第228話 動物園デート③
鳥類エリアを経由してサバンナエリアに向かった。最初に迎えてくれたのはキリンだった。
「キリンかー」
キリンもテーマとしては面白いものがありそうだ。首が長いという特徴的なフォルムを制作するのを創造すると割と面白いことになるのかもしれない。こうした特徴がある方が制作する側としてはありがたい。
キリンが高い木の葉っぱをもしゃもしゃと食べている。
「いいなあ……キリンは背が高くて」
師匠がキリンを見て、ふと呟いたのを聞き逃さなかった。師匠は低身長にコンプレックスを抱いているようだ。俺としては恋人の身長が高かろうが低かろうが気にしない。けれど、当人にとっては重要なことなんだろう。
でも、どうして師匠だけ身長が低いのかわからない。匠さんも昴さんも身長が高い方だし、身長が高いのか低いのかよくわからない家系だな。
続いてライオンエリアへと向かう。なんだか妙にライオンエリアの周辺に人が多いような気がする。確かにライオンは人気の動物ではあるけれど、ここまで多くの人がいるのは流石に過剰な気がする。ライオンの人気の過大評価だろ。
成獣のオスライオンが伏せの状態で寛いでいる。しばらく見ているとライオンが
うーん。このライオンを見る限りでは、あんまり作品のテーマにできないのかもしれない。ライオンのイメージとしては野性的、王者、荒々しい、という強そうなイメージがあるけれど……このライオンは狩りができそうもない。
「完全にリラックスしてますね。このライオン」
「ああ、そうだな。動物園の環境じゃ狩りもできないだろう。やはり常に腕を磨き続けなければ、鈍ってしまうものなのかもしれない」
「そうですね」
クリエイターは常に最新の技術を取り入れていかなければ生き残ることができない。俺もこのライオンのように牙を抜かないように気を付けなければ。
「Amber君! これを見てくれ!」
師匠が看板を指さした。そこの看板に書かれていたのはライオンの赤ちゃんが生まれたという情報だった。顔写真もついていて、そのライオンはかなり可愛らしい見た目をしている。その赤ちゃんの公開日が今日の14時頃だ。
「14時ってもうすぐですよね。ライオンの赤ちゃん見ますか?」
「ああ。当たり前だ」
そういえば、ここのエリアはやけに人が多いような気がしていた。なるほど。来園者の殆どがこのライオンの赤ちゃんを目当てに来ているのか。その貴重な初公開を見たいというの人は絶対に多い。タネが分かってしまえば納得の人口密度だ。
俺たちはしばらくライオンのエリアの前で待機していた。するとアナウンスが聞こえてきた。
『来園者のみな様にお知らせします。もうすぐライオンのエリアにて赤ちゃんライオンの公開を開始します。ぜひこの機会に一度ご覧下さい』
ライオンの赤ちゃんを抱っこしている飼育員が現れた。その姿を見てギャラリーたちがざわつきだす。写真も可愛かったけれど、実物も結構可愛い。こうして赤ちゃんの姿を見ていると、狂暴な動物も愛玩動物とそう変わらない造形をしていると思う。
飼育員がライオンの赤ちゃんを地面に置くと赤ちゃんは不安そうな表情を浮かべながらもその辺を駆け回っている。同じ空間にいるのはリラックスしているライオン。ギャラリーに見られ慣れていない赤ちゃんに比べて、圧倒的貫禄を醸し出している。それでいいのか。百獣の王よ。
「可愛いなあ!」
師匠はスマホのカメラでライオンの赤ちゃんをパシャパシャと撮影している。俺も資料兼デートの思い出として撮っておくか。撮影は禁止されてないしな。
「見て見て日高さん。ライオンの赤ちゃんだよ。可愛いねえ」
「ええ。そうですね。これくらいの子供でしたら飼ってみたくなりますけど……大きくなったら大変ですね」
隣にいる男女。恐らくカップルの会話が聞こえてくる。こうしたカップルを見る度に自分とは縁遠い世界に感じていたけれど……今では俺もこうしたカップルの仲間入りをしているのだから人生は何が起こるのか本当にわからないと思う。
別に見知らぬカップルの会話になんか興味はないのだけれど、なぜかこの2人の発言は妙に耳に残る。特に女性の方はどこかで聞き覚えのあるような声だけだ。けれど、どこで聞いたか思い出せない。なんとなく似ているという雰囲気の候補はあるけれど……まあ、気のせいか。デジャヴかなんかだろう。
「僕はサバンナに思い入れがあるからね。大学時代にサバンナの生態系を再現するシミュレーターを作ったことがあるんだ」
「へー。それは凄いですね。私プログラムとかできないから、素直に凄いと思います。流石は八城さんですね」
サバンナの生態系の再現か。割と面白そうなコンセプトだと思ってしまった。生態系ということは、狩りをしたり、子孫を残したりするということなのだろうか。
◇
その後も俺たちは動物園デートを楽しんだ。師匠も見ている分には楽しそうに見えるし、その姿を見ると誘って良かったと思う。
「Amber君。今日は楽しかった。誘ってくれてありがとう」
「こちらこそ楽しかったです。師匠が隣にいてくれたお陰で楽しめました」
「そ、そうか……」
師匠は照れ臭そうに頬を指で掻いた。俺と付き合う前から師匠はこういう仕草をしていたと思うけれど、その仕草の意味がようやく理解できたような気がする。
「師匠。やっぱり今日は来た甲斐がありました。俺が進むべき方向性が見えたような気がします」
「ほう、そうか」
師匠の顔つきが変わった。その表情のベースにあるのは喜の感情であることには間違いないと思うけれど……師匠の今の表情は弟子である俺が何かを掴んだことによる嬉しさを感じられた。
「ライオンの赤ちゃんを見ていて思ったんです。同じ動物でも成長段階によって見た目も印象も随分と変わるものだと」
「ああ。確かにそれはあるな」
「だから、俺は……動物の成長をテーマに作品を作ろうかと思います」
「ふむ……中々悪くないテーマだな。抽象的なテーマはそれで良いと思う。後は具体的にそれをどう表現するのかで評価はわかれると思う。成長をテーマにした作品もそれなりに多い。そうしたものと上手く差別化ができなければ、最悪、
「そうですね……そうした危険性は確かにあると思います。でも、そこは俺なりの解釈で上手く立ち回りたいです」
「それでもう1つの重大なテーマである動物。それを何にするか決めたか?」
「いえ……それがまだ……」
成長というテーマが決まったのはいいけれど、肝心の成長させたい動物。というものが思い浮かばなかった。赤ちゃんと成長した姿にギャップがある方が良いのだろうか。それとも、そうしたギャップに頼らない方がいいのか……?
その時、スマホの着信音が鳴った。俺のスマホの音じゃない。だとすると師匠のか?
「あ、すまない。兄貴からメッセージがきた」
「どうぞ」
「話の途中なのにすまないな」
師匠はスマホをチェックした。師匠の口角が上がっていく。
「どうしたんですか師匠。表情筋がだらしない程に緩んでますよ」
「ああ……この画像を見てくれ」
師匠はスマホの画面を俺に見せてきた。その画面に映っているのは、猫と赤ちゃんが寄り添って寝ている姿だった。匠さんのお子さんと飼っているペットだろうか。中々に癒される画像だ。
「兄貴の娘と飼っている猫の画像だ。全く。兄貴め。シャッターチャンスを逃さないあたり流石だな」
「赤ちゃんも猫も可愛いですね」
「そうだろ。ウチの詩乃ちゃんは可愛いんだよ!」
俺はふとピンと来たような。そんな感覚を覚えた。
「あ、この画像が素敵だったんで、動物のテーマは猫にします」
「ええ……」
「これも何かの縁だと思いますからね」
「まあ、Amber君がそれでいいならいいけど……猫はライバルが多そうだぞ」
「大丈夫です! きっとやれます! 多分」
「自信があるのかないのかハッキリしないな」
こうして、俺のテーマが無事に決まったことだ。それはそれでめでたい。師匠との関係も深まった気がするし、テーマも決まったしで今回のデートは成功だ。
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