第221話 ライバルの娘からの施し

 俺はコンペについて色々と情報を収集していた。被りが多い動物はそれだけ審査で不利になってしまう。コンペの名前でSNSで検索してみると……犬や猫と言った動物で応募することを宣言しているアカウントが見受けられた。


 この人たちは被りが多ければ不利になる情報を知っていて垂れ流しているのか……それとも、攪乱かくらんが目的があえて偽情報を流しているのか。判断がつかなかった。過去の投稿を遡ってみると……頭の悪そうな内容の呟きばかり発掘できた。うん。多分マジモンだ。


 犬、猫、ハムスター、兎。そういったペットとしてメジャーな動物は避けた方がいいな。


 ただ、それだけでは不十分だ。そもそもの話、俺がきちんとモデリングできなければ意味がない。俺の実力でモデリングできるほど複雑な形をしてなくて、資料もそれなりに多い動物を選ばなければ、被りを避けられたとしても地獄だ。


 そういった丁度いい塩梅をどうにかして見つけないとな……



 2時間ほど色々な動物のアイディアを出してみた。しかし、「これだ!」というピンとくるイメージは全然沸かなかった。


 あんまり根詰めても却ってアイディアは出ない。こういうのはリラックスしている時にふと閃くものかもしれない。そう思って、俺は動画サイトを開いた。そこのオススメ一覧に流れてきたのは、ゲブラーというVtuberのライブ配信だ。丁度始めたばかりらしい。


 ゲブラー……確か、稲成さんがデザインしたVtuberだったな。サムネに映っているのは、女子小学生が好んで来てそうな水色を基調にしたカラフルなトップスにミニスカートの少女だった。栗色のサイドテールの少女は如何にも、煽ってきそうな視線をこちらに向けている。なんとも生意気そうなガキだ。こういうのって、メスガキって言うのか? こういう界隈には詳しくないから知らんけど。


 敵情視察じゃないけれど、ちょっと覗いてみるか。俺はマウスカーソルを生意気そうな少女のサムネに持っていきクリックをした。


「はぁ~い。おにーさん達。こんにちはー。今日も私にわからせられに来たのかな? それとも、今日こそはわからせるつもりなのかな? 雑魚のおにーさん達にできるかな?」


 開口一番に煽られてしまった。丁度開始時の挨拶をしているところか? こんなこと言ったら視聴者は怒るんじゃ……


『わからせられたい』

『わからせたい』

『雑魚たすかる』

『メスガキ最高なんじゃあ』


 誰1人何1つ怒ってない。この人たちはゲブラーが「えい! えい!」って言いながら殴っても怒らなさそうだ。


「今日のあたしは~。おにーさんたちをわからせたい気分かな。というわけで、今日は罵倒配信行くよ。耐性のないおにーさんたちは今の内に逃げた方が良いかもね。くすくす」


 沸き立つコメント欄。その狂喜乱舞っぷりは見るに堪えないので、俺は生放送をそっ閉じした。ライバーに非はないのに、コメント欄が原因で視聴を辞めてしまう人の心理が理解できた。俺には理解できない世界だった。


 俺は過去の記憶を呼び起こしてみた。マルクトさんとコラボした時もマルクトさんがリスナーに向かって「制裁を加える」趣旨の発言をしたら、喜んでいた人がいた。世の中には痛めつけられたり、バカにされて喜ぶ人種もいるということを再認識させられた。


 あれ? もしかして、これって使えるんじゃないのか? 酷いことを言われて喜ぶということは、毒舌を受けても平気ってことだ。そういう人たちを集めた配信にすれば……そうだよ! さっき、ゲブラーがやったみたいに、毒舌を不快に思う人に退室を促せば上手く住み分けができる。そうすれば、批判を最小限に抑えることが可能かもしれない。


 俺は早速動画の収録を始めた。普段のショコラが言わないような口調を演じなければならない都合上、生放送で一発というわけにはいかない。収録をして、少しずつその手の業界の人が喜ぶような感じに寄せていこう。



「みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日は……ちょっとキャラを変えさせて頂きますね。ちょっとキツい言葉遣いになってしまいますので、不快に思われる方は今の内に退室をお願いします」


 ショコラが退室時間を設けるために少し黙る。そして、「大丈夫ですかね?」と確認した後に口元に人差し指を当てて不敵に笑う。


「キツい言葉遣いになると言ったのに、あなた達はまだ残ってるのですか? 私に罵られたくて残っているんですか? 変わった趣味をお持ちなんですねえ。くすくす」


 これであっているのかはわからない。キャラ変の結果、従来のショコラファンを怒らせて炎上する可能性だってある。でも、成功した時のリターンはかなり大きい。ならば、やるべきだ。


「……えっと、すみません。こういう感じのキャラで、やりたいことがあるんですよ」


 急に素に戻るショコラ。というより、このキャラを常時続けるのは俺の精伸が持たない。俺は俳優でもなければ、声優でもない。自分と相性が合わないキャラを演じ続けられるほど器用ではない。


「実は、私はみな様の3Dモデルの添削や批評をしたいんです。もちろん、初心者の方も歓迎します。私の目で改善点を指摘しますので、伸び悩んでいる方も是非。ただ、キャラクターは先程のように、ちょっと意地悪な感じになってしまいます。そのキャラに引っ張られて辛口で行かせてもらいます。それでも良いという方はぜひ応募してくれると幸いです」


 告知はいつものキャラでやる。本来は、ここもさっきのキャラでやるべきなのだろうけど、あのキャラに慣れてないので重要な情報はいつものキャラじゃないと言い洩らしがあるかもしれない。


「みな様の応募を待っています。概要欄に投稿用フォームのURLを載せています。そこに、3Dモデルを添付して、作品概要を書いてくださると助かります。フォームには、辛口と激辛の2種類を用意しています。甘口はないのでご了承ください」


 こんなところでいいか。では、そろそろシメに入ろうか。


「さてと……説明は以上です。不明な点があればコメントして頂ければ答えます。今、ちょっとでも応募したいって思ったそこのあなた。いいんですか? 悪いサキュバスにいっぱい意地悪なことされちゃいますよ? 私は警告しましたからね。それでも良いなら自己責任で私と遊びましょう。ふふふ」


 動画はこれで終了した。あーあ。やってしまった。投稿してしまった。みんなの反応が怖い。そもそもの話、俺はサディストではない。時間を割いて作品を投稿してくれる人を鋭い言葉で批判するのでさえ罪悪感を覚えるのに、そこに罵倒を加えるのはもっと精神的に来るものがある。


『応 募 不 可 避』

『ちくしょー! なんで、俺は3Dモデラーじゃなかったんだ』

『3Dモデルを作ったことなかったけど、ショコラちゃんに意地悪されたいので始めます』

『今回に限って言えば芸術的センスがない方が得なのでは? 美術の成績が最悪の私の出番だね』


 前言撤回する。この人たちには容赦しなくても良いな。罪悪感が完全に吹っ飛んだ。



『元々ショコラちゃんがきっかけで3DCG始めました。推しに作品を見てもらえるのは幸せすぎます』

『辛口なのがちょっと怖いけど、憧れのCGデザイナーのショコラさんに添削して欲しいです』


 変態に混ざって純粋な人もいた。流石にこの人たちを悪く言うことはできない。さっき吹っ飛んだ罪悪感がとんぼ返りしてきた。忙しいな罪悪感。


 動画を投稿する前は今までと違う毛色の動画だけあって不安な気持ちがあったけれど、フタを開けてみたら受け入れられて良かった。ここの炎上リスクを乗り越えれば、もう大丈夫なはず。後は応募を待つだけだ。これもアイディアを閃くきっかけになったゲブラーのお陰だな。ありがとうメスガキ。

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