第220話 辛口評価は難しい

 俺が今まで安定性を得るための演習をしてこなかった理由は明らかになった。しかし、俺としてはこの弱点を知ってしまったのならばそのままにしたくない。


「師匠。この弱点を踏まえた上で俺はこれからどうしたらいいんですか? 今まで通りに意識せずにいろと言われても多分無理です。俺は心のどこかでは安定性のなさに引っかかりを覚えてしまうと思います」


「そうだな。キミならばそう言うと思った。だからこそ、私はこのことをキミに言おうかどうか迷ったんだ。キミの向上心の高さは美徳だけど、行き過ぎれば危うくなる。人には限られた時間しかない。全ての技能を習得することは普通ならできない」


「苦手を苦手なまま放置しろということですか」


「ああ。苦手を克服して望む高校受験を終えたばかりのキミには少し違和感があると思うけど……義務教育を終えてからは苦手分野を捨てる覚悟も必要だ。大学受験や資格試験もこの問題は捨てるという概念があるらしい。私にはどっちも縁がなかったから、あんまり詳しいことは言えないけど」


 苦手分野をあえて捨てる覚悟。俺がクリエイターとして活動するかどうかに関わらず、身に付けなければならないライフハックというわけか。


「Amber君。キミが自分の長所を伸ばしつつ、安定性を上げたいと言うのならば、方法はなくはない」


「本当ですか?」


 俺は秒で食いついた。何も犠牲にせずに力を付けることができるのならば、それに越したことはない。


「今まで、キミがしてきたことは……Amber君が作品を仕上げる。そして、私がそれを添削する。その添削を元にAmber君が改良すると言った方法だった。もちろん、これを続けていれば長所は伸びるし、悪い点も1つずつ潰していける。でも、これは本当にちょっとずつしか潰していけない。時間をかければ、安定性は上がるが効率は悪い」


「それでも効率が悪いんですか? 俺にはこれ以上ないように思いますが……」


「もっと効率的な方法は確かにある。それは、他人の作品を添削することだ。もちろん、相手に理解してもらえる“言葉あるいは文章”として形に出す。他人に教えることで、自分の理解度も増す。更に実体験として失敗しなくても、他人の失敗から学ぶこともできる。つまり、キミは今まで教えてもらう立場だけだったかもしれないけど、教える立場になるんだ」


「あ、そうか……!」


 なるほど。それは確かに盲点だった。俺は自分が上へ上へ行くことばかり考えて、色々な人に教えを乞いたり、良い作品を見て、その作品の良さを自分のものとして取り組もうという努力はしてきた。それで、俺の実力は部分的には伸びたけれど、結局詰めが甘い作品が目立ってしまう。その詰めの甘さが出るか出ないかで俺の作品の評価の具合が決まってしまうのが現状というわけか。


「それともう1つ。出来の悪い作品は世に公開しないようにすれば、公開作品だけ見れば良作揃いだと錯覚させられる。これはキミの販売サイトに掲載している作品を決めているのと同じこと。尤も、これは正確な評価を下せる人間がいるか、自分がその目を養えることが前提となる」


「下に振れた作品をなかったことにして上澄みだけ掬うイメージですか……」


「ああ。私はキミにその目を養わせるためにポートフォリオの選定作品には口を出していない。毎回私が口を出していたのならば、育つものも育たないからな」


 俺の目で選定した作品は良い作品ばかり選んだつもりだった。しかし、そのポートフォリオを見て稲成さんは俺にムラがあると評した。つまり、俺の自作品の選定基準はまだまだ甘いことになる。


「どっちにしろ、すぐに改善できることじゃないんですね」


「そうだな。自作品を客観視する能力を身に付けるのも中々に難しいことだし、他人の作品を批評するには提供してくれる相手。もしくは弟子が必要だ。そんなすぐに見つかるものでもない」


 やっぱり、今は稲成さんの指摘を気にせずに、また上振れの奇跡に賭けるしかないのか。本当にそれでいいのか。毎回毎回、幸運が発生するとは限らない。それに、俺は依然としてアベレージが最弱なのは変わってない。俺が本当に欲しいのは何なんだろうか。他人からの評価か? それとも自分が納得できる実力か?


 そんなの最初から決まっていたな。両方欲しい。それがクリエイターのさがなのだ。


 だとすると、俺はこのコンペを良い成長の機会と捉えるべきだ。このコンペの俺の課題。それは。まぐれで勝つんじゃない。例え調子が悪くて下振れしても一定のクオリティを出せる安定感を持ってしてコンペを制したい。


 そのためには、さっき師匠が言った方法を取るしかない。アイディア勝負で実現できそうなのは、他人の作品を批評するやり方か。これを実現するためのアイディア……人を募集。あ!


「そうだ!」


「わ、ど、どうしたんだAmber君」


「人を集める。それこそ、俺……というか、もう1人の相棒とも言えるショコラが得意とする分野じゃないですか。ショコラが、3DCG制作見習いの添削をする……という企画を立てれば、作品の提供の問題はクリアできます」


「なるほど。完璧な作戦だな」


「師匠もそう思いますよね? よし、それじゃあ帰ったら告知を……」


「キミが批評に向いてないという欠点がなければな」


「え?」


「まあ、その言いにくいけど……全てのクリエイターがキミみたいに強いメンタルを持っているわけではない。ちょっとした批判で傷ついてしまう繊細な人もいるだろう」


「あ」


 なぜか、ズミさんの顔が浮かんできた。間違いなく実力があるクリエイターなのに、メンタルの弱さが災いして不遇な扱いを受けている人だ。


「そうしたタイプのクリエイターに対して、キミはオブラートに包んで配慮した言い方で改善箇所を指摘できるのか。という問題がある。相手を傷つけない批判は言葉のプロでも気を遣う部分があるからな」


 確かにズミさんと同じタイプのクリエイターを傷つけてしまったら、その人の将来を潰しかねないかもしれない。


「まあ、なんだ。ショコラの名前を使うと確かに人は集まってくるだろうけど、炎上のリスクもある。あ、物理の方じゃないぞ」


 バーチャル世界の物理炎上はまだネタになるけど、発言の炎上は流石に笑えない。良い案だと思ったのに……Vtuberとしての側面を持つ俺だからこそ使える突破口だと思ったのに。でも、師匠の言っていることはなぜか悲しい程に理解できるから、この案は封印しよう。


「Amber君。キミがどういうクリエイターになりたいのか。それはキミ自身が決めることだ。私が決めることじゃない。ムラがなく安定性があるクリエイターの需要も確かにある。それを目指したいというのならば、私も力になれる。でも、私はキミがその道を望むとは思えないんだ」


「そうですね……」


「キミはまだ若い。このコンペで弱点を克服したいって考えてるかもしれないけど……私から言えるのは焦る必要はないと言うことだ。いや本当に……高校生でここまでやれていれば十分だと私は思う」


「え? あ。そ、そうですか」


 やばい。急に褒められたからなんかちょっと変な感じに照れてしまった。声が上ずってるし……


 それから、時間的な区切りも良いということで今日は解散する流れになった。


「師匠。今日はありがとうございました。お陰で少し考えが整理されました」


「気にするな。弟子……こ、恋人の悩みをきくのは当然のことだ」


「そこはわざわざ言い直さなくても良いと思います。では、お邪魔しました」


 帰りの電車の中で俺は師匠の言葉を頭の中で思い返していた。焦る必要はないか……確かに俺はここ最近プロと会ったり、対決したりして濃密な時間を過ごしすぎていたのかもしれない。そりゃ、世間一般からしたらそんなに焦って何になるんだって言われるかもしれない。


 けれど、俺のこの環境はいつまでも続くとは限らない。それだけ不安定な業界だってことは目指した時から覚悟はしていたことだ。だから、俺は悔いが残らないように頑張りたいんだ。

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