は画面の前で、ため息をついた。結果の余韻に浸った後に、受賞者の作品を見ていくことにしよう。まずは優秀賞の2人から見ていくか。虎徹さんから行こう。


 虎徹さんの作品のテーマは【武将の馬】だった。鎧武者を乗せた荒々しくも雄々しい馬を下からのアングルで描写している。この凄まじい迫力を表現する美麗なグラフィック。かっこよさに全振りしているようなそんな作品だった。作者が虎徹さんだとわかっているならば納得の作品だ。作風もあの人っぽいな。


 次は稲成さんを見ていくか。やはり、稲成さんは【狐】で突き進んでいた。雪国でお互い身を寄せ合って暖をとっている狐の親子。その姿がなんとも、もふもふで可愛らしい。動物系に自信があるだけに、動物の可愛さを引き出すのは得意だと言わんばかりの作品だ。


 もう1人優秀賞の人がいた。その人の作品はアザラシの作品だった。なるほど。これが水生枠か。稲成さんの言っていた傾向は正しかったのか。虎徹さんも稲成さんも陸生だったから、俺も水生で挑んでいたら優秀賞に入れたのかな?


 最後に……蝉川 ヒスイという人の作品も見ておくか。最優秀賞を取ったこの人の作品。どんなものだろう。見てみよう。


 俺は蝉川さんの作品リンクをクリックした。作品が表示される。その時、俺は絶句した。完全に予想外の光景が広がっていたからだ。この作品が表示されるのは本来ならありえないことだ。俺は思わず「どういうことだ」と呟いてしまった。


 画面に表示されているのは、躍動感がある……猫だった。稲成さんの話では同じ種族の動物が同時に受賞することはあり得ないことだった。俺が猫で受賞した以上は、他の作品で猫が出ることはあり得ない。なのに……なぜだ?


 今回の審査基準が変わったのか……それとも、あくまで稲成さんが予測した傾向であって絶対的な条件ではないということだったのか?



「よっしゃ!」


 俺は画面の前でガッツポーズをした。なんたって、あの時のコンペのリベンジができたからな。優秀賞を受賞した時は、ショコラが最優秀賞を受賞したらどうしよう。という嫌な予感がしたけれど、最優秀賞の名前を見た瞬間、負けがなくなったのでテンションが爆上がりをした。


「良かったな。虎徹君」


 俺の隣にいたのは、狐の仮面を被った不気味な野郎。名前は稲成さんと言った。たまたま予定があったので、一緒に結果を見ようという話になった。特に断る理由もなかったし、思わず了承してしまった。


「稲成さん。アンタも受賞していたようですね」


「そうだね。お互い口が堅かったようだ」


 運営から口外するなと言われていたから、黙っているのは当たり前のことだろう。


「それにしても、ショコラも佳作か。なるほどなー。猫の作品か……」


 なんだよこの作品。俺も昔、猫を飼っていただけに、ちょっとしんみりな気持ちになってしまった。


「なんだって? 猫の作品?」


「ん? どうかしたんすか? 稲成さん?」


「それはあり得ないことだ。だって、最優秀賞も猫の作品だ」


「……それが何か?」


「このコンペの傾向では、種族の動物は絶対に同時受賞しない。それが今までの傾向だったんだ。でも……今回、ショコラは最優秀賞が猫の作品だったのにも関わらず、佳作を取っているんだ!」


「そんな傾向があったんですね。俺にも教えてくれれば良かったのに……って、あれ? それが真実なら、ショコラは……」


「今までの傾向を捻じ曲げる。その例外を認めるだけの何かを認められたということだ」


「ふ、あはは」


 俺は思わず吹き出してしまった。稲成さんはちょっと怪訝そうな雰囲気を出している。表情は仮面で読み取れないけれど。


「なにがおかしいんだ? 虎徹君?」


「ああ。またショコラの奴が番狂わせをしてくれたなって。完全にノーマークの作品だった前回のコンペも結果的に3位になりやがって。面白いタイプのクリエイターだな」


「ああ、そうだな。結果だけみれば私は勝てた。けれど試合に勝って勝負に負けた気分だ。こんな予想外の事態が起こるなんてな。ショコラ。彼女はとんでもない可能性を……いや、無限の可能性を秘めたクリエイターなのかもしれないな」


「まあ、俺は結果で勝てれば十分ですね。そんな試合だか勝負だとかは知らない。高みの見物で面白い奴だと思っておきます」


「その辺の捉え方は人それぞれだからな」


 それは間違いない。価値観や捉え方は人に押し付けるものではないしな。


「まあ、今日はこの結果を肴にコーラでも飲むか。今日は上手いコーラが飲めそうだ」


「そこは酒ではないのか?」


「俺はまだ19歳だから酒は飲めないんすよ」


「それは真面目に守るのか。普通に飲んでそうな外見なのにな」


「あはは。それは偏見ですね」


 俺は思った。物凄く思った。この人にだけは外見のことでとやかく言われたくない。

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