第222話 阿鼻叫喚の地獄配信の開幕
俺の元に添削しても良い作品がいくつも集まった。当初の予定ではそんなに来るものだとは思わなかったので、全部紹介するつもりだったけれど尺的に全部紹介するのは無理そうだな。申し訳ないけど少し厳選するか。
俺は上手すぎる作品を排除した。そうすると丁度いい分量になったので、これらの作品を添削する配信を始めた。
「みな様おはようございます。本日は、私の元に届けられた作品を添削する配信ですね。この前も言ったと思いますが、辛口、激辛と言った感じでちょっとキツい言葉を言ってしまいますので耐性のない方はご視聴を控えてくださると幸いです」
『きちゃああああ』
『罵倒配信待ってた』
『サキュバスの言葉責め配信かー。テンション上がるなー』
「ありがたいことに予想を上回る数の作品が出たので全部は紹介できません。予めご了承ください。心の準備はよろしいですか? それでは始めましょう」
俺はマウスを操作して、応募されてきた3Dモデル作品を画面に表示させた。画面に映っているのは、チャイナドレスを少女だ。素朴な感じの仕上がりで、一応人の形を保っている。顔に貼られているテクスチャは普通に可愛らしい感じなので一見問題ないように見える。
「はい。まずは良いところから褒めていきましょうか。まず、顔に貼られているテクスチャは可愛い仕上がりです。多分、この人はイラストを描いている人なのかな? そこから3Dモデリングに転身したという流れだと思います。目の描きこみ具合も拘りが感じられます」
『辛口とは何だったのか』
『なんだ。普通に褒めてくれる配信じゃないか』
『勝ったな風呂入ってくる』
「では……この作品のダメダメなところを指摘しますね。覚悟はいいですか?」
俺はマイクに向かって囁いた。リスナーの何人かが「あひぃん」とかいう反応を示している。
「はい。問題点その1。はい、ここの手を見て下さい。手というよりかは指の付け根の当たりですかね。ここを見て問題点がわかった人。あなたは優秀です。褒めてあげましょう。10秒以内に違和感に気づかなかった人は日常の観察力が足りません。日々をボーっと過ごして無意味な人生を送っている自覚を持って下さいね」
『ごめんなさい』
「謝る暇があったら、少しでも頭を働かせて違和感を見つける努力をしたらどうですか? それに何に対して謝ってるんですか? 謝罪と言うのは相手に対する誠意を示すものであって、自分が許されたいがためにするものではないんですよ? 謝る暇があったら、私の望む答えを早く言ってくださいね」
『骨格が女の子だからおかしい』
「いいえ。このチャイナドレス娘は男の娘という設定はありません。頂いた資料にはきちんと性別が女性と明記されています。なので、変態はお口を閉じてください」
『指が生えている位置がバラバラ?』
「はい、正解者が出ました。優秀な子がいましたね。そうです。問題点の1つ目は正に指の生え方がおかしいんです。自分の手とこのモデルの手をよーく見比べてみてください。人差し指、中指、薬指、小指。これらの付け根の位置の高さは“大体”同じ位置にあります。だけど、このモデリングでは、小指が異様に低い位置から生えてますね。長さがバラバラだから生えている位置に大きな差があるのかと誤解されがちですが、ここはしっかり押さえておかないと人間の手にはなりません」
『ほんまやな』
『ためになったねえ。ためになったよお』
「ついでに、この3Dモデルとは別に原画も送られてきたのでそれも見てましょう……はい。画面に表示されましたね。このイラストの手を見て下さい。これも3Dモデル同様に間違った手の形をしています。というより、全身のバランスが全体的にぐちゃぐちゃです。それなのに、顔はしっかりと描けている辺り、普段から顔しか描いてないタイプのイラストレーターだと思います。確かに、首から下を描くのは難しいとは思います。けれど、自分が描きたいものだけを、描きやすいものだけを描いていたらこれ以上の成長は見込めません」
自分でも厳しいことを言っているのはわかっている。でも、辛口評価でも良いと言ってくれたから遠慮する必要はない。俺の言葉をそのままぶつけるだけだ。
「ただ、一般人に比べたら遥かに上手いです。学校のノートに絵を描いて見せれば、友人からは絵が上手いキャラ扱いされるポテンシャルはあると思います。だから趣味程度で収めるんだったら、このままでも十分楽しくお絵描きは出来るでしょう。でも、ここに投稿したということは、少なくとも上手くなりたいという向上心があってのことですよね? だったら、厳しいことを言わせてもらいますけど、絵を描くだけなら幼稚園児でもできます。これくらいの絵だったら、絵が上手い小学生レベルです。小学生ならチヤホヤされるかもしれませんが、大人の世界で通用するレベルではありません。それは、なぜかと言うと圧倒的に資料の読み込みが足りないことですね。一言で言えば
『小学生レベルとか言われたら落ち込むわー』
『全く関係のない俺まで心が痛くなってきた』
「大体にして、人体の骨格なんてお絵描きする上では最初に把握しておかなければならない資料なんですよ。それを読んだ形跡、読み込んだ形跡がないのがそもそものやる気を感じられません。私は確かに添削に関しては初心者でも歓迎とは言いましたが、人に見てもらう以上は最低限自分で完璧だと思える状態に仕上げるのが礼儀ではないのですか? 自分自身でクオリティチェックを行わずに人に悪いところを直してもらえばいいやという根性がそもそも気に食わないですね。上手くないのが問題ではないんですよ? 上手くなろうとした形跡が見えないのが問題なんです」
自分で言っておきながら、セリフが身に沁みる。俺自身、全ての作品に上手くなろうとした……そういう“魂”を込められているのだろうか。本人的にはそういうつもりかもしれないけど、他人から見たら俺も同じように思われているかもしれない。そう考えると、本当に気が抜けないな。
「顔の造型もさっきは褒めましたが、オリジナリティがあるようには思えませんね。良くあるテンプレ的な作風の模倣という気がします。ただ、顔をここまで模倣できているなら、人体の構造を理解できれば伸びると思います。これも単なる模倣ではなく、理解を伴った模倣ではないと意味がありません。成長したければ脳死は辞めましょう。このままだと、人間を作れずに人型のエイリアンという謎生物ができるだけです」
『あれ? サキュバスの言葉責めってもっとこう、いやらしいものじゃなかったの?』
『配信前はパンツを脱いでいたのに、ガチで怒られている感じがしたのでズボン履き直しました』
「まだまだこの作品についての指摘はありますが、後がつかえているのでこの辺にしましょうか。まずは、人体の構造を正しく理解するところから始めましょう。特に手はバランスを取るところが難しいので最も練習した方がいい部分だと思います。手を完璧に仕上げられるようになったら、また添削に応募してくれると嬉しいです」
なんだろう。ここまで人にボロカスに言ってしまった以上、俺も指摘した内容ではミスできないなと思ってしまった。技術的に成長したというよりかは、意識レベル……マインドが改善された気がする。これが、師匠が言っていた他人の作品の悪いところを指摘して得られる経験値なのか。
「えっと……結構容赦なく言ったけどすみません。私なりに辛口評価をしてみたつもりですがいかがでしたか? 思ったより酷かった場合は言ってくださいね。直せる気はしませんが」
『直せないのかよ!』
『正直、毒舌ショコラに興奮してきたな』
既に上級者が出来上がっていた。猛者は本当にブレないな。
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