第218話 琥珀の弱点
デパートの休憩スペースは丸いテーブルと椅子が2~3個のセットがいくつか置かれてある状態だった。俺たちはその中から空いている席に座り対面で話すこととなった。
「さて、琥珀君。キミは次のコンペに参加するんだよな?」
「はい。そうですね」
「なるほど……では、私からコンペの概要とその対策と傾向を伝えておこう。これを知っているのと知らないのとでは大きく違うからな」
「よろしくお願いします」
確かに。対策は知っておきたいところだ。こういった審査は採点基準があるはずなんだ。つまり、主催者が求めているものに合致している程得点が高くなる。いくらクオリティの高いものを提出しても、主催者が求めていないものを提出したら採点すらしてもらえない可能性がある。所謂カテゴリーエラーというやつだ。今回で言うと動物のコンペなのに、人間の作品を送るようなものだ。
主催者側が求めているものは大まかに概要として伝えられているから、それに沿ったものを出せばきちんと採点はしてもらえると思う。しかし、運営は本当に求めている作品像を秘匿している可能性がある。裏テーマと言うべきなのだろうか。今回の例で言う所の動物をお題に出して、犬の作品を送ったけど、主催者の好みは猫だから犬は猫に比べて不利な採点をされるというものだ。
過去の傾向を知ればその裏テーマが見えてくるのだ。つまり、不利な作品で戦うリスクを低減することが出来るかもしれない。となると、稲成さんからの情報はかなり重要なものになる。
「まずは、今回のコンペは動物のCG作品を募集するものだ。3Dモデルを駆使して、スチルを完成させる。これが主な採点基準となる。ただ、提出物はこれだけではない。作品に使用した3Dモデルも提出の対象だ。これまで採点基準になるかはわからない。ただ、過去のコンペで未提出の作品が受賞した実績はない。これを忘れた時点で採点の基準から弾かれると思っていい」
「はい。そうですね。提出物に不備がないように気を付けます」
師匠から言われたことがある。もし、これから先、就職試験を受けることがあるなら、作品の提出物の不備は絶対してはいけないと。形式が違ったり、不足があったりするとその時点でお祈りメールが来るらしいのだ。今回は就職試験じゃないけど、多分似たようなことだろう。
「次に作品の規定について説明する。メインとなる動物はオリジナル且つ未発表の素材を使わなければならない。背景については、自作や未発表のものである必要はないけど、使用素材はきちんと明記する制約はある。もちろん、これも守られていない作品が受賞した経歴はない」
となると、俺はセサミとアカシアを使えないということだ。この2匹はオリジナルではあるけれど、未発表ではない。このコンペのために、新規で動物を作る必要があるのか。ネタがあるのかどうか心配になる。
「気を付ける点はこれくらいか。そして、今までの受賞作品の傾向……つまり、主催者の好みだけど……これは秘密にしておいて欲しいんだ。SNS等のネットで流したいりするのは、辞めて欲しいし、できれば家族・友人にもうっかり喋って欲しくない。ライバルを増やしたくないから」
「ええ。わかりました。誰にも言いません」
「特に私は今回は絶対にショコラに勝って雪辱を果たしたい。彼女の耳に入らないようにしたい」
俺は苦笑いしかできなかった。だって、ショコラは俺だ。誰がなんと言おうと俺はショコラなんだ。
「まず、受賞作品だけど、最優秀賞が1点以下。これがない時もある。優秀賞は数点と記載されているけど、今までは最高で4点しか出ていない。そして、佳作は毎回必ず10作品選ばれている」
「つまり、受賞の枠は最大で15しかないってことですか」
「そうだな。そして、今までの傾向だとこの受賞作品全体でバランス良く取っていることになっているのさ。バランス良くというのは……最優秀賞で仮に狐の作品が受賞したとする」
狐の仮面を被っているだけに、最優秀賞の例えで狐を出すくらい贔屓しているな。
「そうなると、優秀賞、佳作、共に狐の作品は受賞しなくなる。つまり、ジャンル別で2位以下を取ればその時点でアウト。負けは確定と言われている」
「ということは有力候補がなんの動物で来るのかを予想しながら立ち回らなければならないってことですか?」
「そういうこと。更に言えば、陸生の動物に偏ったり、水生の動物に偏ったりすることもないらしい。いくら動物の種族としての被りがなかったとしても、生息地のせいで枠が足らずに受賞から漏れる可能性もあるということ」
「それってかなり重要な情報じゃないですか」
「ああ。この情報はあまり知られていない。陸生の方が応募数が多いから、多くは取られるけど。水生も可能性がないわけじゃない。むしろ、競争相手は少ないまである」
「稲成さんはどっちでいくんですか?」
「私はもちろん陸生で行くつもりだ。使用する動物は内緒だ」
絶対狐だろ。ママ友会のコンペでは稲成さんに勝てはしたけれど、本来なら稲成さんは俺よりも実力が上の相手だ。受賞を狙うなら狐は絶対に避けなければならないな。
「まあ、大会の話はこれくらいかな。他になにか訊きたいことはあるかな?」
「そうだ。俺、ポートフォリオを持ってきたんです。ちょっと見て貰ってもいいですか?」
プロのクリエイターに作品を見てもらえるいい機会だ。師匠や匠さんには見てもらったことがあるけど、色々な視点で意見を聞くなら多くの人に見てもらった方が良い。
「ああ。構わないさ」
俺は稲成さんにポートフォリオを渡した。稲成さんはまじまじとそれを見つめる。
「ふむ。まずは良いところから言おう。全体的にデザインが独創性があって面白い。こればかりは鍛えても得られない人もいる。天性のものに近いから、大切にして欲しい」
「ありがとうございます」
褒められると悪い気がしない。
「ただ……私が気になったのは、全体的なクオリティが安定しないことだ。良いものは凄くいいんだけど、イマイチなのも中には混ざっている……琥珀君はまだ若くて高校生だから伸びしろがある。成長によって、良いものにすり替わっていくという感じなら問題はないけど、作成日時を見てみると高クオリティの後にそれより数段落ちる作品が作られていたりする。つまり、ムラが激しいということだ」
それは俺も薄々感づいていたことだ。3Dモデルを数多く作って売る作戦も思いついたけれど、師匠からはそれを止められている。それは、販売できる一定のクオリティがなければ却って評判が悪くなるからだ。俺はショコラからセサミ。セサミからアカシアを売る過程で販売期間がそれなりに空いている。つまり、一定のクオリティを保つことができないのだ。
「まあ、指摘はしたけれど、この要素を持つことはそこまで悪いことでもない。第一線で活躍しているプロにも不調の時はある。けれど、琥珀君はその振れ幅が大きすぎる。クライアントはできるだけ安定したものを求める傾向にある。高い報酬を出す以上はリスクを抑えたいから」
確かに、前回のコンペでの下馬評では匠さんが1位を取っていた。その理由も1番安定感があるからと評していた人もいた。常に一定のクオリティを保てるからこその信頼感があったんだろう。
「琥珀君は高校生ながら上に振れた時は、プロにも太刀打ちできるレベルだ。私を超える時もあるかもしれない。けれど、それがいつまでも続かない。クリエイターとして長く活動するつもりならばクオリティを安定させることを意識した方がいいかもしれない」
「そうですね。貴重なご意見ありがとうございました。参考にさせていただきます」
会話もそこそこに俺は稲成さんと別れた。稲荷さんから指摘された事柄が俺の頭に焼き付いて離れない。確かに俺は下に振れることも多い。それはない方が良いのは明らかだ。
上振れの奇跡はそう何度も続かない。確かに稲成さんの言っていることには思い当たる節はある。俺は安定性を高めるようにするべきなのだろうか。
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