第229話 子と子猫

 主となるテーマを猫に決めた俺は猫の画像をとにかく漁った。幸い、猫は犬と並ぶ人気の動物なので、写真の資料は腐るほどにあった。プロのカメラマンが撮ったものから、素人でも飼い猫の可愛らしい瞬間をSNSにアップしている。そう、資料は十分すぎるほどにあるのだ。


「うーん……」


 俺は画面の前で唸った。もうかれこれ小一時間は猫の画像を漁っている。そう、資料が膨大であるが故に資料集めの終了のタイミングを決めるのが困難なのだ。例えるならば、大盛のかけ蕎麦を食べたら満腹感をすぐに得られるのに対して、少量のわんこ蕎麦ならば無限に食べられるような気がする。自分で辞め時を決めなければ延々とおかわりが追加されるあの感覚に似ている……猫なのに“わんこ”蕎麦に例えるのはどうかと思うけど。


 資料を集める目的だったのが、いつの間にかただの猫画像コレクターになっているような気がしてならない。目的と手段が完全に逆転している。


 けれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。俺は趣味で猫の画像を集めているわけではない。作品制作の目的があって収集しているのだ。だから、次の画像を最後にきっぱりとやめよう。


 そうして、俺はページを開いた。そして、丸くなって寝ている猫の画像を堪能した後に次の猫の画像を開いた。次の画像で最後にしようと心の中で念じながら。



 さて、昼間から開始した猫の画像収集も十分すぎるほどの成果を得られた。本来なら寝るための準備をする時間、俺は作業を開始した。


 コンペで提出する者は2つ。メインとなる一枚絵スチルとそのスチルを構成するために使われた3Dモデルのデータだ。どちらも審査の対処になりうると稲成さんは言っていた。つまり、新規に作成した3Dモデル。どうせ、角度的に見えない部分だろうと手を抜いて作ってしまったら審査に悪影響を与えてしまう。見えないところにも気を配らなきゃな。反重力スカートを実装したとしても、パンツをきっちりと作りこむのと一緒だ。多分。


 俺の作品のテーマは決まっている。ペットと子供の成長というものだ。匠さんの娘さんとペットの写真を見てピンときたのだ。子供と子猫を一緒に描いたものを1枚。更に成長した子供と猫を並べてもう1枚をくっつける。つまり、2枚で1枚のスチルを作るという手法を使うのだ。


 正直、2枚の画像を使って時間経過を表す手法というものはないわけではない。だが、人はこの手のものが大好きなのだ。子供の頃、家族と撮影した写真。その同じ家族で同じ構図、同じポーズ、同じ笑顔で写真を撮影する。その2つを見比べるとなんか感動する空気が流れる。いわゆるエモいというやつだ。


 だとすると4つのオブジェクトが必要だということだ。子供と子猫。大人と成猫。人は大人と子供で大きく骨格が異なる。だから、使いまわしは難しいだろう。猫はどうだろうか。子猫と成猫で大きな違いはあるのか? スケールの倍率を変えるだけで誤魔化せないだろうか。


 確かにゲームでも、モンスターの赤ちゃんと評してスケール倍率を小さくしただけの手抜き手法は見られる。でも、それは納期がある癖にやることが多いゲームだからこそ許されるものであって、スチルで許されるものだろうか。


 うーん。このコンペは動物が主体のコンペだと聞いた。つまり、動物でそうした手抜きが見抜かれた場合、審査員の心象は不利に働くかもしれない。横着して損するのは自分なのだ。ここはきちんと4つ分の3Dモデルを制作するか。


 というわけで早速作ろう。まずは、膨大な資料の中から厳選した子猫の3Dモデルから作ろう。


 すんなりと子猫の3Dモデルは完成した。普通に日付が変わる前に原型ができたのは助かる。これのブラッシュアップはまた後日やるとしても、明らかに獣系の3Dモデルの制作スピードが上がっている。どうやら、俺は稲成さんにライバル視されているだけあってか、獣系のモデリング技術がずば抜けているらしい。その事実をまた実感してしまった。


 一旦、区切りが良いし今日はここまでにしておこう。明日は学校だし、あまり遅くまでえ起きていられない。続きはまた放課後だ。



 1日おいてから再び子猫の3Dモデルを見る。眠気に苛まれながら制作したものだけあって、それなりに粗が目立つ。やはり、見直しは大事だ。これを怠るとそれこそ、作品にムラができてしまう。だが、今はまだその修正は行わないでメモだけ残しておこう。一部に拘るのは大切なことだし、絶対にやった方がいいんだけど、その一部にとらわれ過ぎて全体が疎かになって完成しないのが最も良くないことだ。粗が目立つ作品でも締め切りまでに完成しなかったら意味がない。一旦次に移ろう。


 そして、次は子供の方を作るか。以前、師匠に子供の作り方を訊いたことがある。その教義を活かして制作しよう。子供の年齢は6歳くらいの女の子にしようか。モデルはやはり、匠さんの娘さんの詩乃ちゃんが成長した姿をイメージしたものがベストか。


 子供も完成して、次に決めなければならないのは子供が成長した姿だ。猫の寿命を計算して成長後の年齢を決めなければならない。極端な話、30歳くらいをイメージしたら猫の寿命と矛盾する。猫はそんなに長く生きられないからな。


 猫は年老いたイメージよりかは、人間で例えるとまだまだ現役世代あたりがいいだろうか。いや、年老いた猫の落ち着いてゆったりしている感じも味があって良いとは思う。その辺を好みの問題で片づけるのは容易いけど、成長した女の子の対比を考えた時にどちらがよりベター、もしくはベストか。というものは確かにある。このあたりは本当にセンスを磨かなければ判別ができないからな。


 結果、成長後アフターの姿はリクルートスーツに身を包んだ新卒女子と、年老いた猫を組み合わせることにした。新卒特有のフレッシュで若々しい感じ。女の子の方はこれからの人生に希望を見出している感じを出しているのに対して、猫はもう余生を過ごしている段階。同じ時間を生きているけれど、寿命が異なる2つの種族のそうした切なさも出せる。


 方向性が完全に定まってからは俺はもう迷わなかった。制作スピードもぐんぐんと上がり、余裕をもって完成させることができた。ブラッシュアップも完璧だ。自己評価だけだと少し不安だったので師匠にも見てもらった。もちろん、師匠からもお墨付きをもらったので大丈夫だ。


 共に子供だった女の子と猫。そして、成長してまだまだこれからの人生を歩みだそうとする女性と、年老いて余生をのんびりと過ごす猫。このビフォーアフターの2枚1組の画像。これこそが、俺が心血注いで作った作品だ。後はこれを提出して、良い結果が出るのを待つだけか。



 コンペに作品を提出した俺は普通に日常を過ごしていた。学校生活を送り、師匠の指導の下、更なる力を身に付け、Vtuber活動もしていた。


 そんなある日、俺のスマホに見知らぬ番号から電話がかかってきた。どこぞの知らない業者からの営業電話だったらすぐに切ってやろうと思いつつ、電話に出てみる。


「もしもし」


「私、動物帝国主催のコンペ審査会の担当者の佐藤と申します。こちら、ショコラ様の番号でお間違いありませんか?」


 ショコラ。ああ、そういえば、コンペではその名前で登録していたな。保護者のサインと登録用紙は別だったし、名前も本名である必要はなかったからな。あれ? このタイミングでコンペから電話? もうすぐ、審査結果の発表が出る。ということは……もしかすると。もしかするのか。


「はい。私がショコラで間違いないです」


「かしこまりました。ショコラ様おめでとうございます。あなた様は当社主催のコンペで見事受賞なさいました」

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